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しまむらもヤマダホールディングスに続くか 「大型自社株買い」の機が熟したといえる理由

業績が絶好調に推移するアパレルのしまむらですが、その株価は不当に割安に放置されていると言っていいでしょう。その理由はどこにあるのか、経営陣はどんな資本政策を打つべきなのか?近しい立場にあったヤマダホールディングスとの比較を通じて、解説していきたいと思います。

ヤマダホールディングスの自社株買いはこれまでの2倍の規模

ヤマダ電機外観

ヤマダホールディングス(以下、ヤマダHD)が今年5月6日に発表した自社株買いには筆者は正直に驚かされました。

 驚いたのはその規模です。本年5月9日から2023年5月8日の期間に、上限2億株、1000億円であり、発行済株式総数(自己株式を除く)の23.9%に上ります。

 同社は自社株買いに消極的だったわけではないと思います。例えば、2020年春には上限1億株、500億円の自社株買いを決議していました。しかしコロナ禍で2020年5月に一部実行の上これを中止しました。

 このように見ると、今回の発表はコロナ禍のブランクを考えて、年間500億円×2年分をまとめて実行すると解釈できます。アクティビスト株主もいると思われることから、株主対策を迫られたとも理解できそうです。また、ヒノキヤグループ(22年4月完全子会社化)との株式交換でヤマダHDの自己株式が割り当てられた分を埋め合わせる狙いもあるのでしょう。

「暮らしまるごと」戦略の構えができた

上記のような狙いがあるとしても、今回の自社株買いの規模は従来通り500億円で十分ではないでしょうか。それでもあえて従来の2倍の規模にした点に、経営のメッセージを読み取りたくなります。

では、そのメッセージとは何でしょうか。

筆者は、「当面の事業展開の構えができた。これからは資本効率もしっかり追求する」という宣言だと考えます。

ヤマダHDは2022年度から新しい中期経営計画を始動しています。端的にまとめると、家電量販に家具・住宅建設・金融・リユースなどを連携した暮らしまるごと戦略を推進する体制が、一連のMAを通じて整った、ゆえに、コロナ禍を克服しつつある今後は、従来にも増して資産効率・資本効率の向上に積極的に取り組む、というものです。

その構えが十二分か、という疑問は当然あろうと思います。例えば、ECの強化、高付加価値家電のインキュベーション、リカーリング*収入の強化、法人事業の強化、CASE**対応、電力自由化対応などに経営資源を積極的にふりむけて欲しいとも思います。
*製品販売後も顧客から継続的に収益を上げるビジネス
**自動車業界の新潮流を示すキーワードで、Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)のこと、住、家電領域との親和性も指摘されている

 しかし、経営にも段階というものがあるのでしょう。ひとまず事業戦略の構えが完成した以上、売上、利益、キャッシュフローでしっかり結果を出すことは言うまでもありません。

ヤマダ、放置できない低株価

一般に、成長戦略の構えが出来上がれば、あとは事業で結果を出すにつれて株価は自ずとついてくると言えます。

しかし、ヤマダHDの場合は「あとは株価の上昇待ち」とは言えない事情があります。

なぜならば、同社の株価は一般に解散価値の目安とされる一株あたり純資産額を長らく下回って推移し、株式市場の評価が低いからです。5月27日終値ベースの株価純資産倍率は0.58倍です。

アクティビスト株主の存在はすでに指摘した通りですが、同社の事業インフラに魅力を感じシナジーを発現できる事業者がいても不思議はありません。(参考:拙稿「呉越同舟かそれとも… ヤマダが”仮想敵”アマゾンと組んで「Fire TV搭載テレビ」を売る深謀とは」)。

まして、業績が回復する局面で株価が低迷すれば、潜在的買収者には好都合となります。 

具体的な買収提案が出れば、その当否はその時の株主の総意に委ねられるわけですが、現時点でヤマダHDの経営陣が手をこまねいている必然はありません。今すぐにでも株式市場から「選ばれる経営陣」として評価を高めることに損はないはずです。

