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年間120万本! 成城石井「プレミアムチーズケーキ」を生んだパティシエ4年の信念

店頭の取扱い商品では群を抜くスーパー、成城石井。「スーパー冬の時代」と言われる中でも、この10年で店舗数は3倍。年商は2倍にまでなった。この成長を支えるのが品揃えを担うバイヤー、そして商品開発担当者だ。人気商品の買い付け、開発にはどんな経緯があったのか。上阪徹氏の「世界の果てまで、買い付けに。」からその一部を全3回にわたって紹介する。3回目は年間120万本を売り上げる「プレミアムチーズケーキ」。商品として世に出るまでは4年の月日を要した。開発したパティシエの思いとは。

成城石井では自社開発のデザートも売りの一つ。年間120万本を売るプレミアムチーズケーキは、パティシエが温め続けた渾身のアイデアだった

まずは、信頼を醸成していく時間が必要だった

 成城石井の看板商品、といっても過言ではない。年間120万本以上を売り上げる、ダントツの人気ナンバーワン商品が「プレミアムチーズケーキ」だ。

 土台は素朴でナチュラルな甘さのスポンジ生地。その上にクリームチーズ層、最上部にサクサクしたシュトロイゼルがのせられ、ローストしたアーモンドとレーズンが味にアクセントをつける。

 それぞれの味わいと食感のコントラストが絶妙で、ボリュームもたっぷりの大きさ。まさに、食べ始めたら止まらない、とリピーターになる人が今も続出している。

 登場したのは、2003年。このプレミアムチーズケーキを開発したのが、セントラルキッチン菓子グループ長のパティシエ、光野正三だ。

「どのケーキ屋さんに行っても、レストランにしても、ここはこれだよ、という顔となるメニューがありますよね。スペシャリテと言いますか、入社したときから、それを作りたいとずっと思っていたんです」

 父親もパティシエだった光野は10代からこの世界に入り、15年間、いろいろなところで働いていた。ウエディングケーキを専門で作っていた時期もあれば、卸の会社にいたこともある。あの有名店マキシムドパリで働いて時期もある。そして1998年、前職のケーキ店から成城石井に転じた。

「たいていできないことはないくらいの懐の深さだけはあったと思います。縁あって成城石井に行くことに決めたんですが、スーパーマーケットでお菓子を作るためにケーキ店を辞めるなんて、と驚かれましたね」

 ちょうど近くに成城石井ができ、興味を持っていた。

「何より、お客さまの多さでした。それだけたくさんの人に買っていただけるチャンスがあるということ。それとやっぱり、本物の店だと思いましたよね。お店に並んでいる商品のアイテム数も圧倒的で。それこそ食材が足りないというと、成城石井のお店で買い足したりしていましたから」

 だが、成城石井のデザートはまだ黎明期だった。そもそもスーパーである。ケーキを買うことを目的に、来客があるわけではない。必要なことは、成城石井のデザートを手に取ってもらう信頼のベースを作ることだと感じた。

「最初の1、2年は本当にオーソドックスなプリン類やカップのスイーツなど、徐々にアイテムを増やしていきました」

 加えて、まだ店舗数も少なかっただけに、いろいろな企画を思い切ってやらせてもらったという。

「ホールのクリスマスケーキを作ったり、タルトを作ったり。遠慮せずに3000円、2000円という価格にしてもいいと言われて」

 本当に自由にやらせてもらった、という。

「コストを意識して何かを削ったり、何かを妥協したり、どこかで流行っているからやってほしいと言われたり、もっと安い物にできないかとお願いされたり。こういうことは絶対にありませんでしたね。いい意味でのぶつかり合いはあっても、マイナスにするような動きはなかった」

 成城石井のお菓子はこういう味だという骨格のようなものを、会社全体で作っていこうという空気があった。そんな中で「スフレチーズケーキ」などのヒット商品が生まれていく。

「やっぱりそういう時間が必要なんですよ。信頼を醸成するような時間。それがないところでまったく新しいものを出したとしても、埋もれてしまいかねない。その気持ちは最初から持っていましたね」

クリームチーズはオセアニア産を厳選

 実は、プレミアムチーズケーキは、入社時から構想を温めていた。

「これはどこの職人もそうだと思うんですが、いろんなところで何か閃いたらノートに書きためていったりして、これは絶対においしい組み合わせだ、いつかこういうものを作りたい、と考えていたりするんですよ」

