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メタバースが時期尚早すぎる理由と、将来のアパレルへのインパクトも小さい理由

私は過去、事あるごとに、「メタバース」について、投資イメージが湧かない、あるいは産業に応用するには時期尚早であることを強調してきた。過去から最近に渡って技術者の人たちと話をする機会も持つようになればなるほど、自信が確信へと変わっている。今回はメタバースになぜ今投資すべきではないか、メタバース が今後どのようなかたちでアパレル業界でビジネス化する可能性があるのか、そしてそれは今ではないこと、について解説したいと思う。

naratrip boonroung/istock

 DXという言葉だけが先行
類推から考える日本人の弱点

 まずはなぜメタバースに対し、日本人が過剰に期待してしまうのかを、語学を「アナロジー(類推)」することで説明したい。

 数十年も前の話になるが、まだ私が30代の時、イタリア・ゼニア社CEOが来日し当時の東京スタイル(TSIホールディングス傘下の現東京スタイルとは別法人)の故・高野義雄社長との通訳を買って出た私は、先方から出された通訳者のレベルの低いことに辟易したことがある。なんでも、ハワイで生まれ育ったとのこと。確かに、ネイティブレベルの発音ではあったものの、誤訳が多くロジックもデタラメだった。彼らと、彼らを通訳に選んだ周りの人に共通している誤解は一つ。「単語の意味を知っている」ということと、「ディベートができる」ということを履き違えていることだ。

 つまり、発音が良いとか、三単現のsを正しく使えるとか、RLを正しく使い分けることができるとか、そういうところには長けているのだが、マネジメント層同士の交渉においては全く役に立たない。

 マネジメントレベルでのテクニカルターム(専門用語)を知っておくことはもちろんのこと、ディベートともなると、相手の知りたい論点をいち早く掴み、適切かつ最も短い言葉で例え話などを時に差し込みながら、わかりやすく説明する能力が必要だからだ。

 VIP同士の会話に割って入るには一定量の一般常識と、相手が外国人であれば、相手国の文化への理解が必要であり、それは、ときに経営学から経済学の基本まで知っていることが必用となる。

 ところが、どうも日本人の英語信仰は神がかっており、前提となる教養や経営学への造詣よりも、単にペラペラと中身のないことを流暢に話せることに対する「尊敬の念」の方が時には強いのである。

 これと同じことが、最近「流行りのDX(デジタル・トランスフォーメーション)」 についても確実に言えるように思う。 

言葉を知っているだけで、その正しい意味を知らない

 例えば、経営者の皆様にお願いがある。貴社の経営幹部を集め、例えば一人づつ「OMO」と「オムニチャネル」の違いについて語らせてみていただきたい。

 驚くほど「十人十色」の答えが返ってくるだろう。つまり、認識がバラバラなのだ。最近であれば、「OMO」などは販売戦略の中心軸に位置しており、ウエブプラットフォーマーに勝つための極めて重要なイニシアティブであるにも関わらず、そのような「振れ幅」を許容して、我々は経営会議をしていたのかと思うとため息がでるだろう。

 さらに、「D2C」と「SPA」の違いだ。加えて、「SPA」だとなぜ競争優位に立てるのか、この優位性を盲目的に信じている投資銀行やファンドの人に聞いてみていただきたい。きっとバラツキを通り越して、各人が各人の解釈で「SPA」や「D2C」を説明することに驚くだろう。

 私はこのことを本気でやれといっているのではないし「Jargon」新興でもない。私たちは島国の中の同一民族であるが故に、ある程度の低解像度でもコミュニケーションができ、また、その「つかみ」のスピード(あ・うん)が日本人的地頭の良さのように錯覚しているところがあるのだ。だが、これはあくまでも錯覚で、我々が地頭が良いわけではないということを知ることから、無知の知(古代哲学者ソクラテスの言葉。自分は何も知らないということを知ることが重要であるという概念)を得ることができる。

