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全面安売り戦争は勝者なき不毛な戦い、これからは知恵の勝負になる=全日本食品 齋藤充弘 社長

大手総合スーパー(GMS)を軸に、全国各地で低価格戦争が巻き起こっている中で、マーケティング戦略によって、 独自の生き残りを模索するのが、全国1800店舗が加盟するボランタリーチェーンである全日食チェーン(企業名:全日本食品、東京都/齋藤充弘社長)だ。 「これからは知恵の勝負になる」と齋藤社長は笑う。

大手GMSが“ふだんの価格”も下げ始めた

全日本食品代表取締役社長 齋藤充弘(さいとう・みつひろ) 1946年東京生まれ。71年、慶応義塾大学経済学部卒業。ダイエーを経て72年、全日本食品株式会社に入社。81年、取締役就任。 83年、常務取締役営業本部長。 92年、専務取締役経営本部長。 96年、取締役副社長。99年、代表取締役副社長。2001年、代表取締役社長。

──リーマンショック以降、スーパーマーケット(SM)各社の売上動向は厳しく、とくにこの数ヵ月間はよくないという話を聞きます。客単価だけでなく、既存店客数が減りだした企業が増えているようですが、全日食チェーン加盟店の状況はいかがでしょうか。

齋藤 全日食チェーン加盟店は、リーマンショック以前もそれ以降もずっと好調を維持してきました。リーマンショックをまたいで15~16ヵ月連続で既存店売上高 対前期比がプラスを続けていました。それが、09年の4~6月から既存店売上高対前期比の伸び幅が鈍くなってきて、今度はついに既存店売上高対前期比がマ イナスになるという状況もでてきました。

──その要因はどこにあると考えていますか?

齋藤 リーマンショック以降のチェーンストア各社の対応は、ナショナルブランド(NB)よりも価格の安いプライベートブランド(PB)商品の開発・販売を強化す ることで活路を見出そうとしましたし、大手マスコミも盛んに「PBがんばれ! がんばれ!」と喧伝しました。しかし結論を言えば、基本的にはうまく軌道に乗りませんでした。その次に出てきた流れが、GMS・SM各社が打ち出した“数 千品目の一斉値下げ”。ところが、これも通用しなかった。それで4~5月ぐらいから、各社特売合戦へと突入してしまったのです。各社の特売競争が激化した 結果、全日食加盟店の特売売上が落ち込んだのが要因です。

 全日食チェーンがこれまで好調を維持してきた要因は、特売よりも“ふだん”を重視したからです。お客さまにとっていちばんなじみのあるNBの定番 商品を、値ごろ感を打ち出してきっちりと売るという商売を徹底したのです。ところが、この6月くらいからは、イオン(千葉県/岡田元也社長)さんやイトー ヨーカ堂(東京都/亀井淳社長)さん、西友(東京都/エドワード・カレジェッスキーCEO)さんなどのGMS企業がNBの“ふだん”の値段も下げ始めまし た。いよいよこの9~11月になって、われわれが注力してきた“ふだん”の部分の売上が侵食され始めたというのが実態です。

──安売り全面戦争をGMS各社が仕掛けているわけですね。

齋藤 そうです。ただ、“ふだん”にまで踏み込んでいるのは、先ほど挙げた大手流通グループだけで、ほかのSMはまだ“ふだん”の価格を下げるところまではあまり力を入れていません。

 これまでPBだけ安かったのが、そして数千品目限定だったのが、そして特売だけ安かったのが、PBも特売もふだんの価格もNBも全部安くなってしまったのです。

 全面安売り戦争ということは、結論から言えば、誰も勝てる人がいません。体力があるほうが勝つと言いますが、それは違います。全面戦争を仕掛けた ら、たとえば全品の売価を3~5%値下げして自分の身を削ったら、当然赤字になるわけですから、誰も勝てるはずがないのです。今大事なことは、どうやって 知恵を絞って、この価格競争をくぐりぬけるか?ここからは知恵の勝負。だから楽しみですよ。当社では連続的に手を打っていきますが、その中身は教えられま せん(笑)。

「お客さまは安いことの何倍も高いことが嫌い」

上郷店では、生鮮加工品および総菜の一部の商品供給について、うおまつ本店から受けている。これは、全日食チェーンにおいて「1+5」モデルと称するもので、本店の周囲に100坪ほどの店舗を数店配し、生鮮加工品および総菜の一部を本店から供給するシステム。これにより生鮮加工に必要な人員および時間、スペースのコスト削減を図り、採算性の向上を図ることができる

──では、どのような手を打つのかそのベースとなるお考えだけでも教えてください。

齋藤 間違いなく言えることは、ダメな店は高い、けれども安い店がすべて調子がよいとは限らないということ。今の時代、高いという烙印を押されたら負け組です が、すべての商品を安くしようと頑張ったら、これまた負け組になる。全面安売り戦争では誰も勝てないのだから、どこで“寸止め”できるかが重要なのです。

 同じ10%安く販売したとしても、消費者にとって“こんなに安くお得に見える”10%と“あまり安くは見えない”10%があります。つまり、表現 の仕方や、打ち出すタイミングなどによってその効果は大きく変わるということです。知恵をどう絞るかということが大切になります。

