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第2回 P&Gとネスレが実践する「Engagement First戦略」

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オイシックス・ラ・大地で専門役員COCOを務め、多くの企業のDX事業を推進する顧客時間共同CEO取締役の奥谷孝司氏が、デジタル時代の優れたDigital活用術を解説する連載「顧客とつながる時代のデジタル活用術」。第2回は育児マーケットに焦点を当てたエンゲージメント戦略に注目したい。

育児用品を提供しているのではなく、両親の課題解決に寄り添う

 お客との繋がり方が多様化している。イノベーティブな商品開発と従来のマーケティング活動で、お客を魅了できる企業は少なくなってきている。だからこそDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が求められ、D2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)ブランド作りやその戦略策定に小売業はもちろん、メーカーも注目し始めています。

 しかし、これらのバズワードも所詮、手段でしかありません。コロナ禍を経て、お客様の買物体験は変化、進化していますが、この現象だけを追い求めても、お客様の心を掴めるわけではない。われわれに求められているのは常に「お客様の課題解決に寄与する」ことである。この実現なくして、お客様には企業と繋がり続ける理由はない。

 私が経営する顧客時間ではこの古くて新しい経営課題を「Engagement Reason:繋がり続けることの価値」と呼んでいる。みなさんの企業はこの「繋がり続けることの価値」を提供できているだろうか。デジタルという手段の話を進める前に、みなさんの企業が提供する価値を見直してもらいたい。そして、みなさんも、この企業とは繋がり続けたい、繋がっても良いと思う企業はいくつあるだろうか。

 前置きが長くなったが、今回はこの「お客様が企業とつながり続ける理由」作りを、デジタルを活用して懸命に構築しようと取り組むP&GのPampersの事例と、ネスレが展開するベビーフードブランドGerber(ガーバー)という、2つのブランド事例を紹介する。

 コロナ禍において日本では出生率は低下している。グローバルに見るとおむつはもちろん、ベビーフード市場は拡大傾向である。国連の提供する人口データを参照すると、2050年までは人口は増加傾向にあり、このマーケットに乗っかれば当面は、プロダクトアウトな戦略でも育児市場は、安泰マーケットであるように思われる。

 しかしマーケットの主戦場である先進国において出生率は横ばい傾向にあり、競合も多く、ただベビー用品を販売していれば安泰というほどマーケットは甘くない。今回の連載においては、P&Gとネスレの育児マーケットのおけるデジタル活用方法を取り上げ、比較することでベビー用品マーケットにおけるデジタル活用術について解説する。そして、お客にとっての企業と「つながり続ける理由」について考察していきたい。

IoTデバイスの活用で体験の充実化を図るLumi by Pampers

 P&Gの「パンパース」といえば世界的にはおむつ市場のシェアNo.1ブランドです。このおむつマーケットの巨人が2020年初めに、世界最大のデジタル技術見本市「CES」にある商品を出展した。

 おむつとデジタルという組み合わせに違和感を抱く人もいるはずだ。いわゆる「最先端のおむつ」が登場したわけではない。ベビーテックを活用した赤ちゃんの健やかな成長をサポートするサービス「Lumi by Pampers」をCESでデビューさせたのである。

 専用のアプリを活用して24時間赤ちゃんの様子を確認することや、睡眠状態の把握もできる。またおむつに装着するセンサーでおむつの濡れ具合まで感知可能だ。さらにアプリからは育児に役立つ情報コンテンツを提供することで、子育てに不安と課題を抱える両親へのソリューションサービスを提供している。(写真は筆者撮影)

 このようにP&Gは「おむつ」というプロダクトのイノベーションではなく、お客(この場合、新生児子育て中の両親と赤ちゃん)の課題解決に必要なサービスの提供を通した、繋がりのイノベーションを志向している。今までのメーカーのようなただ商品を市場に配下するだけでは、販売シェアは維持できても、お客様のマインドシェアお客にとっては企業とつながる理由にならない。

 ちなみにP&G は「ライフラボ」と称した展示スペースで、様々なコネクテッド機能、IoT製品を昨年多数発表しています。例えばAI機能を持つ電動歯ブラシの「Oral-B iO」、肌情報をスキャンできる「Opté Precision Skincare」などである。Oral-B iOを昨年筆者は体験してみたが、製品機能が優れていることはもちろん、自分の歯磨きの癖が記録できるため、磨き残し防止に便利だなと感じた。このようなサービス提供は電動歯ブラシの稼働状況把握を通して、お客の製品使用時間に入り込むことができることを意味する。