韓国ではDXは時代遅れ。特にメタバースには最も懐疑的

 私は毎週末、アジア各国の仲間と情報交換を行いメディアで決して報じられない「今」についてリアルな情報交換をし、5月には韓国講演が決まった。その中で、幾人かの有識者、財閥系の人間と韓国のアパレル業界事情について韓国の「今」について議論をしたところ、興味深い話が出てきたのである。 

 韓国では、ポストコロナ、つまり、コロナの次に来るものは何かという議論が再燃している。その議論の中で「そもそもアパレルにDXなど必要なのか」という見解が大多数を占めているようなのだ。

 それらの「N数」はさほど大きいわけではないことを前置きしておきたいが、議論をしたのは、韓国財閥の人間とアパレル企業経営幹部、および、経営コンサルタントなどである。事実として、過去繰り返されたDXと称するものの中で、成功した事例はほとんどないことがその前提になっており、日本が成功しているとしたら、その秘訣を知りたいというのだ。今、韓国アパレル産業を賑わしているのは、ポストコロナ。つまり、成長がとまった経済下において伝統的衣料品産業がいかに成長し続けうるのか、という議論のようだ。

  私は過去韓国に半年ほど毎週のように通い詰め、韓国産業界の特殊性について嫌というほど学んできた。韓国の有識者は「韓国のようなフランチャイズ大国では、戦略など不要。流通のほとんどを押さえている財閥企業であるロッテを押さえれば勝ったも同じで、百貨店からショッピングセンター、GMSなど一手に引き受けることが可能になる」と口を揃える。

 私は、現場で徹底してハンズオンをやってきたから、彼らのいうことはよく分かるが、リアルビジネスとは結局はこういうことなのだ。学者が書くような綺麗なフレームワーク通りにはいかないのがリアルビジネスである。

 プロジェクトというのは人間をダメにする。たかが仕事であるにも関わらず、その仕事をスタートしたというただそれだけの理由で、経営者のいずれも、そのプロジェクトを止めることができないのだ。そして、当然ながら勝ち筋も見えないまま見切り発車した仕事は時間とともに損失がどんどん大きくなって、さらに、その損失の大きさがプロジェクトの停止をよりいっそう難しくさせるという地獄のスパイラルに入ってゆく。私の知る経営者は私にこういった。「最近、私のところに決済があがってくる判断のほとんどは億円単位で、中には数十億という投資さえあがってくるため、ROIも見えないまま決済を迫られる」と。

  今朝、韓国との討議で仕入れた情報が「メタバース」だ。この技術は後にも先にも技術者のもので、顧客にとってなんらメリットはないという見解だった。メタバースについては、このような話をあちこちで聞く。メタバースに資源集中を表明し、Facebookから名前を変えたメタ・プラットフォームズの株価は下落の一途をたどり、一時は25%も一日で下がったことを記憶に新しい。にも関わらず、そのDX不要論が叫ばれる韓国でも、メタはメタバース市場を開拓しようとその先頭を走っているというのだ。このあたりの詳しい内容については、日本、中国、韓国の3か国を結び、5月に開催されるウェビナーで徹底討論する予定なので楽しみにしてもらいたい。選りすぐりの人選で本討議に挑もうと思っている。

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店舗の3層構造化とそれに伴うメタバースの使われ方

Ksenia Gromova/istock

 しかし、私は時が来ればメタバースの技術はアパレル産業に大きな貢献をするのではないか、という仮説をもっている。

 すでに別の論考で書いているように、先進的なブランドイメージをアピールしたいHermèsLVMHなどのスーパーブランドがこのメタバースを一時の流行と認識した上で、活用するのは何ら問題ないし、1つのマーケティング戦術だ。だが、自分たちのブランドがHermèsLVMHと同格なはずもないのに、メタバース に投資しようとしたり、いわゆるアパレル産業とコレクションブランドの違いさえ分からない有識者達や企業は、一般アパレル産業に過剰な期待を持ち、この技術をあやまった方向にもってゆくのは自身を客観視できないからだ。嫌われることを承知で敢えていわせていただきたいのは、政府などで検討している有識者と呼ばれる人達の一般認識は酷いもので、一気に世代交代をすべきであると私は思う。

