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日本の繊維産業の明るい未来を壊している犯人は誰だ? 米中「綿の代理戦争」の影響とは

今回はアパレルにとって不可欠な「素材」の話をしたい。ある場所で学生のビジネスコンクールのようなものの審査員が、「ユニクロの服は綿花をやめてポリエステルにせよ」と全く意味不明なことを言っていた。その提言がいかに的外れかを分かっていない人間が評価者になっている様をみて、「ここまで日本人は良いものが分からなくなったのか」と驚いた。実は素材に関して、アパレル業界でも分かっていない人が多いものだ。知っているよ、という人であっても、自信の知識の棚卸しにつかっていただきたい。
実は、この素材が国際間対立の元になり、その根本はSDGsへの無理解が引き起こしていることを皆さんは知っているだろうか。一般消費者の皆さんには素材の良し悪しを正しく理解することが、本当の意味でのSDGsにつながることも知っていただきたい。 

da-kuk/istock

世界でもっとも消費量が多い綿花、ここからみえる政治対決

  まず、繊維には「天然繊維」と「化学合成繊維」(合成繊維、化学繊維などの名称も)の2種類がある。

 天然繊維とは、大きく動物系(ウール)、植物系(綿糸)、虫系(シルク)、さらに、それぞれが短繊維と長繊維にわかれる。ここまでなら、図を書く必要もないが、天然繊維には、歴史的に「ものまね繊維」が存在する。これをまとめると、下図のようになる。

 糸は、図表のように天然繊維が高級で、その天然繊維に似せてつくり、コストを下げるために合成繊維が生まれた。例えば、最近のシャツには「TC」「T/C」という名称が付くことがある。これは、Tetron (テトロン、天然繊維に似せて合成的につくった繊維の総称)Cotton(コットン、綿)のCを足して、TCとよび、簡単に言えば綿100%のシャツが高くて買えなかった時代、主にポリエステルを混ぜてコストを落としてつくった「安ものシャツ」のことなのだ。だから、レーヨンなどは、人造絹糸の略で人絹(じんけん)と呼ばれ、「人工シルク」という意味になる。

 


日本の繊維産業は本当は「未来が明るい」理由

yagmradam/istock

 このカテゴリーに入らない素材が2つある。

 1つはスパンデックス、もうひとつはナイロンだ。スパンデックスはゴムのように伸縮があり、例えばデニムなどのように、ポリエステルのストレッチバックでは効果のでない比較的固い素材とほんの少しだけ混ぜられる。デニムの中でも柔らかい綿糸と一緒に織られると、日本の岡山が得意なストレッチバックのあるデニムができる。

 また、意外と知られていないのがナイロンだ。ナイロンとは、もともと資材用途であり、繊維の中でもっとも切れにくく頑丈な糸で、固形物を結びつけるために開発された。ご存じのPRADA(プラダ)は、この資材用途のナイロンでバッグをつくり数十万円で販売している。ちなみに、こうした合成繊維は、天然繊維が平均US$10-15.00/kgとすれば、US$2-3/kgといったところ。

 例えば、激安冬物ニットは例外なく「アクリル100%」だし、流行の「ポリエステル100%スーツ」などは、コスト削減のためのもので、中国Shein(シーイン)などは、化繊(化学繊維)ばかりである。余談ながら、日本人の8割が認知している、ユニクロの「ヒートテック」は、レーヨンなどに近い素材100%で、化繊アレルギーの人などには不向きで、私も素肌に化繊を身にまとう気持ち悪さを常に感じていた。だから当時、私は千趣会のHotcot (綿糸のヒートテックのようなもの)を絶賛していた。

 しかし、数年前からファーストリテイリングは、天然繊維の綿糸を使ったヒートテックを販売している。時間をかけて開発しただけあって、その着心地は最高で、今では私の冬場の常用着になっている。ファーストリテイリングにもはや隙は無い。

 一方、千趣会は当然こういう事態を予想できていたはずなのに、なぜ進化したHotcotをださないのかということだ。例えば、私なら麻混や、思い切ってカシミヤ100%などをつくるだろうが、そういう大胆な発想があっても良いと思う。 

 さて、この化学合成繊維はどんどん進化を遂げた。例えば、ポリエステルは「綿糸の混ぜ物」という地位から、非常に按配の良い「ストレッチ素材」として使われるようになり、人気を博す。

