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破綻が迫るアパレル企業の事業再生手法#5 オペレーション改革 ターゲットは家賃とプロパー消化率向上、破棄損の撲滅

コロナ禍長期化に伴う経済の長期的低迷により、これから事業再生、企業再生は避けられないテーマとなる。そこで私が独自に体得した「企業再建の手法」を解説する本稿もこれで第5回目。前回から始まった「オペレーション改革」について、そのターゲットとその手法を明らかにしたい。

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間違いだらけのKPI 古い教科書のOTBは機能しない

 「オペレーション改革」のターゲットはどこになるか。それは、「MD」と「仕入」の連携による「プロパー消化率」の向上による、原価低減である。

 くどいようだが、30年前、需要が供給を上回っていた時代、商品供給を抑え在庫を積むことがKFS(成功のカギ)だった。仕入れた在庫は、ほぼすべてが定価で換金され、企業に莫大な利益を生み出していたからだ。しかし、供給が需要を上回る昨今、「在庫の確保」は、余剰在庫を積み増し、必要以上のマークダウンと余った在庫の破棄ロスを生み出し、事業の原価を押し上げる。

 特に、市場が拡大していた時代に生まれたQR / ECR (Quick Response / Efficient Consumer Response、初期投入を少なくして、追加投入で売れ筋を追いかけるマーチャンダイジング技術)は、昨今自殺行為に等しい。QRは、世界的に見ても、数年バランスシートの流動資産に残しておける「定番品」に限定され、トレンド品はむしろ、次々と新製品を投入する方が、消費者目線で見て、店舗は楽しい「体験場」となっている。

 QRによる作り増しは、「在庫水準点管理」によって制御され、OTB (仕入れ計画)とは無関係なのだ。そもそも、OTBの役割も昔と今では異なっている。

 OTB(Open-to-Buy)というのは、昔は「仕入れ計画」といわれ、販売計画を商品投入計画に転嫁したとき、その商品の生産リードタイムとキャッシュフローから、発注点および、仕入による債務発生時における債務の大きさが判断材料だった。しかし、今のように「一寸先」が見えず、また、競合であるグローバルSPAが次々と新製品を市場に投入している昨今、自社の売れ行きと「余剰在庫」の換金を優先するには、こうしたスタティック(静的)な計画でなく、もっとダイナミック(動的)な運用をせねばならないのだ。

 OTBは、毎月水道の蛇口のように、売上のアップダウンによって、開け閉めされ、生産・調達部の「仕入れすぎ」を抑制するために活用する。仕入を抑制されれば、売る商品は「余剰品」しかなく、売上を達成するためには、新規商品投入より余剰在庫の換金を優先させるとことが可能となる。

 このように、MDと調達、生産は、もはや一つの組織として一人の管理者がハンドルとアクセル、ブレーキを操り、これらの業務は有機的に相関・結合し、それぞれが、それぞれの事情にあわせて業務をダイナミックに変化させる。昔の教科書通りだと、「企画部はMDを、調達部は独立して調達を商社に委託、商社が工場と話し込んでものづくりを行う」という線状の流れ作業であるから、ダイナミックな動きができない。したがって、勇ましい昨対比「xx%アップ」という無理な計画が、いつしか「定型的な消化業務」となり余剰在庫を加速度的に増やす事になるのだ。

 これは、言うは易く行なうは難しである。私は、数年かけてスプレッドシートでシミュレーションモデルを作り上げ、現場の人間に手渡して、「このロジックで仕入れ計画を変化させよ」と指示をし、恐怖の残品率(消化率の逆数)70%という企業のバランスシートをピカピカにした経験がある。

 

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ターゲットは家賃とプロパー消化率向上、破棄損の撲滅

 企業が行っている杜撰な(というより、古い教科書の)マーチャンダイジングおよび、ほとんど無意味な、「仕入れ先たたき」は、なんの利益ももたらさないだけでなく、かえって余剰在庫を増やし、商品品質を劣化させ、企業から競争力を奪っている。そして、今でも多くの企業が、こうしたやり方から抜けきれない。

 ではどうしたらよいのか。

 数字をみれば明らかで、アパレル企業が収益を良化させるには、二つしか解は無い。それは、

  1. 仕入れた商品はすべて売り切る
  2. 値引きをしない

 である。

 論理的に考えて、この二つが実現すれば、私の提唱する4KPIの「企画原価率」と損益計算書の原価率は等しく同じになる。ユニクロやワークマンが、企画原価率が40%を超えても、損益計算書の原価率が、一般アパレルより低いのはこのためた。私のこうした提言に対して、「実現できる企業は少ない」など、ご批判をされる方がいるのは知っているが、私はこのやり方で何社もの企業の利益率を上げ、再建に成功してきた。論理的であるということは、かくも強いのだ。

 「『できない理由』をあれこれいう前に、なぜ、どうすればできるのかということを考えないのだろうか」といつも私は思う。昔の私なら、そのままクライアントに言っていただろう。しかし、そうした企業は、私が何をしても改革は無理だと思うようになってきた。ご自身が信じる道を歩めば良いと私は思うし、そもそも、私にあれこれいう義務も責任もない。

