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現場スタッフが1人しかいないなか、アパレル企業クロスプラスが店舗の付加価値を高めた方法

徐々に行動制限が緩和され、日常が戻りつつあるものの、アパレル業界を取り巻く環境は依然として厳しいです。そうしたなかでお客さまに来店してもらうには、それだけの価値がリアル店舗には必要です。今回は、多くのブランドを有するアパレル企業クロスプラス(愛知県/山本大寛社長)がどのようにリアル店舗の付加価値を向上させたのかを解説します。

DXで購買体験を向上させる

 新型コロナウイルス感染症の影響が長期化するなか、行動制限が緩和された20223月以降、イベントや旅行などの再開に向けた外出着の需要が高まっています。しかしながら、商業施設の来店客数はコロナ禍以前の水準には戻っていません。

 加えて社会情勢の緊迫化、それに伴う原材料価格の高騰が大きな打撃となっています。販売価格の見直しによる利益率改善にも限界があり、アパレル業界を取り巻く環境は依然として厳しい状況です。コロナと共存していく時代の到来、変化した消費者の生活様式に合わせてオンライン上でのビジネス比率が急速に上がるなか、リアル店舗の存在意義そのものが変わってきています。ネットでも簡単に欲しい商品が買えますが、わざわざ店舗に足を運んでもらうためには「価値ある購買体験」が重要になってきます。

 今回ご紹介するのは、レディース衣類の製造・販売などを手がけるアパレル企業、クロスプラス。「N.O.R.C」「LE SOUK HOLIDAY」「DECOY」など多くのブランドを展開しています。

クロスプラスのブランドの1つ「LE SOUK HOLIDAY

 同社は1店舗に1人しかいない販売スタッフと複数店舗を管理するSV(スーパーバイザー)が連携し、これまでの大量生産・大量販売というやり方を脱却し、在庫の適正化を通じたロスの削減と粗利益率の改善に取り組んでいます。そのためにはDX(デジタルトランスフォーメーション)による各店舗における販売の効率アップが必須であると考え、デジタルツールの導入を決めました。

売場づくりやセールストークを店舗間で共有

 従来、クロスプラスの販売スタッフは、本部から配信された重点商品のコーディネート例を確認し、店頭ディスプレイを設置しており、陳列の修正や確認は月12回のSVの巡回を待つのが通例でした。

 しかし、デジタルツール導入後は、各販売スタッフが自分の店舗のコーディネートや売場の画像をエリア全体に共有し、その画像に対してSVがよい点と改善点をフィードバックできるようになりました。これにより、評価基準や修正点が日々共有・蓄積され、各店舗における行動改善のPDCAサイクルも高速化されました。

リアル店舗の価値向上にはノウハウの共有が有効だ(写真はイメージ)

 また、SVと販売スタッフの連携強化だけではなく、エリア内の販売スタッフ同士による横の繋がりも生み出されていきました。優良店舗のコーディネートを参考に売場づくりを実施した別の店舗も売上がアップしたのです。

 売場画像だけではなく、お客さまにお買い上げいただいた際のセールストークも共有することで、一人ひとりの接客の幅も広がりました。販売スキルを可視化することで、個々人のノウハウをひとつの店舗で埋もれさせることなく会社全体の財産として共有することができるようになったのです。

ブランドの“広告塔”である販売スタッフをどう教育するか

 リアル店舗がお客さまに価値ある購買体験を届ける際に重要なのは、魅力的な売場づくりと気持ちのよい接客です。クロスプラスは1人現場がゆえに教育機会が限られていましたが、マニュアルだけでは身につけることの難しいスキルをデジタルツールの活用により自発的に学べる環境をつくることができました。多くの販売スタッフが他店舗の様子をリアルタイムに確認できることにメリットを感じています。

 販売スタッフはブランドの“広告塔”です。ただ商品を売るのではなく、ブランドのコンセプトやイメージを伝える大切な役割を担っています。顧客との対話の中で、それぞれの嗜好や状況を把握して最適な商品を提案する――。「この人にお勧めされたコーディネートが気に入った」という購買体験の積み重ねがリピーターを生み出します。

 店ではなく「人」に顧客がつくからこそ、リアル店舗では一人ひとりの活躍が重要になります。販売スタッフが笑顔で自信をもって接客するには、スキル向上はもちろん、モチベーションアップも大切です。クロスプラスでは、デジタルツールによって、店舗の垣根を越えてスタッフ同士が交流しています。売れ行きが芳しくない商品のアプローチの仕方をアドバイスしあったり、商品在庫の移動などをスピーディに相談したりするなど、商品ロスの改善にも取り組んでいます。

労働生産性の向上=働きがいの向上

 1人現場は自分なりの工夫が存分にできる一方で、ともすれば孤軍奮闘になりがちです。コロナ禍で従業員同士の関係性を深めることは簡単ではありませんが、デジタルツールを上手く活用することで他の店舗や販売スタッフと「つながっている状態」をつくり出すことで、スタッフの心的安全性を担保することができます。そのうえで自発的に考え行動できる組織ができあがるのです。

 自主性のある販売スタッフが増えることで、業務の価値も上がります。誰かの指示で動くのではなく、自ら付加価値の高い仕事を作り出せるようになります。それによって、お客さまが笑顔になり、喜んで商品を買ってくれること、売上アップ、周囲からの評価などにより意識と行動が変化し、定着し、習慣化されていくサイクルがつくり上げられるのです。その先には、「労働生産性の向上=働きがいの向上」が見えてきます。

 リアル店舗でしか体験できないことは必ずあります。それをサービスとしてどのように提供するかが「価値ある購買体験」につながっていきます。店舗を「人(顧客)と人(販売スタッフ)」が交流する場として考えると、サービスの質を左右する「人」のモチベーションをマネジメントすることも重要です。働きがいを追求していくためには、業務効率化は必須です。DXで「働きやすさ・働きがい」をセットにした新しいチェーンストア理論経営の構築をしていくことが、他社との差別化になるのです。

 

プロフィール

染谷 剛史 (そめや たけし)

1976年、茨城県生まれ。大学卒業後リクルートグループに入社。アルバイト・パートの求人広告営業を経て、営業企画・商品開発を担当。2003年、株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、サービス業の採用・組織コンサルティングに従事。2012年に同社の執行役員に就任し、新規事業開発やカンパニー長を歴任した後、2017年にナレッジ・マーチャントワークス(現HataLuck and Person)を設立。「はたLuck」サイトはこちら