2019年8月21日から23日の3日間、東京ビッグサイトにて、国内最大のシーフードショー「第21回ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」(主催:一般社団法人大日本水産会)が開催された。日本国内をはじめ世界各国の水産商材と水産関連技術を紹介し、商談や情報交換の場を提供するイベントの場で、今回の出展者数840社、期間中の来場者は延べ3万3572名だった。今回はスマート水産業について解説したい。
「水産業の明日を拓くスマート水産業」
2018年6月、政府は、新たなる成長戦略として「未来投資戦略2018―『Society5.0』『データ駆動型社会』への変革―」を閣議決定した。そのなかで「水産業のスマート化」は、フラッグシッププロジェクトのひとつに掲げられている。
ジャパン・インターナショナル・シーフードショーの場においても、公立はこだて未来大学システム情報科学部教授 マリンIT・ラボ所長の和田雅昭氏による「水産業の明日を拓くスマート水産業」をテーマとするセミナーが開催された。
その冒頭で、和田氏は、スマート水産業とは、「暗黙知」から「形式知」の水産業への転換であると述べている。「個人の長年の経験や勘に頼ったもの」から、「コンピュータで活用できるようにデータ化され、シェアできるもの」への進化であり、産学官が連携し、漁業として「ムダをなくす」「はずれをなくす」プロジェクトでもある。
本題に入り、和田氏は、スマート水産業の方向性を指し示す事例のひとつとして、函館での「定置網漁業」での成果を発表した。
定置網漁業を可視化せよ!
定置網漁業は、函館では200年くらい前から行ってきた伝統的漁法だが、待つ漁法のため、漁獲量をコントロールするのが難しい。また、特定魚種の保護(とくに、まぐろ)という資源管理の課題も、国際的なレベルで関心が高まっている。そこで、2015年ごろから取り組んだのが、魚群探知機を定置網の筏につけて沈め、24時間監視することにより、定置網漁を可視化することだった。
網にかかっている魚種を特定できれば、漁獲量が少ないときや、保護すべき魚種が入っている場合には休漁とすることで、結果としてムダになる出漁を減らすことにつながる。
その当時、まぐろ保護のために、1カ月に2週間の機械的休漁を始めていたが、その期間にまぐろの群れが来ていなければ、保護にならないばかりか、その間の他の魚種の水揚げもなくなる。「資源の保護」はできても、「漁業を守れない」ということになりかねない。
魚群探知機による24時間監視のデータをもとに、2015年10月の漁獲データに適用してみたところ、「出漁日数29日間、仮想休漁2日間」で、「めじまぐろの漁獲量は43%、保護量57%」、「他の魚種の漁獲量97%、獲逃量3%」というシミュレーション結果になった。あくまでも試算上だが、めじまぐろを保護しながら、他の魚種の漁獲量をほとんど落とさずに漁を行うことが可能ということがわかったのだ(シミュレーション当時はまだ、まぐろ漁は禁止されていない)。
AIを使った水揚げデータの予測
現在、定置網に関して、AI(人工知能)を活用した水揚データの予測が試みられている(定置網AI)。
過去の音響データ(魚群探知機によるもの)と水揚データ(網ごとに、魚名、数量、単価、金額など)を、AIに学習させておき、現在の音響データを入力すると、水揚データが予測されるというもので、漁業関係者だけでなく、流通事業者にも協力してもらい、その評価を受けているところだ。
「現状では、正解率は50~60%程度」だという。
この数値の評価は、漁業者と流通業者とでははっきりと分かれている。
漁業者は「十分使える」と言い、流通業者は「最低でも9割以上の正解率でなければ使えない」と言う。漁業者には、自分自身の経験と勘による知見があり、それとAIの予測を組み合わせることにより、水揚予測の確度を上げることができる。しかし、そうした知見を持ちえない流通業者としては、5割近いリスクを冒して、その水揚げの仕入れに動くことは、誰の目にも無謀と映るだろう。
では、この定置網AIは今後、その精度を上げることは可能なのだろうか。いま以上の有用性を獲得できるのだろうか。
人智を超えたAIといえば、囲碁の世界チャンピオンを破った「AlphaGo(アルファ碁)」を思い浮かべる人もいるだろう。
しかし、このアルファ碁と、定置網AIとでは、学習するデータ量が圧倒的に違う。アルファ碁の場合、過去の対局データを学習したうえで、同じように学習した別のAIと対局することが可能であり、コンピュータ世界のスピードで、しかも24時間対局し学習し続けることができる。そうした膨大な学習データの蓄積により、世界チャンピオンを凌駕する知見を持ちえた。
ところが定置網AIの場合、自然を相手にしたデータの収集が必要だ。1年に1回の漁であれば、30年データを集めたとしても30パターンにしかならない。1日単位の漁だとしても、30年で1万データだ。通常、AIに学習させるデータ量としてはごくわずかであり、ベテランの漁師の(経験と勘による)データとさほど変わらない。それを増やしていくには、今後、水産業者全体の協力が不可欠になってくるだろう。
定置網AIの精度を高めるための方法とは!?
それでは、どこまで精度をあげれば、有用な定置網AIと呼べるだろう。
和田氏は「地域気象観測システムアメダス(AMeDAS)による天気予報がひとつの目安になるのでは」と話す。
アメダスは全国に観測所が1300ほどあり、「気温」、「降水量」、「風向風速」、「日照時間」を観測し、週間天気予報につなげている。週間天気予報であれば、明日の天気予報ほどの精度がなくても十分に利用できる。
定置網漁業の経営体は、北海道だけで、アメダスの観測所と変わらない約1400あり、全国規模では4000を超している。これらが、日々、アメダスの観測所なみのデータ(ただし、漁業に必要なもの)を共有し、定置網AIで分析を加えれば、相当有用な水揚げ予報になるのではないか、という見立てだ。
たとえば、水揚げ漁港別に、魚種(まぐろ、かつお、ぶり、いかなど)、まぐろ警報・注意報、降水確率のようなかたちで豊漁・貧漁・不漁といった情報などが、わかりやすく提示されるというイメージだ(画像参照)。
ある魚種がどのように日本近海を上がってきているか、これからどのような動きをするのか、そうした有用な情報として利用できるようになれば、漁業者の経営に大きなメリットが生まれる。流通業者(卸や小売)としても、どの産地で買い付けるのがいいのかの判断材料にもなる。
これまで水産業のICT化への取組みでは、最新のテクノロジーを活用し、環境・資源・技術の数値化、IoT(モノのインターネット)による現在の見える化などが、ほぼ実現されてきた。しかし、これらはまだ水揚げまでの話だ。そこから先の、売ったり、加工したり、お金に換えていくプロセスとの連携に関しては、まだまだこれからだ。
水揚げの予測を立て、生産から流通までの一貫したバリューチェーンの最適化をめざす、スマート水産業の実現には、まだ少し時間がかかりそうだ。