 このようにProduct First(製品第一)を志向してきた企業がEngagement First(繋がり第一)に戦略をシフトしてきている。そしてそのためにデジタル活用が不可欠なわけである。

サブスクベビーフードサービスでお客様とつながるGerber

 このようなIoTデバイスまで活用したお客との繋がり構築には大きな投資も必要だから、資金のある大手企業の独壇場とも言えるかもしれない。ただ、大手企業だからと言って、全ての企業がIoTデバイスを活用した繋がり構築を志向しているわけではない。グローバル企業ネスレが有するベビーフードブランドGerber(ガーバー)はサブスクリプションビジネスで、Engagement First戦略を開始している。このサービスを知ったのも前回の連載同様、今年行われた「Adobe Summit」なのであるが、基本的な戦略はP&GのLumi by Pampersと同様と言えます。

 ガーバーは1927年米国創業の老舗ベビーフードメーカーで、2007年にネスレグループ傘下に加わっている。製品に有機栽培食材を使うなど、商品のクオリティには定評がある。この企業が昨年から始めたサービスの特徴としては、月齢に合わせて食べるものが変わる乳幼児に対して月額70ドルでガーバーの育児食が届くという仕組みである。

 さらに、「The Learning Center」と称す育児にまつわるコンテンツ提供プラットフォームを展開し、24/7での育児エキスパートによる相談窓口を提供している。このコミュニケーションタッチポイントも多彩で、電話による相談から、SMS、facebook Messenger、webchat、virtual appointment(オンライン動画相談)を用意している。このようにお客とデジタルでつながる方法を既存の仕組み(サブスクシステムや既存SNSの活用)で構築することで、彼らもP&G同様、お客様の製品使用時間に自然に入り込むことができる。育児用品、食品は、おむつ同様いつかは利用が終了する商材にもかかわらず、競争も激しく、お客によるブランドスイッチも頻繁に発生するマーケットだ。

 しかし、だからこそ忙しい両親が悩むことなく、育児に専念できる環境を、サブスクリプションサービスというデジタル活用が不可欠なプラットフォームを構築することで、お客との強い繋がりを構築しているのである。このつながりがお客様に優れた体験を提供することができれば、そのほかの商材購買やブランドロイヤルティ、ポジティブなクチコミに通じていくだろう。

D2C事業を通してお客様と繋がり続けるのに必要な要素とは何か

 ここまでP&GとGerberのデジタル活用術について解説してきた。このような取り組みを最近は、お客様との直接繋がることを前提とすることから、Direct to Consumer事業、D2Cなどと呼ぶ。顧客時間では、言葉遊びのようだが、Consumer(消費者)ではなく、Customer(顧客)という言葉を使うようにしている。その理由としては、やはり単なる商取引の関係であれば、「消費者」と呼んでも構わないが、このような直接繋がり続けるという能動的な行為を伴う、IoTデバイスの購入や、サブスクリプションサービスへの加入には、お客自身にも覚悟というのは大袈裟だが、企業・サービスに対するコミットメント、期待が込められている。お客も比較的大きなリスク、コミットメントを約束する行動を伴うD2C事業の対象者はやはり、Customer(顧客)と呼ぶべきであろう。

 ではこのような大切な顧客である、お客様とデジタルで直接つながり、お客様の期待値に答えるには、製品やデジタルプラットフォーム以外に何が必要なのだろうか。その答えとして参考になりそうな考え方を今年のCESのセッションから紹介したい。

 そのセッションタイトルは「Consumer Adoption of New Hardware」(消費者による新しいハードウェアの受容)。このセッションの中で、CESを主宰するCTA(Consumer Technology Association)のリック・コワルスキ氏は、「新しいハードウェアの受容行動に必要な5つのポイント」を開設しているが、そのポイントを筆者のアイデアを加えて改善したものが下の図である。

 リック・コワルスキ氏は、主にIoTデバイスを中心に、新しいテクノロジーの受容行動には上記の5つのポイントが大切だと解説している。その点においてはLumi by Pampersは完璧な事例と言えるでしょう。しかし、Gerberのようなインターネットを活用しただけともいえるサブスクリプションビジネスにおいてもこの5つの要素は大切である。

既存のプラットフォームとの融合

 1つ目は、既存のプラットフォームとの融合(Integration with existing platform)である。P&Gのケースで言えば、まさにPampersとアプリ、モニターとの融合が上げられる。またこのポイントを広義には、インターネットの活用を通したお客様の課題解決と捉えられる。