 いちばん重要なことは、「お客さまは安いことの何倍も高いことが嫌い」だということ。他店よりも10%安くて集められる客数よりも、他店よりも 10%高くて失われる客数のほうが何倍も大きいのです。これは、02年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの『プロスペクト理論』です。だ から、“勝つこと”を目的にすると、他店の何倍も労力が必要なため、負けてしまうのです。いかに“負けない”かに徹することが大事です。価格競争で「負け ない」ということと「勝つ」ということとは全然意味合いが違うのです。

 つまり、お客さまに高いと感じさせなければよいわけです。それが“寸止め”の最大のポイントです。するとどういう局面なら高くても買うし、どういう局面なら安くなければ買わないのかという購買局面も問題になってきます。

──それが全日食チェーンで“最適売価”と呼んでいる商品施策ですね。今後、さらに新たな施策を打つと聞いています。

齋藤 先述した大手GMS企業さんが、ふだんの価格を下げているため“最適売価”が通用する場合となかなか通用しない場合がでてきました。だったら、“最適売 価”が通用しない商品が何なのかを選び抜いて、その商品だけねらい撃ちする格好で、“最適売価”をもう一段変化させればよいのです。これが、私どもが10 月26日から打っている政策で、『戦略売価』と呼んでいます。

 これは、競争環境が変化する中で、店にとっていちばん儲かる売価ではないけれども、競争を生き抜くためにはこの値段がよい、というものです。理論上は、店の売上が3.5%増えると見込んでいます。

10年から新販促サービス「ZFSP」スタート

──さて、もう一つの新たな商品施策として、10年からはFSP(フリークエントショッパーズプログラム)を活用した新販促サービス「ZFSP」をスタートさせます。優良顧客に対して、顧客の購買履歴に応じて割引クーポンを発行する試みです。

齋藤 たとえば「明治おいしい牛乳」は、普通の牛乳を飲んでいる人が、時々「明治おいしい牛乳」を飲んでいるのか、それとも「明治おいしい牛乳」を飲むと決めて いる人が飲んでいるのかといえば、後者が正解です。つまり、いつも「明治おいしい牛乳」を飲む人にうちのPBの牛乳を安く売っても何も意味がないというこ とがわかります。

 「わざわざ特売の日を待たなくても、明治のおいしい牛乳が毎日この値段で、安心して買えるのなら助かるわ」とお客さまに感じていただいて、わざわざチラシを調べなくてもいい状況、つまり“脱チラシ”という状況をつくっていくのが、このFSPの1番めのねらいなのです。

──チラシ特売中心ですと、実はチェリーピッカーに販促費を多く費やしていることになりますから、ちゃんと自分の店でたくさん買っていただいている人に適正配分するねらいがあるわけですね。

齋藤 ムダ弾が多すぎたのだとは思っています。ただチェリーピッカーと聞くと、ものすごく多そうに思えるかもしれませんが、実際にデータを調べると、それほど多 いわけではありません。よい顧客も時としてチェリーピッカーに変わります。だから、毎日来てくれるお客さまの中には、値段を優先して買うお客さまと、そう ではなく、なくなればとにかく買っていくお客さまと2種類いると思えばよいのです。

 この「ZFSPサービス」を始めるには、ネットワーク型のPOS端末・VC-POSを導入する必要があるのですが、これを今後3年間かけて全加盟店に導入していきます。すでに全加盟店1800店舗から、申込書を受け取っています。

──加盟店にとって相当大きな武器になりますね。

齋藤 ええ、そうなります。来店されたお客さまに対して、「あなたがいつも買っているこの牛乳なら、いつでもあなたの望む値段であなたにだけ売ってさしあげましょう」というサービスですから、お客さまはわざわざチラシをチェックして来店する必要がなくなります。

 実はFSPは、今買っていただいているものを分析するというよりも、分析を日常的に積み重ねることで、お客さまの行動に何か悪い変化が起こったときに、手を打ってこちらに向けさせるのが本来の手法なのです。

 それから、「この顧客はもっと購買が上がるはずだ」とかさらに踏み込んだ施策を打つための手法なのです。この分野で先行しているイギリスのテスコ の場合は、800万通りのクーポンを出していると聞きます。今後は、そのようなデータ分析の積み重ねをどうやっていくかが課題になるということですね。

──ゆくゆくはそういう方向に進むわけですか?

齋藤 ただ、そこまでは、われわれだけでは無理だと思っています。だから、学者の方にお願いして産学協同で行いたいと考えています。その分野の学者の中では、いちばん優れているだろうと私が思っている人にお願いしてあります。

──最後に、今全国にプロセスセンターの建築を急いでいますが、このねらいはどこにあるのかを教えてください。

齋藤 生鮮食品については、商品を加工したり、パックしたりする作業で加盟店が手一杯になっています。そのため、もっとも大事な売場づくり、お客さまにどうやっ て売っていくかということに十分力を注げる状況になっていませんでした。まずはその課題を解消して、売ることに注力できる態勢を構築したい。そして、その 売場づくりを徹底させるために、「あなたの場合はこういう商品をこういう品揃えでこの値段で売りなさい」という企画提案付きの商品供給を、この生鮮加工セ ンターでやろうと思っています。

 大体30~50店単位で1つのセンターを建てますから、最終的には全国で50カ所ぐらいつくる計画です。これはいわゆるフロントセンターですか ら、将来的には別途で集中加工センターを何県かごとに1カ所つくって、そこで1次加工をして、次に今回つくるフロントセンターで2次加工して店に配送する というプロセスにしようと考えています。