メニュー

売価を引き下げることで買い上げ点数を上げ、地域シェアを高める=カスミ石原俊明 社長

今のように厳しい経済環境下は、営業力のあるトップが攻め続けていくべき時期──今年3月に開かれたカスミ(茨城県)の新経営体制発表記者会見の席上で、小濱裕正会長はこのように語り、新社長に就任した石原俊明氏に期待を寄せた。2013年度を最終年度とする中期経営計画で売上高2400億円・総資産経常利益率(ROA)10%を掲げるカスミの成長戦略を、どのように具現化させていくのか? 石原社長に聞いた。

お客さま視点で評価された店しか、生き残れない

カスミ代表取締役社長 石原俊明 いしはら・としあき 1948年生まれ。2001年2月カスミ入社第3販売本部マネジャー、同年5月常務取締役就任。03年5月専務取締役就任。05年3月上席執行役員フードオフ運営事業本部マネジャー兼加工食品本部マネジャー。07年5月取締役副社長就任。同年6月商品統括本部マネジャー。09年2月営業統括本部マネジャー。10年3月、代表取締役社長就任。

──まずは中期的視点から、経営戦略をどのように描こうとしているのかをお伺いします。この先、少子高齢化や人口減少という社会構造の大変化が起ころうとしています。そうした外的環境の変化が、スーパーマーケット(SM)経営に与える影響について、どのように認識されていますか?

石原 この先われわれの商売がどうなっていくかは、非常に不透明です。というのも、人口動態がただ変わるだけではないからです。労働人口の問題や失業率の問題か、はたまたわれわれの生活は、経済はどう変わるのか、など複雑な要素が絡み合っているからです。

 ただ、はっきり言えることは、消費のパイがどんどん小さくなっていくわけですから、“一番店”になっていかなければ、SMの商売は非常に厳しいものになってしまうということです。

──“一番店”の定義は、何ですか?

石原 一番店とは何かと言えば、お客さまから「総菜がよいよ」「野菜がよいよ」と地域でいちばん支持されるカテゴリーをたくさん持っているお店だと考えています。

 この先、商圏はどんどん狭まっていきます。そして高齢者が増え、1人当たりの買い上げ点数も減少する中で、お客さま視点で評価された店しか生き残っていけないのです。われわれがいくら「いちばんの売場面積で、いちばんの品揃えですよ」と言ったところで、お客さまに評価されなければ、それは一番店でも何でもありません。

 その意味で、地域のお客さまが考えるよい売場とわれわれが考えるよい売場、のギャップがあってはならないと考えています。そのためには、地域のお客さまの目線を持ち続けなければなりません。

──お客さま目線を持つ、ということを実践するのはなかなか難しいことのように感じられます。

石原 何よりも、お客さまに「いいね!」と言っていただけることをどんどん積み重ねていくことに尽きるのではないでしょうか。それは商売の原点と言ってもよいかもしれません。商品化の丁寧さや、お客さまに正直に見せる陳列、そして値ごろ感という生活の豊かさに直結する価格づくりが重要です。

相場に関係なく、生鮮食品は上限売価を設ける

──その価格の話ですが、ディスカウントストア(DS)業態のフードオフストッカーの店舗数も増えていますし、4000品目の値下げなども実施されています。カスミさんは低価格路線へと軸足を移しているのでしょうか。

石原 低価格路線というのは、ただ安い商品を安く売るだけなのです。当社はそうではありません。今までお客さまにご支持いただいていた商品を、常に、お客さまの財布の中身と合うかたちで、価格を抑えて販売し続けようということを行っているのです。単純な低価格でお客さまを呼び込むのではなく、「値ごろ感とは何か」をもう一度、見つめ直したのです。それを当社では、“1円共感”と言っています。1円の大切さをお客さまと共感すること、そして1円でも安く提供することをミッションにしています。

 その値引きの原資として、商品の絞り込みによってロットを増大化し、仕入れ条件をよくする、人時生産性を上げる取り組みによって削減したコストを売価に反映させる、ということを地道にやってきたわけです。

──安さではなく、値ごろなのですね。まず品質ありきで、そして値ごろ感を出すために、お客さまに「安いね」と思っていただける価格をつけるということですね。

石原 そういうことです。われわれは、売価を引き下げることで、買い上げ点数を上げ、地域シェアを高めていこうという戦略なのです。単品買いではなく、毎日のおかずトータルを買っていただこう、お買物トータルでお客さまにご支持いただこうという取り組みです。

 それを、さらに進化させようという施策が、買物曜日の明確化、わかりやすく言えば、曜日別販促の強化です。

 特売で売れる商品というのは、そうたくさんあるわけではありません。お客さまもそのことをご存知で、「毎回、同じ商品を対象にしているだけね」「こういう商品は安くなることがないのね」というお声をいただきました。そのお客さまのご不満、ご不便を解消しようと、毎週木曜日、酒類や総菜等を除く全商品を1割引きで販売しています。

 ただこれは、原価が低減されたわけでなく、オペレーションコストと商品ロスの削減分を原資にしています。

──生鮮食品、とくに相場に値段が左右される青果の値ごろ感はどのように創出しているのですか?

石原 生鮮食品については、相場に関係なく上限売価を決めて販売しています。たとえば、ねぎは、3本198円以上の値段では売りません。

 集荷はたいへんですが、それがわれわれの仕事です。相場高の中で、お客さまから「いいね!」と言っていただけることは何なのか、を突き詰めていった結果です。これが1円共感宣言から始まった、共感創造の取り組みなのです。

──生産者とタッグを組んで仕入れを行うのですか?

