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急成長続く、アダストリアのEC戦略 エンターテインメント・コミュニティ構想とは

売上高2015億円のアダストリア(東京都/木村治社長)はEC化率が3割を超え、EC売上高で業界2位の規模を誇る。アダストリアは店舗や人材など自社の強みを生かした自社独自のEC戦略を志向する。さらには今後、売上だけを追求するのではない新しいECのあり方も構想している。アダストリアのEC戦略をまとめた。

EC売上高574億円、EC化率3割超え!

 アダストリア(東京都/木村治社長)は、「グローバルワーク(GLOBAL WORK)」、「ニコアンド(niko and …)」、「ローリーズファーム(LOWR YSFARM)」など、30以上のアパレルブランドを傘下に抱え、国内で1355店舗を運営している(2022年2月末時点)。

 14年には自社ECを全面的にリニューアルし、公式オンラインストア「ドットエスティ(.st)」を開設。EC事業全体は、アダストリアや傘下のブランドの成長に伴って順調に拡大してきた。22年2月期のEC売上高は対前期比6.8%増の574億円で、EC比率は30.1%へと上昇。コロナ禍の2年間で約140億円の成長をしている。

 その過半を自社ECの売上高が占め、自社EC 比率は約16.4%となっている。なおEC売上は、アパレル業界においてファーストリテイリング(山口県/柳井正社長)に次ぐ第2位だ。

 近年、欲しい商品を事前にECで調べて店舗で購入する「ウェブルーミング」や、店舗で実際の商品を確認した後、ECで購入する「ショールーミング」のように、オンラインとオフラインを融合させた買物スタイルが広がってきた。アダストリア でもこれに適合したビジネスモデルを構築しており、自社ECと店舗を統一した会員制ポイントサービスの会員数は延べ約1360万人にのぼる(22年2月末時点)。同社の店舗とECの関係性について、執行役員マーケティング本部長の田中順一氏は「店舗とECの両方を運営し、両者が共存していることに意義がある」とし「『ECから店舗』『店舗からEC』の双方の流れがあることで、アダストリアらしい取り組みができている」と話す。

ECの世界観を表現したリアル店舗を出店

現在全国に5店舗を展開するドットエスティストア。(写真は「ドットエスティ 八戸ピアドゥ店」)

 店舗はECにとって重要なメディアだ。21年5月にはアダストリアの30以上のブランドを扱う直営EC「ドットエスティ」の世界観を表現したOMO型店舗「ドットエスティストア」の第一号店「ドットエスティ ららぽーとTOKYOBAY店」(千葉県船橋市)を開業。22年6月時点で5店舗を運営し、近い将来、ニーズを見ながら2ケタ規模にまで拡大させる計画だ。

 「ドットエスティストア」は新たな店舗のあり方を模索する実験の場でもある。BOPIS(店舗受取サービス)など、会員向けサービスの利用率は「ドットエスティストア」のほうがほかの既存店よりも利用率が高い傾向がある。田中氏は「店舗の強みを生かしたサービスは今後さらに拡充したい。まずは『ドットエスティストア』でテストマーケティングを実施し、効果を検証したうえで、各ブランドに展開していく」など実験の場としても活用できると語る。

 デジタルやECの活用によって、ユーザーへのアプローチは進化している。予約販売の増加がその一例だ。発売前にECサイトの「ドットエスティ」やSNSで新商品の情報を発信することで「欲しい商品は先に買う」という購買行動が広がり、ECでの予約受注金額、予約受注率はいずれも右肩上がりに伸びている。

年40万件以上の商品レビューからヒット商品開発

アダストリアが展開する30以上のブランドが集結した自社ECサイト、ドットエスティ(.st)

 自社ECの運営はシステム開発、撮影スタジオの管理、プロモーションおよびEC運用サポート、データ分析の4領域で構成され、計約100人体制で組織されている。自社ECをアダストリアらしく進化させるべく、会員データを可視化するダッシュボードや店舗スタッフが「ドットエスティ」にスタイリングなどのコンテンツを投稿するための専用スマホアプリなど、自社ECにまつわるシステムやツールの開発は、各システム会社と組みながらオリジナル化をしている。

 自社ECでは、店舗スタッフ個人の価値を最大限に生かしたコンテンツに注力している。約4000人の店舗スタッフが「ドットエスティ」上でおすすめのスタイリングを紹介する「STAFFBOARD(スタッフボード)」はその代表的な取り組みだ。田中氏は「来店した目の前のお客さまこそ大切であり、対面接客が基本」としたうえで、「店舗スタッフが主体的に考えて工夫しながらデジタルでも情報を発信することで、お客さまとより濃い関係を構築できる」とそのねらいを語る。

