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マイクロソフトがパートナー イオンが進めるSM事業のデジタル変革最前線

Microsoft Azure勉強会。イオンではマイクロソフトの協力を得て、毎月、ITに関するトレーニングを開催。これまで130人以上が受講した

デジタル化を戦略の柱の1つに掲げるイオン(千葉県/吉田昭夫社長)。中核のスーパーマーケット(SM)事業では、全国の子会社SMをエリアごとに再編して、成長機会の拡大をめざすと同時に、日本マイクロソフトとパートナーシップを組み、デジタル変革を急いでいる。その概要をまとめた。

イオンがデジタル変革をめざす本当の理由

イオンSM・商品物流担当副社長兼ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス社長 藤田元宏氏

 少子高齢化と人口減少に加え、他業態が食品強化を進めるといった環境変化により、SMのビジネスモデルは大きく変わらざるを得ない局面にある。

「デモグラフィックの変化をベースにするとこれからの成長モデルを描きにくい。成長するには、個々のお客さまにもっと歩みよりながら、何を求めているかを知らなければならない。そのためにデジタル変革が必要であり、それを通じてわれわれが変わりきれるかが求められている」デジタル変革を進める理由を、イオンSM・商品物流担当の藤田元宏副社長はこのように語る。

 機械化や省人化がデジタル変革のテーマとして挙げられることが多い中、「お客さまにどう寄り添うか」をそのメーンテーマと位置付けている点が、同氏が社長を兼務するユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(東京都:以下、U.S.M.H)の特徴だ。

 その理由は、SMがメーンターゲットとしてきた“大衆”がいなくなったためだ。そして、これを単に価値観の多様化と片づけるのではなく、顧客がやりたくてもできなかったことが、テクノロジーの進展によってできるようになった結果、顧客の行動がシフトしたのだと藤田副社長は理解している。従来は行きたくなくてもその日の食事のため、買い物に行かなければならなかった。それが今では、たとえば前日に注文すれば必要なものを当日に受け取れるなど、顧客の行動を縛る制約条件がテクノロジーにより次々と緩和されている。「その結果、お客さまの意思決定の優先順位や行動が変わってきた。だからこれからは、よりお客さまのことを理解することが重要になっていく」と藤田副社長は力説する。

イオンがめざすデジタル変革の姿

 今後のリアル店舗は「(そこに)わざわざ行く価値」を提供しなければならない。キーワードは体験であり、顧客接点だ。「人手不足のなか、店内で働く従業員の効率性を高めることだけに着目していては駄目だとはっきりした」(藤田副社長)からだ。人と人とのつながりが希薄化するなか、デジタルの技術を使ってどのようにつながりをつくり出せるか、体験を通じて「その店でなければ得られない価値」を提供することが、藤田副社長が進める“お客さまに寄り添うための”デジタル変革のテーマとなる。

 加えて、多くのリアル店舗を持つ強みを生かし、ネットとの相乗効果の創出にも力点を置く。冒頭で述べた環境変化により、SM1店舗当たりの商圏人口が減少する中、国内のSMビジネスのROI(投資利益率)は減少の一途をたどる。そうしたなか「(ネットスーパーや事前注文品の店舗受け取りなど)デジタル化を活用することで、商圏は広がる。何らかの理由で店舗まで移動できなかった人や店内で買物する時間がなかった人のニーズを取り込むことができるからだ」(同)。このように、イオンはリアルとデジタルの融合で、成長を確保していきたい考えだ。

 具体的には、「家ではスマホを使ってネットスーパーで買物をし、店では同じスマホで精算できてレジに並ぶ必要がなくなるというように、お客さまが家庭にいても店舗にいても、シームレスなストレスのない買い物体験ができる状態をめざす」。そう語るのはU.S.M.HのICT本部長兼カスミ(茨城県)社長の山本慎一郎氏。「また、スマホアプリ等を通じて、個々のお客に合ったプロモーションを打ち出すことにも取り組んでいく」(山本氏)

イオンがマイクロソフトを選ぶ理由

 そうしたなか、イオンはSM事業のデジタル変革を推進するため、外部のパートナー企業とともにビジネスを進めている。そのパートナーの1 社がマイクロソフト(Microsoft)だ。「ビジネスが複雑化し、アジャイル型でシステム開発が進む時代に、ITパッケージを導入するのではビジネスに適合しない。一緒に事例をつくりながらソリューションを開発していこうというスタンスのマイクロソフトが今の時代に合っている」と藤田副社長はその理由を明かす。

 同時に、Google、Amazon Web Serviceを含めた3大クラウドのなかで唯一、小売業にフォーカスした取り組みを行い、ウォルマート(Walmart)をはじめとする世界の先進小売業との取り組み事例や知見を得られる点が大きなメリットだという。

