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伊勢丹、ファンがSNSで自発的に宣伝!イセタニスタが「無償の愛」で活性化する理由

流通業界の中でも、百貨店は、SNSを活用した顧客とのワン・トゥー・ワンのコミュニケーションを強化している。そんな中、三越伊勢丹(東京都/代表執行役社長 細谷敏幸)は、一般公募で募った伊勢丹の顧客の中から、公式サポーター「イセタニスタ」を選出。SNSを通じて、伊勢丹新宿店の魅力を配信してもらっている。イセタニスタに、金銭的なインセンティブは発生しない一方、ほかの顧客ができない独自体験ができるといったメリットがあるという。

伊勢丹ファンから生まれた公式サポーター

「イセタニスタ」実際の投稿画面

 口コミとは、もともと近隣や職域といった小規模なコミュニティ内での情報や知見を指す。市民感覚を反映した第三者の情報として共感を得やすいため、政府や企業、既存のマスメディアなどから一方的に発信される情報に飽き足らない消費者に、一定の支持を得てきた。しかるに、ITの発達によってSNSという「デジタルの口コミツール」が登場したおかげで、口コミの影響力は飛躍的に高まっている。

 そこで、小売業各社も、SNSの口コミを活用したマーケティングや販促、広報などに、力を入れるようになっている。とりわけ、ワン・トゥー・ワンの接客を主力とする百貨店にとって、SNSはフィットしやすいメディアと言えそうだ。

 百貨店最大手の三越伊勢丹は、社員のSNSアカウントを通じた情報発信などに乗り出しているが、「企業アンバサダー」によるSNSでの口コミ作戦もスタートさせた。

 アンバサダーとは、もともと英語で“大使”を意味するが、企業が自社の商品やサービスを愛用する有名人を「アンバサダー」に任命、広告宣伝やブランディングに協力してもらうケースが増えている。ところが、伊勢丹新宿店のアンバサダーである「イセタニスタ」は、そうした一般の企業アンバサダーとは一線を画している。

 三越伊勢丹MD統括部 オンラインクリエイショングループ メディア運営部の松岡史育氏によれば、イセタニスタとは、「伊勢丹のお客さまの中から選ばれ、伊勢丹に関するUGC(ユーザーが作ったコンテンツ)をSNSで発信してくれる、伊勢丹の公式サポーター」だという。伊勢丹の常連客の中でも、伊勢丹の店舗や商品、サービスなどを知り尽くした「買い物マスター」とも言えるだろう。

 イセタニスタの第一の特徴は、“無償”であるという点。例えば、SNSのフォロワーが多く、情報発信を仕事としているインフルエンサーは、多くが“有償”で「公式サポーター」を引き受けているという。有名人も同様だ。謝礼は支払わないとしても、打合せの交通費や食費といった実費を負担したり、新商品を無償で提供したりする企業も少なくない。

 ところが、イセタニスタに対しては、「当社は金銭的なインセンティブを一切提供していません。完全に手弁当でのご参加です」と、松岡氏は述べる。イセタニスタは、「伊勢丹を純粋に愛する」顧客の集団なので、そこにわずかでも報酬が介在すれば、愛が不純なものに変わり、発信する情報に少なからず企業側の意図も入ってしまうからということのようだ。

知名度よりも伊勢丹への愛の強さ

顧客おすすめのリアルな情報が並ぶ

 第二の特徴は、イセタニスタが必ずしも有名人ではないという点。

 同社では202010月、自社HPなどを通じて第0期イセタニスタを公募、書類選考などの結果、43人を任命した。イセタニスタの任期は1年で、215月には第1期イセタニスタを募集、第0期の継続希望メンバーも含めて約90人がイセタニスタに任命されたという。「今後も毎年約50人ずつ、イセタニスタを増やしていく」(同)予定だ。