 今の子育て中のご両親は当然インターネットを活用して、情報収集や買物行動を行う。つまり、インターネットの活用は前提で、ハードウエアを提供するのか、コミットメントの高い買物といえるサブスクリプションサービスで育児サポートサービスを提供するのかの違いはあれど、インターネット、デジタルを活用したお客様との繋がりをスムースに構築する点において違いはないのだ。多くの人にとっては見たこともない、触ったこともないテクノロジーやサービスをいきなり受け入れることは難しい。そのことを考えると、商品(おむつや離乳食)が提供する価値とデジタル活用がスムースに融合していることが、新しい価値を生み出すことができればこのようなサービス、体験利用は広がっていくだろう。

UIの重要性

 ユーザーインターフェース(UI)の重要性は、デジタルを活用したお客とのつながりにおいて必要不可欠である。今でもモバイルアプリ開発やサイト改善においても重視されるポイントであるが、「いかにお客さまが使いやすい製品・サービスになっているか」を常にデジタル体験の視点から確認しておくことが大切だ。

 ガーバーで言えば、サブスクリプションの使い勝手、育児エクスパートとのスムースなコミュニケーション、P&Gで言えば、アプリの使いやすさはこのようなサービス提供における生命線といえるだろう。

信頼される企業・ブランドであれ

 3つ目は信頼(Trust)である。リック・コワルスキ氏はセッションにおいてこの信頼が意味することは「個人データの安心・安全な保護を指す」と解説している。もちろん、そのような点は特にIoTデバイスを提供する企業にとっては重要になる。しかし、私はそのような点だけでなく、サブスクリプションやIoT製品を提供する企業への純粋な信頼、期待も重要な要素であると考える。せっかくお客さまが受け入れ、利用し始めた商品から個人情報が漏れ出すことや、意図しない方法で企業内、企業間で利活用されるようなことはあってはならないが、「この企業なら私たちの課題を解決してくれる」、「つながっている価値がある」と思われることも信頼の一つだ。つまり、デジタル活用をしながら、信頼を生み出すためにはデータ保護はもちろんであるが、もう一度自社が提供している商品、サービス体験が本当にお客様の課題を解決し、信頼される企業であるかの見直しと点検が必要と言えるだろう。

コミュニティの重要性

 4つ目は、コミュニティ(Community)の重要性。これはまさにユーザー間のコミュニケーション、企業との常態的交流を意味する。Gerberの育児エキスパートとのコミュニケーションや、P&Gが提供する睡眠データや、育児コンテンツがもたらす企業とお客様の繋がりはもちろん、SNSやOwned Mediaにおけるサービス利用者の交流促進がデジタル活用したビジネスには不可欠です。コロナ禍でさらに躍進したIoT型フィットネスバイクの「Peloton」も、ユーザー間の関係性構築や、カリスマトレーナーとの交流を推進している。このような開かれたコミュニティ作りは、先ほど解説した信頼にも繋がる。いつでも企業と対話できる状態の担保、お客様の声を通してサービス改善をしていく姿勢が必要なのである。

生活への新しい価値提供

 最後に重要な点は、どんな時代においても大切なビジネスの基本でしょう。お客さまの生活に新しい価値を提供する(Adding Value to Consumer Lifestyle)という、ビジネスの基本なくして、デジタルによるお客様とのつながり作りは難しい。わざわざ新しいテクノロジーや、サブスクリプションサービスを受け入れてくれるお客様が期待していることは、「お客様の課題に正しく応え、価値を提供すること」につきる。それが約束できない企業にわざわざ高いお金も個人情報も渡したくはない。面倒なサブスクリプションサービスに加入もしたくないのです。コミュニティの重要性でもお話した通り、デジタルを活用したお客様とのつながり作りをする前に、お客の課題解決に寄与する製品サービス作りが重要なのである。

 これからわれわれはお客とのつながり強化にむけてIoTデバイスの活用や、サブスクリプションサービスの提供、そしてD2C事業の立ち上げなどを行なっていく事だろう。このような取り組みを積極的に提供している今回の2つのサービスは、提供サービスは違いますが、デジタルを活用し、本気で新しい顧客価値提供に取り組んでいる。子育て市場のフォローの風をマクロ的にとらえていると、お客様は目の前にいるけど、誰とどのように繋がっているのかわからなくなる。
 今こそデジタルを活用したお客様とのつながり作り、Engagement First戦略を実践すべき時といえるのではないだろうか。