石原 いいえ。100%当社のリスクで仕入れます。そうしないと偽のメッセージになるからです。ただ、たくさんの品目でそれができるかと言えば、まだまだ力不足だからそれほど多くの品目はできません。少しずつ広げていければよいと思っています。

──市場から調達した場合は、赤字になることもあり得ます。それでも是認されているわけですか?

石原 それでもやります。それが共感創造の使命だからです。相場が高いときの値ごろ感ではなく、お客さまが料理をするときの値ごろ感を訴求していきます。

農業参入も本格的に検討中

──市場以外の調達については、どのように進めていますか?

石原 従来の取引産地だけではできないものは、産地を広げています。一方でニンジンや玉ねぎは、外国という産地も選択肢としてあります。だから、お客さまの購買代行業として、グローバルとローカルを組み合わせて、継続して提供できることを重視して取り組んでいます。

──では、地産地消の取り組みなどローカルでの調達について教えてください。

石原 茨城県は一大生産地ですので、野菜のボリュームが最も大きいです。店舗近隣の生産者と取り組んで、顔の見える野菜を売場で展開しています。それから、地域で有名な商品の開拓を進めています。豆腐やせんべいなど、地元商品の取り扱いを各カテゴリーで積極的に進めています。

 一方でこれからの話になりますが、われわれが農業に参入していくことも重要なことではないかと考えています。これだけ耕作放棄地が増加し、農業従事者の高齢化が進む中で、安全・安心な商品をお客さまに提供し続けるというSMの役割を果たすためです。

──参入時期はいつぐらいをメドに考えていますか?

石原 農業については、当社の小濱会長が非常に造詣が深く、いろんな考えを持っています。ですが、まだ具体的な方向性や時期についてまとめきれていない段階です。農事担当という部署を設けて検討を進めています。

 やり方として農業法人をつくるだけでなく、いろいろな選択肢があると思うので、茨城県という地域に合った取り組み方を考えていきます。

──グローバルからの商品調達の状況はいかがでしょうか?

石原 今、当社が調達している商品は、野菜の一部と果物です。鮮魚関係は、人材や知識などが不足しており、まだ取りかかれていません。できることからやっているという状況です。野菜の輸入は、品目も量も増えています。アメリカや中国など一部の生産国にとどまらず、各国の青果の動向に目が向くようになってきています。

──イオングループには生鮮品を含めた商品調達機能を一手に担うイオン商品調達(千葉県/久木邦彦社長)がありますが、その活用は進んでいますか?

石原 進めていますが、まだ多くはない状況です。イオングループの商品ということでは、トップバリュ商品の調達がメーンです。ただ、そのトップバリュの売上動向は対前期比ベースで約10%減という状況です。ナショナルブランド(NB)主体の低価格販売が進んだためで、その結果、NBの構成比が高まったのです。

──では、トップバリュにないアイテムで、地域に根差した商品を自ら開発するというお考えはありますか?

石原 ローカルブランドの商品発掘が先です。DS業態のフードオフストッカーでは、そういった商品をどんどん発掘していきましたから、その手法を活用し、発掘を急いでいます。他の競合店に並んでいない、独自のローカルブランドを多数品揃えすることが、お店の支持率向上につながるからです。

 ただ商品発掘は、待っていても誰も持ってきてはくれません。自らどんな商品をどれだけ売りたいのか、という設計図を描いたうえで、自分の足で歩いて、発掘しないことには何も始まらないのです。その意味で商品発掘は長い旅のようなもの。「母をたずねて三千里」の世界ですね(笑)。

出店の勝ちパターンを増やす!

──商品発掘にしても、店の営業力強化にしても、継続的に進めるためには、基になるのは人材育成です。従業員のマネジメント能力開発を進めていると聞いています。

石原 管理者のマネジメント能力向上を目的とした実践教育を去年から進めています。今期はその対象を営業現場の第一線を担うチーフ職にまで拡大しています。

 その効果は絶大で、店長と販売部長の距離が縮まり、本部の考えが店全体で具現化されるようになりました。従来の店舗と本部の関係、店長と部門の関係が大きく変わってきています。そういう意味では、日々成果を実感できるので、店回りをするのがとても楽しみですね。

──次にコスト削減についてお聞きします。現在どのようなことに取り組んでいますか?

石原 部門ごとの縦割り業務から、全体最適へとオペレーションの組み換えを行っています。商品補充は精肉部門や日配部門の補充ではなく、朝10時までにやる商品補充だ、ということ。部門は関係ないのです。だから業務を一度すべて“見える化”して、効率的なかたちに再配置するということを行っています。

 効率的な再配置を行うために、部門に属するのではなく、店長の管理下で、横断的にさまざまな業務をする人員も配置しています。この時間は鮮魚部門の人時売上高を上げるために試食業務を、この時間はバックヤードの清掃業務を、というように部門横断で作業を行う人員です。こうすることで、ムダをどんどん排除しています。

──最後に出店戦略について教えてください。

石原 年間5~7店舗出店していきたいと考えていますが、なかなか計画どおりには進んでいません。というのも、当社は“8勝2敗”という割合で、新店を成功させたいと考えています。その割合を保とうと物件を精査すると、ゴーサインを出せる物件が現在は少ないのが実情だからです。

 しかし、出店をしなければ成長戦略は描けません。競合店が多いエリアだから出店しないという単純なことではなく、人口がそれなりに多ければ、“勝つ出店”にする方法はいくらでもあると思います。工夫しながら出店の“勝ちパターン”を今後増やしていきたいと考えています。当然物件の中身を精査したうえで、より効果の高いところに投資していく方針は変わりません。