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PLM大失敗で巨額のサブスクフィーを払い続けるアパレルを救う唯一の方法

製品の開発・設計・製造といったライフサイクル全体の情報をITで一元管理し、収益を最大化していく手法であるProduct Lifecycle Management(PLM)。いまこのPLMを巡る混乱をどう収束させるかがアパレル業界で最大の関心事となっている。
そこで前回、前々回とPLMが止まってしまう状況と誤解について解説した。パッケージのフィット&ギャップを知らない自社生産部とベンダーが、本来の受益者である事業部やベンダーの集約メリットも考えずに、「使えないPLM」をアジャイル導入し、その通りに使われずに高額なサブスクフィーだけを3年間払い続けているのだ。そして現場は、従来通りの「紙」と「鉛筆」、「ファックス」でサプライチェーンのコミュニケーションをやり続けているという信じられないような事実をいくつも目の当たりにしてきた。今日は、こうした企業は、どこで躓いたのか、また、「やってしまった」アパレルはどのようにリカバリーすればよいのかを書きたい。

Chavapong Prateep Na Thalang/istock

個別最適のPLM導入は
「田んぼのあぜ道をフェラーリで走る」のと同じ

 アパレル企業は、サプライチェーン最適化と個別企業最適化の違いさえ理解できていない。
 PLM導入に失敗した人と話をすると、視野が狭く感覚判断(定量的判断がない)でものごとを進める人が多い。PLMは、最終的に多段階を飛び回る商品の製造コストがそれぞれのバリューチェーンでコストを下げることが目的だ。しかし、多くの、そして、ほとんどの企業は、その目的をはき違えている。

  CIF (海外から日本への輸送賃込みの価格)を下げるため、素材メーカ、付属メーカ、縫製工場と流通全般を司る商社、あるいは、直貿の場合はアパレル企業がデータ連携し、ものづくりの工程を経て付加価値をあげてゆき、日本へもっとも効率のよいコストで輸入される。これが、サプライチェーンの全体最適である。

  これは、各社が個別に導入してきたシステムを統合するERPパッケージに似ており、入力業務は大変になるが、従来作成するのに極めて時間と労力がかかったマネジメントKPIや定量数字が即座に見えるようになる。また、サプライチェーン全体の中で、個別企業が適正な利益を取っているかどうかも確認することができる。サプライチェーン全体が、あたかもVSC (Virtual Single Company 仮想的単一企業)のように動くのだ。すでに事業者業界ではフォルクスワーゲンはじめ、日本ではトヨタなどが採用し、産業エコシステムをつくっている。

  しかし、企業のサプライチェーンマネジメント(SCM)担当者は、自社の業務が楽になることだけを考えており、自社のSCMの範囲外については全く考慮に入れようともしない。そして驚くことに、彼らには「ROI」という概念がない。
 「今時、紙と鉛筆でのコミュニケーションはないだろう」という、ただそれだけの理由で、産業エコシステムを数千の企業群とつくるPLMを導入する。紙と鉛筆がいやなら、レポーティングツールをいれれば良いし、鉛筆とファックスがいやならRPA (Robotic 業務を支援するロボット)を導入すれば良い。導入するシステムがそもそも間違っているのだ。

  情報システム部は、とにかく業務改善する前にシステムを導入したがり、例えば「分析ツールはあの企業がつかっているから我々もいれましょう」と、そもそものMDの組み方もメチャクチャなまま単なる分析ツールを導入する。こうして、何も考えず、スキルも向上しないままシステムだけハイテクツールになってゆき、企業の販管費は膨れ上がり競争力は逆に落ちてゆく。いわば、田んぼのあぜ道をフェラーリで走るようなものなのだ

 そして、その結果、PLMはカスタマイズのオンパレードとなりエコシステムを形成する人達は「この程度の数量で付き合ってられるか」と離れてゆく。明らかに、PLMの使い方を間違っている。失敗の要因は大きく以下の3つだ

  1. 上流工程で信頼できる戦略コンサルタントを活用し業務の標準化を定義しながらパッケージをつくっていない。
  2. アパレル産業の潮流を学ばない「この道何十年」という、生産担当者に過去の成功体験を前提に「IT化」(今までのやり方を前提にする)をおこないDXをおこなっていない
  3. そもそも、PLMとは、数百、数千人という人間が一斉に使うシステムなのに、自社の遅れた仕組みを正すためという矮小化された目的で話をしROIを無視する

 

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「やってしまった」PLMをどう正常化させるか

Akash Sain/istock

「やってしまった」PLMを正常化させる方法は極めて難しい。
 まず、なにより、PLMをここまでデタラメに導入してきた戦犯達をチームから外すことだ。自社でやりたい気持ちは分かるが、実際に大がかりなシステムをストップさせた責任は重い。また、人は自分のやり方を絶対に変えようとしない。これは、マネジメントの世界では「モメンタム」(勢いや方向性がついてしまうこと)といって、頭では正しいやり方を理解しても、カラダはそのように動かない。