 最近では、私が戦略コンセプトを説明したところ「イメージできない」という答えが返ってきて、支援を辞めたこともある。時代が変わり、世の中が変わり、勝ち方の法則も変わっているのだ。アパレル業界は、数社を除いて全滅に近い状況である。そんなときに、業績が悪化している企業が「イメージできるもの」だけをやって業績が改善すると思っているのだろうか。新しい時代のやり方こそ、自らの手でイメージできる姿に変えるのが自主的な改革というものではないだろうか。

 「改革の先導者」と現場が一体となり、例えまだ世にないコンセプトであっても、それが机上の検討であっても、論理的に正しいものであれば「まず、やってみよう。きっといけるはずだ」という気持ちがなければ企業改革は成功はしない。私にそれを言う資格もリーダーシップもないとおっしゃるなら私は引こう。ぜひ、ご自身の信じる道を進んでいただきたい。

 私も若い頃は、幾度も「反対勢力」に対して向き合い、幾度も説得を繰り返してきた。しかし今思えば、そのような説得で人の気持ちが前向きになったという経験はない。はしごを外されたり、嘘をつかれる、裏をつかれるなど、次から次へと生まれる反対に丁寧に向かい合っていたら、精神的にも持たなくなる。ましてや、今はコロナの時代だ。「寿命」と感じる企業は、時代の新陳代謝の流れには逆らってはならない。社会科学の世界に「正解」など存在しない。「世界」があるとしたら、それは強いビジョンだけだろう。

 そして、アフターコロナの時代では、産業の「膿」が吐き出され、価値のあるものだけが残ることになる。私は、何十年も企業再生を生きがいのある仕事であると錯覚していたようだ。今は、ラストチャンスである。長く続いたラットレースから抜け出し、ともに前を向く人や組織と改革することが私以外の方も含めた改革者のミッションだ。

 では次ページで、①仕入れた商品はすべて売り切る②値引きをしないための、具体的手法を解説する。

 

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プロパー消化率は最重要KPI

 企業は、利益計画立案(コロナの時代では売上計画は無意味)の段階でプロパー消化率100%、オフ率0%、残品率0%を狙うべきだ。もはや「作り場」はなくなったかもしれないが、企画原価率は上記がどこまでぶれるのかによって、そして、企業がどの程度の付加価値を商品に植え込むかによって決める。

 なぜなら、プロパー消化率をしっかり追いかければ、企画原価率=事業損益となるからだ。売上至上主義をすて、適切な値付けを行って数年かけて売り切る会計制度と組み合わせれば、「期末の叩き売り」による帳尻合わせは減少し、プロパー消化率こそが利益計画を達成する最重要KPIとなることが分かるはずだ。利益率こそ、成熟社会における最重要KPIなのである。

 「業界をあげて、セールの時期を揃えればよい」などという意見もあるが、そんなことをやれば、真っ先にフライングをした企業が換金率を上げ、「一人儲け」するだけだ。よく考えてもらいたい。2万社もある市場が、一斉に足並みを揃えてセール時期を合わせるはずなどない。

 今のアパレルの最大の過ちは、最初から「プロパー消化率50%、オフ率30%、残品率5%で、企画原価率35%」という具合に、値引きと売れ残りを前提に利益計画を立てていることにある。そうではなく、数年かけて商品を売り切り、値引きを換金変数とせず、消費者に対する購買インセンティブであるという逆発想で利用すれば、ユニクロのように週末だけ値引きをするなど、SPAならではの柔軟な製販統合が可能となる。そして、オフ率が限りなくゼロに近ければ営業利益率で10%以上をたたき出すことも可能だ。実際、ワークマンやハニーズが高収益をたたき出している理由も説明がつく。

 家賃については、自社EC比率を高める、大きなブランドの場合、家賃が固定費である直営比率を高め、変動費である卸ビジネスは極力辞めるなどの工夫が必要だ。しかし、私が見る限り、低収益企業はこのあたりが逆になっているケースが散見される。ここまで読まれておわかりのように、二枚目の最大の論点は、「今までの教科書を捨てること」である。

 デジタル技術は、誰もが熱狂するも、これらをつかって圧倒的な業績向上に寄与したという話は聞いたことがない。しかし、それは、「実感が持てない」という先の発言が全てを表している「他責」が諸悪の根源で、自らが将来を創り上げてゆくという考えが組織の末端に染みつかなければ企業の再建などおぼつかない。

「実感」というのは、過去の経験から来るのでなく、将来のビジョンから来るのだ。未来が見えない企業、組織に先端技術を使いこなすことは難しい。ここまで、テクニカルノックダウンを打ち込まれたアパレル業界にとって、それがたとえ「改善」であっても、甘さは許されない状況にきていることは、アパレル企業当人達が一番わかっているはずだろう。

 さて、一枚目で3年間売上が下がっても黒字を維持できるほどのコスト削減を行った企業は、この時点で営業利益率10%を目指すべきである。そして、それでも利益がでない場合は、本社経費を思い切ってオフバランスすべきだろう。今は、BPO(Business Process Outsourcing)など、人事、総務、経理をアウトソーシングする経営手法もある。恐ろしい話だと思うかもしれないが、デジタル化によるオプティマイゼーション(全体効率向上)というのは、こういうことなのだ。

 この二枚目で企業は高収益企業となり、いよいよ、おおいなる戦略を持って三枚目にうつることになる。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)