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株価が1年半で約3倍に!パルグループ好調の秘密と抱える5つの課題の解決策とは

本日は「ナイスクラップ」などのアパレルに加え、雑貨業態の「3コインズ」を展開するパルグループホールディングスをテーマにあげる。同社の株価は実に絶好調で、1年半ほど前と比べると約3倍程度で推移している。同社好調の秘密を明らかにするとともに事業戦略上の課題をどう解決すべきかを提案したいと思う。

 株式分割で株価が上がる理由

Henrik5000/istock

 まず株価とはいったいどういうものかについて、解説したいと思う。本論をわかりやすく理解するために必要なので、少しだけお付き合いしてほしい。

 20212月、ファーストリテイリングの1株当たりの株価が10万円を初めて突破したことは記憶に新しい。同社の最低単元株数は100株なので、ファーストリテイリング株に投資するには、最低でも1000万円が必要になる。そのため、少額資産しか持たない多くの個人投資家にとっては極めて投資が難しい銘柄となった。このことが示すように、株価が上がると、有望企業だとして優れた人材も増えるし、買収防衛という点からもよいのだが、「個人投資家」を呼び込みにくいというデメリットがある。

   一方で株価のメカニズムについて私はかつて、「現金製造機」という架空のコンセプトで説明したことがある。1年間に1万円の現金を生み出す「現金製造機」があり、5年間は壊れずに使えるとする(その後は壊れるかもしれない)。つまり5年間で総額5万円が得られるわけだが、毎年得られる「1万円」を現在の価値にした株価の総額が現金製造機=企業の現在価値となる。その後どうなるかの見通しを含めて現金製造機の価格が決められるというわけだ。

  それだけでなく、「自社株買い」といって、自分で自分の株に「買い」をいれることで株価を短期的に上げられ、また、自社が自社の株を保有することで、結果的に流通される株式数を減少させられるため、一株あたりの収益があがり株主への実質配当が増える手法によって株価を上げるなどだ。私は「タコの身食いのような手法」だとよく説明しているが、株主還元策の有効な1つである。

 もう1つ、今から説明する「株式分割」も実は株価を上げる効果がある。これは、冒頭のファーストリテイリングを例にすると同社は1000万円では買いにくいから、233月に3分割している。330万円程度で買えるようになったわけだ。これによって同社の株式が (それでも300万円は高いが) 比較的買いやすくなる。つまり、いままで買いたくても買えなかった人が買えるようになったから、需要が高まり、株価が上がるというわけだ。

パルグループホールディングスの分析と提言

3COINS(photo by DCS online)

 さて、ここまで株式の話をしたが、ようやくここから本題のパルグループホールディングスについて解説していきたい。

 前置きを長くしたのには理由がある。まず、同社の驚くべき株価の推移だ。コロナ禍の20911月ごろと比べれば4倍近く、224月ごろと比べると約3倍になっているからだ。

 これだけの急上昇はあまり聞かない。なお、私と同社の関係では、教育・研修などでお付き合いが少々ある程度。今は退任された元取締役の小路順一さん(家が近所)とは食事をしたこともあるし、デジタルSPAの提案もしたことがあるが、それだけだ。同社についてインサイダーに近い部分の話までは知り得ていない。

 しかし、私がコンサルタントとして得意にしている「情報のシナプスによる結びつき、そして、そこから紡ぎ出される物語つくり」を行えば、いろいろな仮説が出てくる(コンサルタントは最終報告書を除き、「仮説」という言葉を使い続ける)。

 まず、例の如く「販管費は40%台か」「現金と仮想的に換金後の在庫は対販管費に対してどの程度か」をみていく。同社の場合は、直近の233月期の販管費率は45.2%に収められている。

