メニュー

そごう西武よりも難路に?セブン&アイ「スーパーストア事業」再生のゆくえ

9月に入り、セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)がようやくそごう西武の事業譲渡に漕ぎ着けました。さまざまなステークホルダーから現状変更に反対する意見が出されたこと、労働組合がストライキにいたり意思疎通に課題を残したこと、違約金次第とはいえ入札をやり直してもよかったように思われることなど数々の論点が残されました。
一連の経緯をそごう西武の従業員の方は希望と懸念の混ざった思いで眺めていたと思いますが、セブン&アイのスーパーストア事業(以下、SST事業)に携わる役職員の方々にも似た思いの方がいらしたのではないでしょうか。今回はイトーヨーカ堂を軸とするスーパーストア事業再生のゆくえについて考えてみます。

百貨店事業の切り離しは既定路線、いよいよ改革の本丸へ

 セブン&アイにとって、百貨店事業の切り離しは既定路線だったと思います。

 内部的な評価はわかりかねる部分がありますが、セブン-イレブンの店舗・顧客ベースをもってしても、百貨店事業を変貌させるには十分な力にならなかったと言えます。シナジーが生まれない以上、強みの発揮できるコンビニ事業に経営資源を一段と集中するべきであることは、アクティビスト投資家を待たずとも明らかだからです。

 一方、SST事業は、国内コンビニ事業と対照的に、長年構造改革による収益立て直しを進めてきましたが、決め手に欠く状況が続き、特にイトーヨーカ堂は低収益性に悩まされていると言えます。

 ここでイオンの場合を考えてみると、総合スーパー(GMS)事業単独の採算は高くないのですが、結果的に、あるいは実質的に「GMS事業をコストセンターと割り切ってモールを運営し、ディベロッパー事業と総合金融事業などでトータルに採算を確保すれば良い」という捉え方で運営されているように解釈することもできます(もちろんイオンリテールなどが、単独事業としてその収益性を高める努力をしていること、そうなることをイオンが課していることも理解しています)。

 ただし、これに倣ってセブン&アイが「SST事業は主力のコンビニ事業と”食”というコアコンピタンスの骨格を成しているので、SST事業はコストセンターでも構わない」と主張するのは難しいと思います。確かに豊富な品揃え、生鮮の取り扱い、加工手法などの質的な点ではSST事業に特有の知見がありますが、SST事業の売上高は国内コンビニ事業の加盟店売上高のおよそ3割弱にとどまり規模の面ではもはや絶対不可欠とは言い切れません。

 百貨店事業をはじめ多くの事業の整理が済んだ現在、残存する事業をあらためてマッピングすると、皮肉なことかもしれませんが、従来以上にSST事業の収益性改善という経営課題が浮き彫りになります。ここに改革・改善の本丸があるわけです。

SST改革で掲げる、首都圏SMで
トップクラスに入る意欲的な目標

イトーヨーカ堂は9月1日付けでヨークを吸収合併、首都圏SST事業の運営効率改善を進める

 SST事業の方向性については、2023年3月に中期経営計画のアップデートという形でその考え方が示されています。

 そして、その具体策は10月12日の第2四半期決算説明会で説明があるとされています。また、10月31日には機関投資家・アナリスト向けのIR Day 2023が予定されておりますので、その場でも追加情報が示されると思われます。

 このように百貨店事業の切り離し後、間髪を入れずにSST事業に関する重要な施策説明が行われるわけですので、ステークホルダー全ての多大な注目を集めると思います。

 ではこれまでに述べられたポイントを整理しておきましょう。参考資料は23年3月9日公開の「中期経営計画のアップデートならびにグループ戦略再評価の結果について」の主にP32-37である。