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスICT本部長兼カスミ社長山本慎一郎氏

 また、まだ方向性が決まっていないため、どのプラットフォーマーに対してもオープンな立場であるものの、対顧客という観点のソリューションのほかに、対従業員というソリューションが充実しているのがマイクロソフトであると山本氏は説明する。

「いかに現場の従業員をインテリジェント化して、ナレッジ(知識)を伝えるかが非常に重要なテーマ。マイクロソフト・チームズ(Microsoft Teams)を使ったプロジェクト管理を昨年からスタートし、従業員が働きやすい環境を整えているところだ。今後は必要な仕事とそれに応じた従業員のスキルと量をマッチングして、最適化する取り組みを行っていきたい」(山本氏)すでにU.S.M.Hの事業会社のカスミでは、正社員だけでなく本人の申請があればパートタイマーにもマイクロソフト・Office365のアカウントを付与している。

「現場で働く従業員の行動を変え、モチベーションを高めるには、『従業員が大切だ』というメッセージを明示し、(本部が)信頼される存在にならなければならない。従業員のエンゲージメントを高め、従業員をエンパワーメント(権限委譲し、力を引き出すこと)することがこれからの重要なテーマであり、デジタルツールも活用しながら実現を図っていく」(同)

27の事業会社、それぞれの現場からアイディアを

 このように、デジタル変革を完遂するためにも、トップのコミットメントのみならず、現場社員のデジタル化への理解、あるいはいかに現場がデジタル化の恩恵を得られるかが重要になる。そうでなければ、プランが現場で実行されずに止まってしまうからだ。とくにイオンのSM事業の場合、現時点で27社が連なる構図である。事業会社のトップ1人ひとりの認識も合わせながら、現場起点の取り組みが出現するようにしなければならない。

イオンSM事業担当付/SM事業政策チームリーダー北村智宏氏

 そのためイオンのSM事業では、「トップダウンと同じくらい、ボトムアップ型も今は大事。SM事業の会社が自発的にデジタル化を進められるよう、われわれは裏方に徹して各社の意識改革を促している」このように語るのが、イオンSM事業担当付/SM事業政策チームリーダーの北村智宏氏だ。具体的には、事業会社各社のトップや経営幹部が参加する、米国小売業のデジタル変革を体感するツアーの開催や、定期的に傘下のデジタル推進担当者を集めた勉強会を実施。先進技術に触れたり、イオンのSM事業がめざす姿を直接共有したりすることで、各社の意識変革を進めていった。

 ただし「プランを実行に移すには、社内にテクノロジーのことがわかる人材がいないと前に進まない」(北村氏)のも厳然たる事実。そこで、2019年からマイクロソフトの協力を得て、社内人材の育成に取り組み始めた。その具体的な施策として、SM事業各社の社員を対象にスマートストアに関する知識を得る2日間に及ぶトレーニングや、資格試験を毎月行っている。資格試験は昨年11月から毎月実施し、4カ月間で受講者は130人を超えた。IT部門だけでなく、営業や商品、経営企画など幅広い部署から人材が集まり、「受講者の95%がデジタルに関する教育の必要性を実感している」(北村氏)と、社内の意識は大きく変わりつつあるという。

 現場起点でのデジタル変革をめざすイオンのSM事業だが、すでにその芽は出つつあるようだ。イオン子会社のまいばすけっと(神奈川県/古澤康之社長)では、受講したうちの2名が、Microsoft Azure上でPython(プログラミング言語のひとつ)を使い、店内の安全カメラを活用したパン売場の欠品検知ソリューションを、外部講師のサポートを受けながら自力で開発。この経験がきっかけとなり、現在はAzure Cognitive Servicesを使って、青果物の鮮度不良品をタブレットで自動判定できるツールの開発をもくろんでいる。

 同社に鮮度不良品の返品基準はあるものの、最後は店の担当者の判断に委ねているため、経験の浅い従業員は毎日判断に困っているとの話を耳にしてこの企画が生まれた。コンピュータービジョンと最先端のディープラーニング技術を使い、店舗だけではなく、仕入れ先の負担軽減、さらにはフードロスの削減までを視野に入れて取り組んでいる。

「本当のソリューションは現場から出てくる。『AI などのクラウドサービスを使えば何かできる』ことを現場が知れば、活用のアイディアは無限に生まれてくる」と北村氏。

 マイクロソフトがバックアップするかたちで、イオンの「お客さまに寄り添う」ボトムアップ型のデジタル変革は、急速に進化を遂げていきそうだ。