 さてこの時間軸を踏まえた上で、メタバースは将来的にどのような使われ方をしていくのかを考えていこう。

 まず知るべきは、今後の国内人口と店舗のあり方だ。

 日本にある全店舗の20~30%が営業赤字といわれており、赤字店舗は無意味に経営資源を浪費し余剰在庫を量産している。今後人口減少とともに、こうした資源を食い潰す赤字店舗はますます増えてゆくだろう。人口ピラミッドのデモグラフィックだけは絶対に嘘をつかないわけだから、この流れは不可逆的なのだ。オンワード(店舗撤退)、三陽商会(リストラ)、レナウン(経営破綻)の御三家が、百貨店の店舗数を減らし、地方ではテナントが埋まらない状況だ。しかし、インバウンドの反動で単店舗の百貨店の調子は良いという。私は、二年前から「百貨店の価値は落ちない、ただ店舗数が多すぎるだけだ」と予言したが、その通りになっているわけだ。一方、ショッピングセンターはアダストリアの主戦場で、消費者の目に付く場所にはアダストリア・ブランドが建ち並び他を寄せ付けない。まさに、一人勝ちの状況である。

 こうした状況を踏まえ考察を進めれば、店舗は3つの階層に分かれることになり、メタバースの出番がでてくることになる。。

 それが①「駅チカ」、②「過疎地域」、③「中間地点」の3つだ。

 従来の形式で残り続けるのは、①の「駅チカ」だが、正確を記すなら「トラフィックの多い場所」と理解してほしい。ただし、店舗には常にサンプルが置いてあり、決済はスマホで行って翌日、あるいは、翌々日にセンター倉庫から自宅に届けてくれるサービスが主流になるだろう。これで、アパレルのセンター在庫は日本で2-3カ所となり、一元化が進むにつれて在庫効率は上がって余剰在庫や欠品も大きく激減する

 第2階層が「過疎地域」だ。メタバースはこの部分に使われるだろう。つまり、得られる売上と粗利益を考慮すると、土地を借りたり人を雇うにはブレークイーブンポイント(損益分岐点)が高すぎる場所だ。お客もわざわざ遠くに行かずともVRゴーグルをはめればお買い物が楽しめる。企業がレコメンドするVMDでブランドの世界観を堪能する。いくつかの服を選べばゴーグルを外し、スマホやPadで自由に服を組み合わせてコーデを楽しむ。コーデはモデルを自在につくり3Dで動かすことも可能だ。そのブランドにロイアルティのある顧客は、Chat-GPT (AI)が好みを学習し推奨するコーデを提案する。必用とあればVR (拡張現実)を使って、自分の写真に選んだコーデを着せて雰囲気を感じることも可能だ。その写真は自分のスマホにストア(保存)でき、在庫がなくなりそうになるとアラートで教えてくれる。これらは、すでに実存する技術で私が確認したものばかりだ。企業は中期経営計画を発表しているが、こうした未来像を従業員に見せて初めて「デジタル企業」であることを示すことができるのだ。

 最後が第1階層と第2階層の中間点である。ここはデベロッパーとなるだろう。バリューチェーンの中に販管費が2つ(テナント側と小売側)あるのは、ムダ以外の何物でもないため、事実、百貨店はすでにデベロッパー化する動きが進んでいる(百貨店はまさに2重販管費の業態だ)。

バーチャルオフィスの服に課金して買う未来があると思うか?