 ここまでは、私の論考を読み続けている人であれば、その目的と着眼ポイントは分かるだろう。服は、極めて嗜好性が強く、欲しいものがあれば大ヒットするが、不要だと思われたら過剰在庫の山となる。私の「斜め読み」によれば、「IR・投資家情報」で、やはりでてきたのが「株式分割」だ。これはつい最近の23年の7月に実施され9月から効力を発揮するようだ。したがって、株価の直近の急上昇はこの株式分割とは無関係で、事業との連携を見るべきだろう。ここで過去のIRニュースを眺めていくと、目立つのが「自社株買い」だ。パルグループホールディングスは、上場企業としてかなり「株主を向いた経営」をやっているのだろう、という分析が成り立つP/L(損益計算書)も数年分みたが、確かに成長基調ではあるが、そこにあぐらをかくのでなく、さらに余った金は自社株買いで経営の安定化と株主還元を行っているのだろう。

 EC比率と雑貨比率がともに40%近い(雑貨は35.8%)という点もユニークだ。

 EC化を加速させたという意味では、地方で「再販」の繰り返しで儲ける某社と異なり、トップがよほど強いリーダーシップをもって現場を引っ張っているか、あるいは、数名のデジタルの天才がいるのか、仮説は立つが正確なところはわからない。

 いずれにせよ、日本の衣料品全体のEC化率が20%に届かない*なかちょうど40%(232月期、対前期比では+2.2Pt増)という構成比をたたき出しているというのは立派だ。

編集部注:日本の「衣料品+服飾雑貨」のEC化率は約21%(21年度、経済産業省)だが、うち服飾雑貨のEC化率が圧倒的に高いものと予測でき、アパレルと服飾雑貨のEC化率を加重平均したものが約21%であるわけだから、衣料品だけに限れば20%を切っているものと、河合氏は推計している。

 そうしたなかで、

 一方、雑貨は「よく売れる、しかし、儲からない」というものだ。「雑貨のお買い物の楽しみ」は、MD点数と相関する。しかし、ニット、カットアンドソー、布帛の三種しかない衣料品と異なり、雑貨の場合、極論をいえば「雑貨の数だけ工場が散らばる」という事情がある。金型が必要なもの、手作業でつくるものなど、工場形態が一定化しないからだ。

  同社が抱える課題について私が読み解き解決策を提言する前に、1つアパレル業界にまつまわる予測をしたい。

 それは、今後企業のバリューチェーンは中間流通がなくなるということもそうだが、工場が「アパレルメーカ機能」を持ち、LDP (Landed Duty Paid 輸出国仕向地指定場所までの輸配送)取引が普通になり、24年問題も解決に向かうというものだ。

 その理由は以下の通り。今、中国は国を挙げてD2Cで一気に日本を攻めようとしている。これに併せたように、Sheinもドバイへ行ったようだ。そこで、私がデジタル屋であれば、「中国発、日本仕向地向け検収基準売上」(この恐ろしさがお分かりだろうか。自社倉庫にトラックが日に三度もやってきて40%の空気を積んでやまのようなトラックがショッピングセンターに向かって渋滞している絵姿を根元から根絶する改革だ)を可能にするシステムと業務プロトコルを標準化させ、経産省に提案するだろうと思う。

 では、いよいよ同社の課題とその解決策を提言したい。

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パルグループが抱える5つの課題に回答する!

 「The51 Pal Report」(232月期の報告書)という冊子に同社が抱える課題が明記されていたので、私がその解決策を考えてみた(これは、なんら背景情報を持ち得ない河合拓個人の考え方であり、多分に実態を表していない部分が多いことをご了承いただきたい)。斜体部分は同社のレポートからの抜粋および要約である。

課題1.店舗大型化による運営効率の向上

会社取り組み:当社は、全社横断的に情報を共有し、他ブランドとのコラボや、ブランド内ブランドの開発などにより、生産ロットをまとめることによる原価率低減、他ブランドでの展開による知名度のアップなどにより、店舗を大型化することによる経営効率の向上を図っている。 

