EC物流国内実績№1イー・ロジット(東京都/角井亮一社長)による毎年恒例の物流戦略セミナーが、去る10月20日に開催された。節目の20回目となる今回は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、初めてのオンライン開催となったが、このコロナ禍にあっても高い成長を続けているワークマン(東京都/小濱英之社長)、オイシックス・ラ・大地(東京都/髙島宏平社長)両社から、戦略に深く関わる土屋哲雄氏(ワークマン専務取締役)、奥谷孝司氏(オイシックス・ラ・大地執行役員)がゲストスピーカーとして登場。例年以上の盛り上がりをみせた。本稿はワークマンの土屋哲雄氏による講演をまとめた。
土屋 哲雄氏:ワークマン専務取締役。東京大学経済学部卒後、三井物産入社。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役を経てワークマンに入社。2019年6月より現職。
改革の柱は「データ経営」と「しない経営」
土屋氏は三井物産で30年以上勤めあげ、その後叔父が創業したワークマンに請われて入社した。とくに命題を与えられてはいなかったが、現場の改革を求められているに違いないと自身で考え、改革を進めてきた。
「(ワークマンが元々取り扱ってきた)作業着市場はいずれ飽和する。ワークマン1000店舗で、1000億円市場をとりつくすことになる。さらなる成長のためには、第2のブルーオーシャンを探し当てねばならない」と土屋氏は考え、「データ経営」と「しない経営」という2つの方針を打ち出した。
土屋氏の考える「データ経営」とは現場の改革が狙い。データで儲けようということではなく、データをもとに社員全体で考えようということだ。そのためには、データにもとづく需要予測と、後述する「善意型サプライチェーン」の構築が不可欠になる。
また、「しない経営」というのは「余計なことをしない」という意味だ。とかく、改革というと経営陣はさまざまな目標を掲げてしまうが、現場では目標がありすぎるとひとつひとつが疎かになり、結果としてなにひとつ満足に達成できないことになる。これは土屋氏のこれまでの経験から導かれた信念でもある。
改革の三要素は顧客、商品開発、オペレーション
現場の改革に必要な要素は「顧客、商品開発、オペレーション」の3つしかないと土屋氏は考えている。その中でまず目標として掲げたのが「客層の拡大」だ。土屋氏は、「客層の拡大は実は虫のいい話で、新しい製品ラインを開発するのではなく、これまでと同じ製品を“異なる客層に売る”ということを考えた。(新規顧客層向けの)ワークマンプラスと従来のワークマンは取り扱い商品はほぼ同じだが、商品の見せ方を変えるだけで、既存の各種プロのお客と、新規の一般客がそれぞれ自分の店と考えて利用するようになる。そうするためには、5年でも10年でも、20年でも、いくら時間をかけても構わない。実現するまでやり切る」という思いでいたという。
次に商品についてだ。ワークマンには200万人の固定客がおり、その90%が作業服を求めに来る常連客で、およそ月に1回来店するという特性がある。しかも、彼らは引退するまで来店するプロの職人であり、値札を見ないで購入を決める。その一方で、品質や接客、欠品などで1度でも「裏切られた」と感じたら二度と来店することはない。この層の支持を得続けるために土屋氏が考えた方針は、まず「他社が5年は追いつけないものをPBとして開発する」ことだ。最低5年間は売り続けることができるため、1年目の売れ行きや動向は気にしない。2年目から各種データに基づいて需要を予測し、商品開発部の部長が決定した生産量に合わせて生産を行う。オペレーションに関しては、「経営の本気度を示すことが大切だ」と言う。目標に期限を設けるより、必ず実現することを優先する方針に変更した。社員は社長の顔色を見ている。「いつ実現できるかを社長が社員に対してコミットさせてはダメだ」と土屋氏は考えた。幹部の任用条件も変えた。改革マインドをもっていること、データ活用力があること、この2点をクリアできなければ部長以上にはなれない仕組みに変更した。
ワークマン独自の「善意型サプライチェーン」の強み
ワークマンは、「善意型サプライチェーン」と呼ぶ独自のサプライチェーンを採用している。通常、仕入数や発注数は「仕入れる側」が決める。しかしワークマンではこれが逆になっている。つまり、加盟店ごとの仕入れ数量は本部が決める。本部の持っているデータから需要が予測できるからだ。また、本部としての生産量は、ベンダーに決めてもらう。各ベンダーは、ワークマン以外の製品も製造しており、より多くの販売データをもっているからだ。このように、情報優位者が意思決定をするのが善意型サプライチェーンの特徴だ。
この方式だと、ベンダーが必要以上に生産し、「押し込んでくる」のではないか、と不安に思うかもしれない。しかし、最低5年売り続けるものを最初に大量に生産しても以降の生産量が落ちるだけだ。、結局は、無理な生産はせず需要予測に基づく適正な数量を作るようになるというわけだ。相手の善意に任せて運営する方式とも言え、そのためこれを「善意型サプライチェーンマネジメント」と呼んでいる。
ベンダーの8割は創業以来の付き合いだ。ベンダーに限らず、関係先を固定化することで余分なコストを発生させないということをワークマンは徹底している。加盟店の契約更新率は99%で、加盟店にとってワークマン運営はもはや家業に近いものになっている。加盟店のうち50%は、息子、娘が事業継承するという。
アマゾンに勝つための方策
コロナ禍で、コンタクトレス、キャッシュレスでの対応が可能なECニーズが高まっ
ている。同社のECに対する取り組みは極めて戦術的だ。土屋氏は「アマゾン(Amazon.com)対策がない小売りは戦略がないに等しい。ネット販売でアマゾンに勝てなければ廃業したほうがいい」と断言し、今後は宅配型のECは廃止し実店舗のネットワークを活かした「クリック&コレクト」(ネット注文、店舗受け取り)に特化していくという。
ワークマンのアマゾン対策は、「価格で負けない」「配送費で負けない」「販促費をかけない」の3つだ。「価格で負けない」とは、プロダクトイノベーションの継続だ。土屋氏が経営改革を進めるなかで情報システムの人員は半減、浮いたコストを製品開発に回すことができた。「配送費で負けない」というのは、ラストワンマイルを自社でやっているアマゾンには配送費で勝つことは難しいため、店舗の強みを活かせる「クリック&コレクト」に方針を絞るという考え方だ。神奈川県横浜市・川崎市、東京スカイツリー内にあるソラマチなど、都会への出店は、店舗在庫を活かした「クリック&コレクト」を実践するためでもある。最後の「販促費をかけない」は、アンバサダー・マーケティングを指す。ワークマンのファンにアンバサダー役を委嘱し、自由に発信してもらう。土屋氏は「6対4で悪口が多いのはしかたがない。だからこそ、評価も信用される。この3点を続けていけば、アマゾンにも負けない」と意気込んだ。