 現在のイセタニスタの属性を見ると、女性が8割以上を占めるが、年齢は2050代と分散している。職業もファッション関係のデザイナーや記者・編集者といった“業界人”、会社経営者、医師といった“セレブリティ”もいる一方で、主婦、学生、外国出身者とバラエティに富んでいる。もちろん、中にはその道で知られた人もいるようだが、多くは“一般の消費者”なのだという。

 なお、三越伊勢丹グループの社員はイセタニスタになれないが、取引先企業の経営者や社員であれば構わないという。

 イセタニスタを選ぶ際、SNSの投稿内容やフォロワー数などはチェックしたが、「最も重視したのが、伊勢丹への愛の強さです」(同)。有名人やインフルエンサーが発信するUGCよりも、伊勢丹への愛のこもったUGCのほうがフォロワーにも伝わりやすく、拡散しやすいと、松岡氏は期待している。

 イセタニスタは、SNSの個人アカウントで情報発信するが、「イセタニスタである」と公表し、ハッシュタグをつけることが推奨されている。また、投稿の禁止事項などを定めた活動規約を守ることになっているが、それ以外には特段の制約はない。ちなみに、イセタニスタのフォロワー数は現在、合計で約31万人となっている。

イセタニスタにしかできない体験が魅力

好評だった「伊勢丹私の3選」

 とはいえ、顧客サイドからは、伊勢丹がいささか虫のいい要求を、イセタニスタにしているように見える。何の見返りもないのでは、いくら伊勢丹を愛しているといっても、得意客がイセタニスタを続けてくれるのだろうか。

 松岡氏は、「イセタニスタには、ほかのお客さまにはできない、独自の顧客体験ができるという“特権”があります。それが、イセタニスタになることの、大きなメリットの一つと言えるでしょう」と話す。

 その特権とは、イセタニスタだけが参加できる、数多くの「社内の座談会や体験企画」。これまで約70種類、約120回の企画を行ってきた。

 例えば、万年筆をマスターする講座、化粧品の工場見学会、SNSのフォロワー数を増やす勉強会などを開催。ライフデザインが大好きなイセタニスタが集まって担当者との座談会を開き、チョコレートナイフなどの商品をSNSで紹介するという企画も実施した。「イセタニスタには今後、さまざまな企画立案などにも協力してもらうつもりです」(同)。

 こうした「特別扱い」は、確かに伊勢丹ファンにとって、たまらない醍醐味かもしれない。

 また、イセタニスタがメディアのコンテンツ制作に参加する機会も多い。「伊勢丹私の3選」という企画では、イセタニスタがお勧めの食品について作成したUGCを、伊勢丹の公式SNSで拡散した。婦人ファッションの最新トレンドを紹介するコーナー「リ・スタイル」では、イセタニスタにコートのモデルとして、インスタライブに出演してもらった。伊勢丹のゆかたカタログにも、イセタニスタがモデルとして登場している。イセタニスタとしては、メディアへの露出度が高まり、個人の情報発信の世間への浸透度が深まることで、SNSのフォロワー数も増える効果が出てくるというわけだ。

 さらに、イセタニスタしか入れない“コミュニティ”も魅力の一つだろう。例えば、イセタニスタ専用の非公式アカウントがあって、イセタニスタと伊勢丹のスタッフだけが情報交換できる。「同好のメンバーが出会って盛り上がり、オフ会が開催されることもあります。自分よりも商品に詳しい人に教えてもらって勉強になったと、イセタニスタの皆さんから喜ばれることも多いですね」と、松岡氏は満面の笑みを浮かべる。

 伊勢丹新宿店は、得意客であるイセタニスタ自身の来店頻度が増えているほか、「イセタニスタのSNS投稿を見たのがきっかけで、来店するようになったというお客さまも増えています」(同)と喜びを隠せない。

 三越伊勢丹は、伊勢丹新宿店だけでなく、JR京都伊勢丹でも同様の取り組みをスタートさせている。