河合分析&提案:対売上販管費率、原価比率はともに232月期で約45%。また、販管費の中身をみても非常にバランスが良く、店舗一本足打法で原価償却費や家賃に売上が見合っていない多くのアパレルと比較して◎(たいへんよい)だ。

 現状のEC比率を見れば、現時点でAcquisitionコストを増額してROASの悪い投資を行うのであれば、ぜひ海外展開やD2Cをはじめてはどうだろう。外資競合と肩を並べて戦う時代は目前までやってきている。今、しっかりとしたプロフェッショナルと組み、新規事業開発を同時並行で進めてゆく。そのためには、M&A機能やグローバル本社機能をどこへ置くのかなど検討すべきことがあるように思う。

課題2.最終消化率の向上

会社取り組み:当社は「4週間MD」によって、販売予測の精緻化、最終消化率の向上を図っている。この4週間MDの定着に伴い、売上総利益率の向上とともに、余剰在庫の削減、最終廃棄商品の削減を図っており、今後もさらなる精度向上に取り組んでいく

河合分析&提案:「4週間MD」というのは、この会社独特の言葉だが、基本的には1年を12シーズンにして短納期化、毎月店舗フェースとMDの組み合わせを予算とコーディネートなどを組みあわせて消費者を飽きさせない、ZARAMDのようなイメージをお持ちなのではないか。

 方向性は大賛成だ。将来的には、どこまで売れ筋追いかけ型にするのか、また、メンズなどはどうするか、雑貨のMDの組み方は何か、などだろうか。現状の正しい(本当に正しい分析をすること)フローと上記の方針を掛け合わせ、きちんとドキュメント化してゆくべきだろう。

課題3. シフトの効率化

会社取り組み:必要な時間帯に必要な人員配置を行うため、店舗作業のスケジュール化、SNS業務の効率化、時間帯別適正人員の配置、パート・アルバイトの勤務時間や勤務日数など採用基準の弾力化などによって無駄のない勤務シフト体制を構築し、効率的に売上を向上するよう取り組んでいる。

河合分析&提案: このように、多くの問いに対して多くの回答がある「人事戦略」のような抽象的設問設定は、プロジェクトを混迷させるだけでなく、現場の方向性や解釈にもズレがでてくることがある。ここは、(やってはいるとは思うが)シフト効率化であればシフト効率化に絞り、Devide and Conquor (しっかりわけて、一つひとつ解決して次に移る手法)を明確にすべきだろう。

 例えば、店長会議を使い、人員生産性の似ているチームごとに(ブランドごとでは意味がない)チームを再編成し、ベストプラクティス(社内でもっとも上手にやっている店長グループ)とチャレンジチーム(伸びしろが大きい、会社は期待しているぞ、というメッセージを出すこと)にわけて、グループ討議と発表、評価を繰り返す。評価者は実績で、経営企画がチームごとの改善度合いを数値で毎月スクリーンに投影して何が違うのかを徹底討議するのだ。日本人が得意なKAIZEN活動と思えば良い。私の経験では110% – 130% の売上向上と生産性向上が見えてくる。

パルグループ東京本社と3COINS

課題4.デジタル戦略

会社取り組み:当社は、コロナ禍で実店舗が停滞する中、ECの売上比率は現在38%にまで高まっている。自社ECサイトでは、すべての自社ブランド商品を購入でき、同アプリ会員数は900万人を超え(2023年2月現在)た。店舗スタッフ発信のSNS(フォロワー総計は950万人以上)で顧客を実店舗とECの双方に誘導し、顧客データの蓄積、LTV(顧客生涯価値)向上を進める。

 コロナ禍で実店舗が稼働していない時期、インスタライブを通じて販売スタッフがコーディネート提案や新商品の紹介を視聴者の質問に答えながら実施、商品開発や生産量の調整に生かしている。このプログラムは、2022年には全ブランド合計で230回に及び、多い時で一度に1,500人のお客が視聴、EC売上の伸長に寄与した。