  メタバース の可能性でもう1つ考慮したいのが、バーチャル・オフィスの一般化に伴う影響だ。バーチャルオフィスとは、例えば北海道と沖縄に住んでいる人が、アバター上でスーツを身にまとい同じ会議室で議論をすることができる仮想オフィスで、すでにいくつかのゴーグルにバーチャル・オフィスが存在する。今は、英語がほとんどだが、やがて日本語化され、自宅にいるまま会議ができたり共同作業ができたりすることが一般化するだろう。私も、早速試してみようと思っているところだ。

 また、役員向けの資料作りは、MicrosoftCo-pilot (パワポやExcelによる分析は先日ご紹介したChat-GPTとの対話で一定レベルのものができる技術) を3月中にリリースするという。これが、Microsoft TEAMSと組み合わさって、都内のオフィス需要を一気に奪う可能性さえある。AIによる知識労働が増えるほど、社員同士の距離は物理距離とは関係なくなってくる。

 CHANELHermèsは、アバターに、300円、500円という価格でロゴのついた服を身につけるサービスを開始している。一部Z世代ではこうした課金をする人もいるらしいが、実際、こんなことが一般化するわけがない。例えば、実際、日本人の35%が来ているユニクロというロゴを数百円でもよいのであなたは買うだろうか?こうした、一般庶民の感覚を知らない人間を有識者に選び、それが技術を間違った方向性に誘っているのだから、もはや老害と化した有識者達を一気に変えるしかない。

 デジタル技術は、あくまでも私たちの活動を効率化してくれるツールに過ぎない。遠くからわざわざ行かなくてもオフィスワークができるため、例えば、お客の元へ訪問する際には、実際の人間がdunhillでもZEGNAでも好きなスーツを着てゆけば良い。

 例えば、先日ニューヨークで開催されたNRFもメタバース上でやれば、わざわざニューヨークまでいって一人百万円のコストを払う必要もないわけだ。そうすれば、若くて有望な人材が米国の技術を学び、毎回でてくる広告代理店やコンサル会社の解説を聞く必要はなくなってくる。米国のシンガーのライブが聴けるのだから、NRFの展示会が開催できないわけがない。

  私がこの手のテクノロジー談義に入るとき、いつも違和感を感じるのは、まことしやかにメタバースについて雄弁に語る人の中で、ゴーグルを実際に自分で買って持っている人は一握りだということである。自分で使ってもいないメタバースにどのような可能性があるのかを、触ったこともない人間がなぜ分かるのかということだ。だから、あれだけ素晴らしい技術も所詮はゲームやジェラシックパークの恐竜に襲われる、レベルの発想しか出てこないのだ。さらにいえば、あんな重いものは、30分も被っていたら頭が痛くなることもよくわかる。そうなれば、あのゴーグルがサングラス程度の重さになれば、一気に広がるだろうと分かるはずだ。しかし、今は、数多あるハードウエアを連携された企画もなければ、幾度も日経新聞などで紹介されている「渋谷の街」がどこにあるのかさえわからない。これは、実物に触ってもいない人達が空想の世界でああだ、こうだといっているからだ。

 いうまでもなく、「ゴーグルの重量」こそ、乗り越えるべき落とし穴であることなのだ

  まとめよう。メタバースのビジネス活用に無目的に狂乱している人は歴史から学んでいるとは言いがたいと私は思う。メタバースはまだまだ技術としては先の話であり、実際に、有識者達がゴーグルを使ってビジネス活用をはじめなければ、この技術これ以上進化しない。今、可能性があるとしたら、a) バーチャルオフィス、b)人口減少化したリモートエリアの仮想店舗。あとは、圧倒的にゲーム業界で使われていくだけだろう。 

  小売産業で言うなら、世界中でユースケースさえ見当たらず、お隣の韓国でさえ、起こりそうにないという意味でLast technology」と揶揄されているメタバースに未来が見える人は一体それがなんなのか教えていただきたい。建設的な議論はいつでも歓迎するが、もはや周回遅れとなった日本のアパレル産業は、こうしたヴィジョンを持ちながら、すでにいくつかの投資が始まっていなければ、来るべき世界戦(Z世代が購買の中心となる)でテクニカルノックダウンを食らわされる。

 

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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