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奇妙なデジタルツールの誘惑…… 沈むアパレル、2020年の危険な兆候

ファーストリテイリング会長兼CEO 柳井正氏は、19年10月9日の日経ビジネス誌のインタビューにおいて、「このままでは日本は滅びる」と怒りをあらわにし、波紋を呼んだ。私の周りの愛国者は同氏を売国奴と呼び、また、多くの人は、「またメディアの誇大表現か」とスルーした。相も変わらず日本は暢気である。僭越ながら、柳井氏のこの発言は、私がこれまで叫び続けてきたことと、そっくりそのまま同じだったことから、カラダの震えが止まらなかった。

 雨後の筍のように現れる奇妙なデジタルツール

  ここ数年、さまざまなデジタルツールが華々しく出ては消え、を繰り返している。ところが、そのいずれもが、業績不振のアパレル企業を救ったという話は聞いたことがない。相も変わらず、多くのアパレル企業は赤字続きで、中には破綻に追い込まれてかけている企業もある。なぜ、アパレル企業は、これらの奇妙なものにすがり、そして、いつしか顧客を見ようとしなくなっているのか。

  ディープラーニング、機械学習、画像認識、デジタルマーケティング、UX 顧客体験…… クライアントと話をしても、これらのバズワードがでない時はない。いつしかアパレル企業はデジタル企業になったつもりでいるようだ。歴史は繰り返す。私は30年前のQR(クイックレスポンス)SCM(サプライチェーンマネジメント)が流行った時を思い出す。流行の言葉に飛びつき分かってつもりでいるのはアパレル企業の悪癖だ。

 顧客不在・戦略不在のニッポン企業たち

 危険な兆候はすでにやってきている。

 今、日本は空前の内部留保を抱えている。現金が滞留するのは事業が衰退する兆候だ。株主価値向上の名の下に自社株買いを繰り広げている企業も少なくない。同時に今は自社株買いも過去最高だ。この兆候は投資先が見つからないことが原因である。しかし、中には、デジタル領域に乱脈投資を繰り返し、リターンがほとんどみえない企業もある。こうした現象に共通しているのは、「顧客不在・戦略不在である」ということだ。よく切れる刃物も時に人を傷つける。使い方を間違えれば人を殺傷することもある。

  さらに、ビジネスパーソンに目を向けると、これだけ世の中が変わっているのに、その背景や理由を学ぼうともしない。1日の仕事が忙しいからといって、その日の仕事を頑張ったら仕事が終わったと思っている。2年間AI企業の中枢にいた私には、AIが確実に彼らの仕事を奪い取る未来が見える。だが、彼らは同じことを繰り返していれば、いつかHappy なリタイア人生が待っていると信じているのだ。柳井氏の怒りなど他人事なのである。

 一方、日本でおそらく最もアパレル企業のM&A(合併・買収)に携わっている私のもとには、連日のように重病患者と化したアパレル企業の救済案件が舞い込んでくる。最近では「この企業が!?」と耳を疑うような企業さえ運び込まれるようになった。まるで、野戦病院のような状態だ。私が9ヶ月前に予言をした「2020年はTOB元年となる」という悪夢は、残念ながら真実味を帯びてきたようだ。

 残念ながら我々に雇用の保障などもはやない。「その日」はいつか突然我々に襲いかかってくることになる。

消費者が何か行動するたび、
GAFAに上納する仕組みができあがっている

 よく考えて頂きたい。日本の人口は減りつづけ、衣料品に対する可処分所得はこの20年間で半額になっている。

 私たち消費者は、AppleiPhoneなどスマホで情報武装し、Googleをつかって最も安価な商品を検索し、Facebookで友人に情報拡散し、Amazonでポチって買い物をしている。

 つまり、私たちの行動の中にGAFAは深く入り込み、我々が何かをすればGAFAに上納金を納めるビジネスモデルができあがっているのだ。我々は知らない間にGAFA (GoogleAmazonFacebookAppleの略語)のプラットフォームの上で踊っており、あらゆる行動の一挙手一投足はGAFAの売上になっている。

アパレル産業が崩壊するのは必然

 「縮小する市場の中では、売上を追いかけてはならない。利益率を上げよ。まずは、在庫の最適化からはじめよ」とあれほど警報を鳴らしても、営業会議でトップや役員から「昨対比を上回る売上(利益ではない)をあげろ!」と檄を飛ばされた挙句、売れもしない余剰在庫を積みまし、原価率をどんどん引き上げる。どの企業にいっても、利益率が下がっている理由は恐ろしいほど似ている。

  縮小する市場の中で、競争優位性が均衡状態であるときは、売上を落とす方が利益率も額も上がるのは、毎年の在庫損失額に目を向ければ誰でも分かるだろう。だから、成長したいのであればMDの衣料品比率を下げるか、縮小する市場から抜け出し海外に活路を見いだすしかない。勝っている企業はみなそうしている。

  「うちは、難しいことなど考えずに、作ればうれるんだよ」。私から見れば、単にトレンドという名の神風が吹いているだけのアパレル企業の経営者は高笑いをしていた。しかし、この企業も、あと数年後には破綻に追い込まれているだろう。ビジネスモデルがしっかりしている企業はトレンドが変わっても耐えられる強さを持っているが、単にトレンドに乗っているだけでブレークしている企業は神風が止めば経営破綻する。過去、倒産した企業の理由は皆同じだ。そして、「まぐれ当たりで勝っているか」、「ビジネスモデルで勝っているのか」を当事者が分からないのが、アパレルビジネスの怖さなのだ。

 これらを踏まえて次回、アパレル企業は2020年の世界をどう勝ち残っていけばいいのか、について解説する。そこでは、ブランドを毀損しかねないダイナミックプライシングの是非についても触れたい(次回は1月6日に公開します)。

 

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)