  代わりに、世界の潮流、アパレルの最新業務の標準形、商社政策について正しい知識をもっている戦略コンサルタントを中心に頭の柔らかいチームを社長直下に組成させる。社長はとくにPLMに明るくなくて良い。難解なデジタル用語をわかりやすい言葉で説明させて、正しい判断をしてゆく。次に、どの程度システムの設定が終わっているのか、どの程度事業部や強力企業を巻き込んでフィット&ギャップをやっているのか調査し、リカバリ可能なのか、全償却してやりなおさなければならないのかを判断する。
 私は「せっかくつくったのだから、これを使ってやって欲しい」という言葉を何度も聞いたが、そんなことができるはずがない。こうした無理な仕事はコンサルタントは受けてはならない。

  ベンダーからの提案ですでにPLMを完成させてしまっているときは、残念ながら、初期導入コストおよび検収後のミニマムフィーは払い続けるか、それとも違約金をはらってでも償却するかを決める。そして、目的設定からやり直す。戦略コンサルタントは高額なファームになれば数千万から数億円というフィーになるが、動かないシステムで毎月、毎年払っているフィーと初期投資を考えれば、むしろ1億円払って戦略コンサルを雇って正しくPLMが動くようになる方がROIは成立する。

PLM導入の目的は業務が楽になることでなく
SCMの全体最適

 それでは、PLMの導入目的は何か。これは、多段階に分かれる複雑なサプライチェーン全体の見える化、および、付加価値分析(サプライチェーンに組み込む必要があるのかを確認する)。そして、これらの無駄を排除したあとに商社との取り組み方針を将来に亘って検討し、商社と工場を23社に集約し、もっともマスボリュームとなるサプライチェーンにPLMを導入すること。それによりPOC (Proof of concept: スモールスタート)を行い、トータルで納入される商品の製造コストがどれだけ減るのかROIを正しく計算し横展開することだ。とくに、無駄なサンプルや残反、残品をゼロにすること。これらはすべて工場か商社から出荷される製造コストに上乗せされている。

 そして、定番商品のVMI (Vendor management inventory サプライヤーが在庫水準点を見ながら自由に出荷をする手法)や、店頭と工場をつないだパーソナルオーダーなど、究極には工場と店頭、ECをダイレクトに結ぶ「おおきなD2C」を実現する。同時に、複数の工場を活用し、ECやリアル店舗のクロスプレイにより、それらが工場の入口であり、出口になるような形態をつくる。

 

日本企業は、アジア工場をM&Aせよ

 今、アジアの工場は日本を向いていない。その証左は、リードタイムに表れている。中国で3ヶ月、バングラデッシュで半年から、小さいアパレルによっては、なんとリードタイムが一年というところもあった。

 物理的に生産リードタイムが半年もかかることはない。どれほど遅くても、1ヶ月もあれば日本の米粒のような小さな発注などすぐできる。しかし、今、中国、東南アジアの工場の本音は「無駄なところやどうでもよいところを何度も修正させる」「サンプルを何度も作らせて、しかも金を払わない。」「ようやく量産発注がでたとおもったら300枚だった」「コストプレッシャーが強い」など、うるさい、細かい、やりなおしが多い、量産発注が小さい、儲からない、ということで、「日本向け生産は御免被る」ということなのだ。

 今、アジア内陸のブランドがどんどん品質を上げており、内陸向けの仕事をしたほうが儲かるということで、アジアの工場の「日本無視」が始まっているのだ。今、日本の売れない中価格帯ブランドに作り場はないことをアパレル業界は知るべきだ。

  単に、リードタイムが長くなっているからではない。こうした世界の潮流を読めば、商社はどんどん海外の工場を買収してゆくことになるだろう。実際、オンワードホールディングスは大連にスマートファクトリーをもち、またサンマリノという商社に出資をしながら商社機能を取り入れている。

 また、OEMの雄、MNインターファッションは10社の工場を自社工場化し、500の協力工場を持っている。そして、リードタイムの長期化で悩んでいるアパレルに対して、「うちは自社工場ですから、自分たちでコントロールできますよ」という具合に、「作り場」を提供している。

  一方、こうした取引先を使わず、「直貿」(商社を外して工場と直接業務をする形態)を狙うアパレルは、最初から直貿を将来目的としてPLMを導入しなければいけなく、しかも「まず、やってみよう」といって、戦略もなくPLMを導入すると大きな損を出すことになる。システムには、「まず、やってみよう」は通用しない。そのPLMをつかって、将来にどのようなビジョンをもっているのかをしっかり見ることだ。最後に、今、中国で最も成長しているアパレル企業、Shein(シーイン)を抜くのではないかといわれている企業をご紹介しよう。URLをつけたので、よくみていただきたい。日本企業はこれらの企業に完敗しているのだ。

 

TIB
首页-ITIB官方旗舰店-天猫Tmall.com
デザイナー参加型アパレル、ライブコマースによる販売

 

HSTYLE

首 页-韩都衣舍旗舰店-天猫Tmall.com
企画組織の細分化、独立性により適正な商品提供を実現。ただし、最近はそこまで目立っていない

 

その他中国国内ブランドの復活や国潮を背景にリブランディングした例

波司登2022首页-波司登官方旗舰店-天猫Tmall.com

首页-安踏官方网店-天猫Tmall.com

-首页-李宁官方网店-天猫Tmall.com

 

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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