 また、化学合成繊維のほとんどは、化石燃料である石油が原料であるが、「次世代の繊維」としてタンパク質を利用し、14マイクロン(マイクロンは糸の太さを表し、イタリアの梳毛、高級ウールが19マイクロンに対して、カシミヤが16マイクロン)もの綿(わた)を利用したブリュードプロテインと呼ばれる繊維を日本の技術者が開発し、数千億円もの投資を世界から引き寄せたのは記憶に新しい。また、レーヨンの進化形であるベンベルグ(商標名)は、スーツの裏地の定番であり、アクリル長繊維は日本だけの技術である。

  私は世界に発信する国際放送で、ドイツの学者と日本の素材産業の今と未来について英語で討議した。その時、彼も「日本の持つ繊維原料の技術は未だに世界一であり、資材用途のカーボン繊維などを併せれば、素材産業の未来は明るい」と語り、それを受けて私は「特に途上国のインフラをゼロから作る場合、固形物のほとんどを繊維に置き換えることが可能であり、物理的な未来都市ができあがるだろう、そして、日本のGDPを押し上げる世界で最も競争力のある領域だ」と会場を驚かせる持論を展開した。

 「円安」で日本は大打撃とメディアは大騒ぎだが、意外と知られていないことがある。このアパレル不況の中で、円安の恩恵を受けて日本の素材の世界への輸出額は大きく拡大し、商社の赤字を補填するほどの勢いを見せているのだ。

 

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マーケティングの弱さと政治的立ち位置が素材産業を破壊

ablokhin/istock

 こうした世界に誇る素材産業も、実は、アパレルと全く同じ理由で、産業成長を日本自身に阻害されている。どういうことか説明しよう。

 一例が、ユニクロの中国新疆綿の使用による突然の米国輸入禁止であるが、世界で最も使用が多い綿糸については、新疆ウイグル自治区の問題の前に、拙著「知らなきゃいけないアパレルの話」で明らかにした映画「The True Cost」の影響を知っておきたい。

 The True Costでは、米国でセスナ機をつかった農薬散布が、その地域一帯でガン患者を異常発生させ、洗いをしているインドでは、奇形児が山のように生まれている様が映し出されている。

 この映画によって、いわゆる「人権派」「不勉強なSDGs信仰者」が、「綿糸は農薬まみれ」と一括りにし、米国の綿糸の輸出に打撃を与えるようになったのである。

 綿糸の生産量は、大きく米国25%、中国25%、エジプト20%、インド20%、その他10%のような割合(実際は天候による生産量で変わる)で、米国と宿敵中国は対立関係にある。

 ここからは、私の推論になるが、米国による新疆綿を通じた中国への攻撃は、こうした政治的背景があると見ている。なぜなら、私は何社も「糸商」と呼ばれる糸の供給者に話を聞いたが、「流通されている綿糸の3倍以上の価格のオーガニックコットンを除けば、現実問題としてどこに新疆綿が使われているかなど分かるはずがない」というのが彼らの意見だったからだ。

「仮にユニクロのシャツが輸入禁止になるなら、米国からシャツは一切姿を消すだろう」とも言っていた。私は、イタリアの高級ファッションブランドであり生地メーカーでもあるゼニア社のOBともZoomでつなぎ、同じ見解を得た。

 世界最高品質の素材を供給しているといわれているゼニア社でさえ、新疆綿の違いなど分からないといっているのだ。これは言いがかりにも等しいもので、言うなれば「米国 vs 中国 綿の代理戦争」なのである。 

 さて、私があえて本日、素材について書いたのは、価格が全ての世の中になり、次の消費の担い手である「Z世代」を中心に、素材に対する良し悪しを理解する人を一人でも増やしたいからだ。

 洋服の問題の80%は素材に起因し、さらに、その80%90%が染色工程に起因する。

 それほど、洋服の松竹梅のカギを握るのは素材なのである。こうした当たり前の国際標準についての知識を、多くの日本人は有していない。素材メーカーのほとんどは、用途目的をハッキリさせないまま原材料を作り、あとは、マーケターが決めてくれ、というのが(ユニクロのヒートテックなどを除き)日本のやり方だ。

 イタリア、スペイン、ドイツなどの素材産業は、必ずアパレルと共同で素材を開発するため、素材のブランド化に成功している。だから、イタリアやドイツのような先進国の素材産業は巨大産業として君臨しているのだ。

  欧州の素材を10年近く担当していた私は、日本と欧州のやり方に大きな違いを感じている。エセSDGsがはびこっているなか、日本では「よいものに対する文化の破壊」が起きており、危惧すべきことだ。良いものを正しく理解することからSDGsが始まると言っても良いのである。

 

プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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