 それが3層のケーキだった。きび砂糖を使用した素朴でナチュラルな甘さのスポンジ生地があり、クリームチーズをベースにアーモンド、レーズンを加えたチーズケーキ生地があり、表面にはアーモンドプードルで作ったサクサクとしたシュトロイゼルという3層。

「一つひとつのパーツもおいしいんですが、3層になると食感の差が生まれるわけです。さらにチーズケーキの中に入っているレーズンのちょっとした酸味と甘み、アーモンドのスライスした歯ごたえ。クッキーとして食べてもおいしい表面。ただ、成城石井でこれだけ売れていなければ、こんな形のチーズケーキは誰も見たことがなかったんじゃないかと思うんです。実際、今は食べ慣れていますけど、けっこう重たいですしね(笑)」

 入社から4年。成城石井のスイーツへの信頼が高まっていく中で、満を持して企画を出す。素材にもこだわり抜いた。スポンジ生地には、きび糖を使った。

「きび糖の素朴な味わいが好きなんです。白砂糖ですっきりさせるよりも。値段は高いですけどね」

 きび糖は白砂糖の倍近くする。クリームチーズもいろんなものを試した。

「有名なブランドのものなども試しましたが、最終的にはオセアニア、オーストラリア産のものを選びました。ヨーロッパ、フランス産のものほど癖がないからです」

 土地によって牛のミルクの味が違うのだという。仕上がってくるチーズの味も、それに伴って違ってくるのだ。

「その中で、一番安定して安全な工場で作られているメーカーさんのものを使っています」

 バターをふんだんに使い、シュトロイゼルの部分もアーモンドプードルが30%以上入っている。

「アーモンドプードルは、小麦粉に比べたら相当、高価です。実はアーモンドプードルを入れなくても同じような状態にはなるんです。だから、同じようなものを作ろうとするときには、真っ先にアーモンドプードルの比率を下げるでしょうね」

「特別なものを使っているわけではありません。当たり前のものを当たり前に使っている。ただ、安易な原材料で作っていこうという発想はまったくありません。ですから、このボリューム感でこの味、この価格となると、これは成城石井ならではだと思います。他では絶対にできない。食材をこれだけふんだんに使ってもこの価格で収まるというのは、お客さまの多さがあってこそ、なんです」

 製法にもこだわった。チーズケーキ生地は一般的なものの3~4倍の時間をかけ、機械で徹底的に混ぜ合わせる。

「空気が入らないよう、低速でゆっくりゆっくり回しています」

 食感のアクセントとなるアーモンドは、焙煎した瞬間から酸化し、風味が落ちてしまうので、毎日約1時間かけ、セントラルキッチンで生のスライスアーモンドを焙煎している。

「単にアーモンドを入れる、と考えると粉砕された小さなつぶつぶになりかねない。スライスで大きなものが入っているのがいいんです。ただ、スライスですからローストするときに手間がかかる。焼き加減を見てひっくり返すのは、人の手ですから」

レシピがあれば、できるわけではない

 クリームチーズは季節や輸入時の状態によって水分量が変わるので、これもまた人の目で焼き加減をチェックする。

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「シュトロイゼルにしても、他のケーキ職人ではまずこんなやり方ではやらないだろう、という方法でやってます。同じ材料を使っても、ちょっとした製法の違いで違うものになったりするんです」

それこそバターの温度ひとつとっても、ちょっと違えば食感の違いになるという。

「同じ配合でもまったく違うものになりますね。レシピがあれば、誰でもできると思われるんですが、そうではないんです。上のクッキーのところでも、分子レベルで見ると、小麦粉が油脂を包んでいるのか、油脂が小麦粉を包んでいるのか、これだけで違う。大きな機械で回しているとわからないわけですが、口に入れたときには油が先に来るか、ほろっとした食感が来るか、まったく違うわけです」

 そこまでイメージして作れるか、ということだ。レシピがあったとき、そこまでイマジネーションを働かせることができるかどうかが、パティシエには問われるという。

「ミキサーで粉とバターを練るとき、ただ決められた時間ミキサーを回して練るのと、この粉とバターと砂糖がどんな状態につながっているのか、考えながら混ぜている人とでは、できあがりはまったく違ってくるんですよ」

 そして、そういうことがわかっていなければ、実はレシピは生み出せないのだ。