  • 当面の重点施策は自社アパレル事業完全撤退、首都圏へのフォーカス加速と追加の店舗閉鎖、首都圏事業の統合再編、戦略投資インフラの整備、外部人材活用とモニタリング強化にある。
  • これらの結果、2025年度の目標をSST事業のEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)850億円、うち首都圏SST事業では550億円を稼ぎだす。なお、SST事業全体のEBITDAは現状500億円強とみられ、今後の主たる増分は首都圏SST事業からもたらす。
  • 2025年度のEBITDAマージン(=EBITDA /営業収益;概算としてEBITDA=営業利益+減価償却費等)の目処は6%程度(現状は3.5%程度とみられる)。
  • 首都圏SST事業のROIC(投下資本利益率;一般的にはSST事業にかかわる株主資本と有利子負債で営業利益を税引き後にした額を割った率)4%以上。
  • SST事業は営業キャッシュフローと資産圧縮による資金で必要な投資を賄い、他事業に資金を求めない。

 お気付きの通り、これはかなり意欲的な目標です。

 営業収入の額を追わずに増益を目指すこと、首都圏SST事業で一気に採算改善を目指すこと、目標となるEBITDAマージン6%という水準は、同業他社のなかでも高水準であることが指摘できるでしょう。

 筆者も直近の通期決算で簡単に試算してみましたが、首都圏でEBITDAマージンが6%を超えていると言えそうなのはヤオコーとベルク、5%を超えていると言えるのはマミーマート、エコスまでに限られています。また、ライフコーポレーションは4.5%程度ですので、セブン&アイの意気込みの強さがわかります。

 また、事業の取捨選択を行う際に注目されるROICの目標が4%以上であるという考え方の適否も投資家には問われそうです。単純比較はできませんが、ライフはROICの下限目標を5%としていますので、長期的にはセブン&アイのSST事業の場合も、やはり5%を確保するシナリオが欲しいところです。

 事業説明の場では、これらの目標値の蓋然性についてしっかりとした説明を期待したいと思います。なお、「SIPストア」とよばれる、簡単にいえばコンビニ店舗を拡張し、ヨーカ堂的商品も提供する新コンセプトの店舗展開の成否についても精査が必要になりそうです。

SST事業はIPOを目指すべきか!?

 さて、SST事業が首尾良く目標を達成する場合、SST事業はIPO(株式公開)をめざすべきでしょうか。

 筆者は基本的に親子上場には否定的ですが、SST事業が自立できるのであれば、その先はSST事業単独で思い通りに事業価値の最大化を進めるべきだと思います。そのためには、セブン&アイが最終的には1/3以上の議決権を残すことを念頭にIPOを行い、新株を発行して資金を調達し、成長投資に充てるべきだと考えます。セブン&アイも一部の持株を売却し、それをコンビニ事業のさらなる強化に充当することが望ましいでしょう。

 SST事業が自律的に成長するのであれば、関係する役職員の士気もあがるはずです。イオンがまいばすけっとやアコレを展開し首都圏で支持を高めているように思いますが、SST事業もいったんコンビニ事業の視線から離れて独自に首都圏の商圏を獲得する新たな業態開発までできるようになるのが理想ではないでしょうか。

 そして、SST事業のIPOを起点に、SST業界の集約が進む起爆剤になれば面白いと思います。西友も絡んでくるかもしれません。

もし改革の成果が不十分な場合、何が起こるのか?

 一方、改革が不十分な成果にとどまった場合、さすがに事業の切り出しを株主が求めてくると思います。収益率があがらず、事業の維持・拡大に必要な資金を自前で十分に確保できず、縮小スパイライルに入りかねないからです。

 その場合は、百貨店事業の切り離しの経験を踏まえて、穏便ながらも迅速に手を打ってくると思います。この場合もやはり、SST業界の大型再編につながる契機になりそうに思えてなりません。

 冒頭、そごう西武の幕引きを見ていたSST事業の関係者の方のお気持ちを考えてみましが、実際にはこれを経てSST事業の改革成功に奮い立っていると思います。

 まずは10月12日、10月31日を楽しみに待ちたいです。

 最後になりますが、株価急落が起きやすい10月を迎えました。財務余力のある上場企業の財務の方には、自社株買い発動の準備をお願いしたいと思います。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師