 河合分析&提案:この職場討議活動はすばらしい。企業とは全従業員の70%が改革に参加すれば、必ず変わると言われるが、口だけでなくしっかりコミットをしてワイワイと楽しくやるのがコツだ。一つ留意していただきたいこととして、LTVCPACRMなどのワードがでているが、人口減少と市場縮小が加速する中、MD、商品回転率、商品粗利などの商品軸であるKPIを使い続けるのは自殺行為だ。だからといって上記の「通販用語」ではなく、顧客を個人単位で追いかけ、最後は自社のファン、そして、そのファンの買い回り情報までデータストックをすることを考え、KPIとしてほしい。それができれば、MDの代わりにもなりえる。

 MDとは日本語で「商品」である。その商品の動向から将来を予測しても、ユニクロやZARA、シーインなどが似た服を激安で販売すればひとたまりもないし、服などは、特にローエンドプライシングにいけばゆくほどグローバル化、標準化、似たもののオンパレードになってゆく。今のMZ世代は「価格は正義」であるが、ここで自社も根拠なく価格を下げれば一発でジ・エンドだ。実は、これがAI による未来予測ができない理由なのだが、常に我々消費者は必要としている倍の供給量の中に囲まれ、まだ8月なのに秋冬が売られセールが終わっているほど見切り発車が過ぎる。この世界に足を踏み入れるのも戦略なのだが、みなが同じことをするから、あえてQRをとっていないユニクロが突き抜けて世界一になるのだ。

課題5 サステナビリティ経営

会社取り組み:2019年にサステナビリティ委員会を設置、全社横断組織としてサステナビリティ体制を推進する組織を作り、「環境」と「人権」の2つのテーマから課題を抽出し、優先順位を決め取り組んでいる。環境負荷の軽減では、これまでに、店舗照明のLED化、「サプライヤー行動規範」を定めて責任ある調達体制の確立、環境負荷に配慮した商品開発などを行っている。人権尊重の取組みでは、「サプライヤー行動規範」のほか、「パルグループ人権方針」を制定し、人権啓発に取り組んでいる。

河合分析&提案:この領域については、現段階では見えていないところが多い。拙著「知らなきゃ行けないアパレルの話」の帯に、「ユニクロは世界一の売上となり、欧州アパレルはゲームチェンジを行うだろう」と書いた。今、もっとも有力視されているのが、Higg indexなのだが、しかし、今年のこの異常な暑さを前にもっと強烈なプレッシャーを欧州は掛けてくるだろう。

 もちろん日本の最大のお客は米国と中国だ。この巨大環境破壊二大国家がそもそもSDGsを代理戦争のように持ち出して「どっちの味方だ?」とすごんでくるのだからたちが悪い。 

 日本の国際経済力は、枯れているとはいえ、まだまだ海外純資産世界一の金持ち国家であることには変わらず高いわけだから、そう単純にこの戦争に巻き込まれることはないとは思うが、こればかりは見通せない。今のように米国Amazon、欧州H&MZARAなどが、みなバラバラの基準値をもっていて、ここに中国が加わればいっそうSDGs対応は難しくなる。日本はデジタル競争でも、新しい基準作りでも後塵を拝している。

 その意味では、日本がお得意とする「勝ち馬に乗る」戦略も大局的に見れば正しいのかもしれない。今のところ、世界的に影響力があり、政治ゲームはなく本気で人類の未来を見据えた企業基準のようなものができ、ERPPLMに実装されるまでまつのが最も賢明といえそうだ。

 

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

株式会社FRI & Company ltd..代表(2023年8月1日に社名を河合拓コンサルティング株式会社より変更)Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。最近ではAI企業、金管楽器メーカー、中国企業などのスタートアップ企業のIPO支援などアパレル産業以外にクライアントは広がっている。座右の銘は生涯現役。現在は慈悲で大学院で経営学の、独学で英語の学び直しを行っている。
著作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送サテライトTV」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議にたびたび出席し産業政策を提出。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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