 たとえば、小柄なスタッフが自らの経験やスキルを生かして「低身長さん向けお悩み解決アイテム」を選び、コーディネートやスタイリングのコツをECサイトやインスタグラムで提案することで多くのお客から支持を得ている。

 社内では、デジタルを活用した店舗スタッフの情報発信をサポートする環境も整備している。デジタルでの情報発信を得意とする店舗スタッフが講師となってほかの店舗スタッフにノウハウなどを共有。また、フォロワー数や閲覧数など、KPI( 重要業績評価指標)を毎年定めて成果を定量化し、順位付けすることで、スタッフ間の健全な競争にもつながっている。

 データ活用によるユーザーの可視化や顧客理解の深化にも取り組んでいる。各ブランドでは、会員データを分析し、主な客層、店舗と自社ECでの購買動向、リピート率の推移など、ブランドの現状を把握したり、ブランド戦略や販促施策などの効果を定量的に検証している。

 自社ECは売るだけではなく、マーケティング資産そのものになる。実際、ユーザーからの要望や意見を常時収集し、それを毎日見ながら、UI(ユーザーインターフェース)の改善やサービスの拡充に継続的に取り組んでいる。

 自社ECの中の 商品レビュー情報も同様で、それらを小売業にとって最も重要な商品づくりに生かしている。具体的にはユーザーから投稿される年間40万件以上の商品レビューをテキストマイニングで分析し、商品開発に活用しているブランドもある。たとえば、ユーザーの声を生かして改良した「グローバルワーク」のカジュアルパンツ「ウツクシルエット」は、累計販売本数200万本以上のヒット商品となっている。

 マーケティングの領域では、データを活用したレコメンド化やパーソナライズ化に着手。自社ECではユーザーにあわせておすすめの商品を表示する「For You(フォーユー)」機能が試験的に実装されており、将来は「十人十色のUI」をめざしている。

 「お客さまの貴重な時間をどう有効に使っていただけるかが今後重要になり、とくに今の若い世代などは、文字すら読まない人も増えている。自分にあった情報だけが届き、自分にあったものが最短距離で発見できるような親切なサイトをめざしたい」(田中氏)

ブランドと人材の多様性という強みを生かす!

 競争の激しいアパレルECで勝ち残るのは至難の業だ。

 田中氏は「ECをそのまま『エレクトロニック・コマース』と定義づけて売上高のみを追求すると、効率化がより重視され、お客さまとのつながりは薄くなり、薄利多売に陥るおそれがある」と指摘。これからのECのあり方について「各社の強みにあわせて考え、同時にEC自体が顧客接点であり、マーケティング資産だと捉える。これにより、独自性を発揮でき、差別化にもつながる上、ECが重要な顧客接点になることで、ブランドの進化の支援やよりリアル店舗のためにもなることが増える」と説く。

 アダストリアの強みは「ブランドとリアル店舗、そして人材の多様性」だ。30以上のブランドを擁し、幅広い年代にわたってさまざまなユーザー層に対応している。また、店舗スタッフを中心に、多様な人材が活躍する組織でもある。

 そこで、ECを重要な顧客接点と位置づけ、アダストリアらしい世界観を表現する新たなECの概念として「エンターテインメント・コミュニティ」を掲げる。田中氏は「ECでは、購買履歴のみならず、閲覧したブランドや商品などの行動履歴を含め、膨大なユーザー情報を収集できる」と顧客接点としてのECの優位性を挙げる一方で、「五感で感じられるリアル店舗はブランドの密着度や商品への信頼感の観点でECに勝る」とし、「店舗やスタッフとお客さまをもっとつなげ、新しい顧客接点をアダストリアらしくつくっていく」との基本的な方向性を示している。

アダストリア執行役員マーケティング本部長の田中順一氏

 アダストリアでは、26年2月期までの中期経営計画で「26年2月期にEC売上高800億円」の目標を掲げる。自社ECと店舗との総合力でユーザーと濃くつながる「エンターテインメント・コミュニティ」を形成しながら、ユーザーが最適な購買チャネルを選択できるよう、「ZOZOTOWN」などのファッション通販サイトともともに持続可能な成長をめざす方針だ。田中氏は「お客さまとの濃いつながりのもとで、いかに収益をきちんと稼げるかが課題」としたうえで、「『量より質』、『効率より非効率』をも重視する『エンターテインメント・コミュニティ』を実現できれば、アダストリアらしいECになれる」と展望を語っている。