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“売らない店”の真の狙いは?「広告宣伝費を増やすほど、お客は競合で買うようになる」アパレルの蟻地獄

丸井、ザラ、オンワード樫山… リアル店舗小売業が「売らない店」を標榜する店舗を出店する動きが顕著になってきた。このことは何を意味するのか。そしてEC化率が高まるなかで、「リアル店舗の役割」とは何なのだろうか。前半後半の2部にわけて解説していきたい。

「売らない店」を増やす狙いはどこにあるのか(kitzcorner / iStock)

経営破綻したストラスブルゴ

 私は、「アパレル企業の多く、とくに中堅企業は、すでに財務面で経営を維持できなくなっており、この秋から冬にかけて倒産件数が増え、金融主導で業界再編が起きる」と予測した。だから私は、世の中がデジタルトランスフォーメーション(DX)一色になっている中、あえてこの連載でも企業再生の正しい手法を書き綴り、外部の講演でも「企業再生手法」というテーマを選び、語っているのである。

 この論考を書いているとき、ストラスブルゴなどを運営する「メンズアパレルの名門」リデアカンパニーリミテッドが経営破綻したというニュースが入ってきた。リデアといえば、イタリアからの輸入代理店とリテールの両方を持つユニークな企業で、有名どころでいえば、イタリアの上質なブランド・ラルディーニ(LARDINI)、そして、イギリスシューズの名門であるエドワード・グリーン(Edward Green) の代理店だったことで有名だ。現在、ワールドや八木通商などが支援に動いているとのことだが、この会社は、日本に「イタリアン・クラシコ」を広めた実績がある日本のアパレル業界にとってなくてはならない存在だ。ぜひ復活し、再び我々に世界ブランドを紹介してくれることを心から望んでいる。同社のファンだったため、本稿とは直接関係ない話ではあるが、冒頭に書かせて頂いた次第である。

意味不明な “売らないお店” 

 閑話休題、本題に入りたい。

 新型コロナウイルス(コロナ)禍において、巣ごもり消費によってアパレル企業のEC化が進んでいる。それに伴って、いわゆる “売らないお店” が増えている。先陣を切ったのはファッションビル・マルイを展開する丸井グループで、ZARAも試着専用ストアをオープンしている。そして、オンワード樫山までも “売らないお店” を増やすと公言している。

 実はこれは、企業内外の既得権益の温床となっているサプライチェーン改革を意味することは意外と知られていない。アパレル事業の総コストを売上対比で見れば、例えば、家賃は百貨店であれば30%程度、人件費は15%で物流費は5%、企画原価率は20%ぐらい。しかし、企業の損益計算書の原価率は50%を超えていることも珍しくない。

 ショッピングセンターであれば、家賃は固定費だが、おおよそ20%、人件費が15%で物流費が5%、企画原価率は30%程度であるが、やはり、原価率は60%を超えている企業がほとんどだ。この企画原価率と損益計算書の原価率の差分である30%はマークダウンロスと余剰在庫の評価損であることは過去、幾度ものべてきたEC化を推進する意味は、例えば百貨店のケースであれば、家賃と人件費の合わせて45%の削減であるし、ショッピングセンターであれば、これが35%となる。

 EC化に伴うシステムやその他投資に伴う減価償却費との見合いではあるものの、“絶対に儲からない”コスト構造の原因となっている、地代・家賃、販売に関わる人件費をなくし、一気にサプライチェーンを短縮化させるわけである。

 しかし、サプライチェーンが短縮化されコスト削減が達成できたとしても、「それでは残った店舗の役割はなにか?」という問いに対して答えるものではない。

 ならば「いっそのことAmazonのようになって、ECだけの企業になろうか」と考えている企業もないわけではないが、今さら、最強のプラットフォーマーAmazonにガチ勝負を挑むなど、ドンキホーテと風車の闘いのようなものだ。したがって既存のリアル店舗小売業は、「EC化率40~50%で、リアル店舗売上比率が50%」という目標が落とし所になるわけだが、この50%の店舗をどのようにECと連携させるべきか、というところが悩ましいわけである。そうしたなかで登場したのが、いわゆる“売らないお店” だ。

 しかし、否定語の中に戦略的な意味合いは見いだせないのは私だけではないだろう。本来は、” xxx でないお店 “ ではなく、“ xxxをするお店 “ というべきだ。否定語を用いて、回りくどい日本語を使う理由は、EC化が進んだ後の「お店の定義」ができていないからである。

 ここで、今後のお店の定義に関する一般的な論調をサマリーすると、

  1. これからのお店はショールームとなる
  2. お店はブランドを含めた世界観を表す場となりWebへの送客窓口となる
  3. お店はモノを売る場から体験する場へ変わる

 などなど。色々な言葉や考え方が錯綜し、アパレルはリアル店舗の再定義に困っている。

 

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広告宣伝費を増やすほど
利益率が減少するメカニズム

広告宣伝費を投入するほど、他のブランドを買うのに一役買うことになるメカニズムとは

 リアル店舗が果たすべき役割をスッキリと理解するために、一度、アパレル企業における広告宣伝の話をしたい。

 先日ある金融機関から「アパレル企業の経営者から『広告宣伝費の投下が足りないからブランド化ができない。もっと増やしたい』というリクエストがあったためそのための資金を貸し付けたところ、売上は一向に増えず、逆に販管費が増えて利益率が低下する一方だった」という話を聞いた。

 読者のなかにも、似た経験を持つ経営者の方がいらっしゃるかと思うが、これは、私の論考や書籍をしっかり読み込んでいれば、自明のことである。

 日本の多くのアパレルは、なんら差別性を持ち得ないため、ネット化が進めば進むほど、オンラインモールによって似たような商品の同列比較にさらされ、高い商品は客寄せパンダになり、似た安い商品ばかり売れることになるということは述べたとおりだ。

 これは消費者起点に立って、カスタマージャーニーを考えれば、誰でも分かることだ。

 消費者は、広告宣伝費に反応し商品(えてして高額商品が多い)を買おうとウェブサーチをする。その結果、例えば、「色」、「アイテム」、その他で絞り込めば、嫌というほど似たような商品がでてくるため、この時点で、もともとのブランドは忘れてしまい、よりコスパのよい商品を買おう、ということになる。だから、そもそも価格設定が間違っているブランドが広告宣伝を繰り返しても、モール内で「他人様の宣伝にお金を使っている」蟻地獄に陥り、安く似たような競合の商品が逆に売れるということになる。至極簡単な理屈である。

 だから私は、モールへの出店はよほど自社のブランドが確立され、消費者が浮気をしないほどのエンゲージメント(消費者との強いつながり)ができていない限りは、出店すべきではないと警鐘を鳴らしてきた。加えていうなら、日本のアパレル企業の人達は、「自社のブランドは差別化ができている」と思っているが、一度、しっかり消費者に聞いた方が良い。私の感覚からいえば、日本のレデュースアパレルの場合、80%以上がブランド間の差別性など消費者は意識していない。したがって、自社ECを構築できない企業は、外部モールへの出店はよほど戦略的に行う必要があるわけだ。

 もちろん、自社ECを構築するのは、それなりに投資も必要で、特にスタートアップのような小さい企業ではおいそれとはできない。前述のストラスブルゴもワールドのネットを使っていたし、今となっては死語となっているUSB (ユナイテッドアローズ、シップス、ビームスのセレクト御三家)も、ネット黎明期ではZOZOの仕組みを間借りしていた。ECの本質が今ほど解明されていなかった時代、「競合の仕組み」を使うリスクを軽く考えていたわけだ。しかし、消費者とのインターフェイスを競合に渡すというのは、自社の大事なお客さまを渡すという意味で、米国では、Amazonへの出店を「悪魔との契約」と呼び、また、顧客を根こそぎ奪われ死滅させられることを「Death by Amazon」と呼んだ。

 私は、こうした情報など知らなくても、Customer Acquisition (顧客の獲得)こそ、通販の成長戦略の要であると分かっていた。人口が増えず、市場規模が縮小している中で顧客を奪い合うゲームプレイに変化してきている。そうしたなか、お客様のクレジットカードの情報をモールが獲得すれば、そのお客さまの欲しがる商品をAI がレコメンドし、気づけばお客さまは競合から買っているという事態になる。論理的に考えれば誰でも分かるはずだ。

 こんな話がある。私が再建途上の企業で、売上至上主義に汚染された経営陣にモール出店の危険性とリスクを幾度も説き、自社ECへの誘導こそ取り得るべき戦略であると提言したのだが無視された。その結果、顧客を奪われ、顧客の離脱が止まらず売上はジェットコースターのように落ちていった。しかし、ネットの特殊性を理解できない人には何をいっても通用しない。その経営者は、売上減少の原因は顧客の離脱であること、そして、その原因を作り出した張本人は自分であることを理解できず、MD(商品政策)の責任にし「良い商品を作れば顧客は買ってくれる」とうそぶいていた。結果、MD部門は、やってもやっても売上が上がらない。まるで穴の空いたバケツに水をいれるような状況だった。

 CPA(1人の顧客獲得にかかる広告費)、LTV(顧客生涯価値)、ファネル(商品・サービスの購買過程のモデル化)、OMO(オンラインとオフラインの融合)など、マーケティング用語を乱発する人は多いが、その本質を理解し、また、デジタルツールを使いこなせる人は極めて少ない。それは、ものごとを「自分事」として考えておらず、AIのように、技術が高度であればあるほどビジネスで勝てると錯覚し、お客さまが何を望んでいるのかという、まったくシンプルすぎてバカげた質問さえ自らに課していないからである。以前、AIスタートアップが乱立し、どちらが本物のAIかという議論を戦わせていたが、私からいわせれば、それが統計処理でもAIでも全くかまわない。売上さえ上げてもらえれば。

 デジタル汚染された経営者達は、こうした極めてシンプルな質問さえデジタルベンダーにしなくなっている。極めて危険な兆候である。

 次回、こうしたネットの特殊性をさらに分析し、人とデジタルの役割分担を明らかにし、新世界におけるお店の定義を提示したい。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)