低株価の最大の原因は低資本効率、すなわちROEReturn on Equity;株主資本利益率)が一桁台で推移していることにあります。

これに対して、今回の大型自社株買いは、直球の回答となります。

ROEの分子である純利益を中期計画に従って押し上げると共に、分母である株主資本を自社株買いによって削減し、さらにROE重視の経営を継続すると宣言したことになるからです。 

筆者が今回の大規模な自社株買いに驚いたのは、単なるアクティビスト対策ではなく、より広範な既存株主や潜在株主(含む買収者)に対して、「選ばれる経営陣でありたい」と言う経営陣の意思表示を感じ取ったからなのです。

しまむらの境遇との共通点

さて、このヤマダHDの大規模な自社株買いの知らせを受けて、最初に頭に浮かんだのはしまむらです。それは、ヤマダHDとしまむらに共通点が多いからです。

業績が改善基調にあり(ヤマダHDの場合は底入れ段階)、しかし株価が割安で、低株価を放置できない環境にあるからです。

まず業績面。2018年2月期から2020年2月期まで3期連続で減収、経常利益減益になり、苦境を心配していました(ちなみに筆者は季節ごとに”しまパト”ショッピングを楽しむ長年のファンです)。 

しかし直近2年間には増収に転じ、かつ懸案の在庫回転率も悪化が止まり、粗利率、経常利益率が回復しました。その結果、一時は5%割れまで落ち込んだROEが、2022年2月期には8.9%まで回復し、日本のカジュアルウエア大手として面目を保てる水準になりました。昨今の円安、原料高は気掛かりですが、アフターコロナ禍での消費者の外出増加とそれに付随する衣料品需要も期待できるので、過度に悲観する段階にはないと思います。

しまむらの株価、実は低い
潜在的な買収者の存在は?

次に株価を見ておきましょう。

現在の株価は11,020円(2022年5月27日終値)で、株価純資産倍率は1倍であり、ヤマダHDと比べても特に割安というわけではありません。

しかし、企業評価でよく参照されるEV/Ebitda倍率は約4倍にとどまります。

ちなみにヤマダHDは約7倍、ファーストリテイリングであれば約13倍ですので、いかにしまむらが低評価かお分かりいただけるでしょう。

EV/Ebitdaの簡易的な定義は

EV = 株式時価総額 + 有利子負債残高 – 余剰現預金
Ebitda = 営業利益 + 減価償却費等

となります。

そしてこの比率は、企業の株式と有利子負債を全部まとめて買い取るために必要な実質的な金額(EV)は、その企業の営業キャッシュフローの代理変数であるEbitdaの何年分か、という意味です。

筆者には、たった4年の営業キャッシュフローでしまむら全体を手に入れることができてしまうのはとてもお得に感じます。

 しまむらとシナジーが期待できる事業者が今いるのであれば、躊躇せずしまむらを買収をしてみたくなると考えますが、いかがでしょう。買収資金についても銀行借入で半分程度は資金調達できるように思いますので、買収者側が用意すべき手元資金は見た目ほどかからず、投資効率の高い案件になると思います。

では潜在的な買収者はいるのでしょうか。

カジュアルウエア業界内では可能性は低いと思いますが、隣接する業界であれば、経営統合によって売上高、コストの両面でシナジーを発現できる企業はいくつかある気がします(あくまでも筆者の机上の議論ではありますが)。

ちなみに先ほどのヤマダHDは、家電量販トップの立ち位置を強化し活かすために、住宅建設、家具など隣接領域の企業をMAしてきました。これが先例になります。 

しまむらの顧客は季節ごとに店舗に訪れて買い物をしてくれるマス層です。この顧客基盤を何よりも重宝する隣接企業は少なからずあるとみますが、いかがでしょうか。

 

しまむら経営陣が検討すべき資本政策とは

しまむらがMAの標的になるかどうかは、株主構成の検証と定款の確認も必要になります。

そこで開示データを見ると、創業家関係者等で3分の1を超える一定の議決権を維持しており、買収がすぐになされるような事態にはならないように思います。

しかし、創業家関係者等が過半の議決を持っているかは定かではないように思います。したがって、経営陣は一般株主からも選ばれ続けなればなりません。そのためには、万人が納得する資本政策を示すべきでしょう。

資本政策として検討すべきは2点あります。

その第一が配当です。

現在しまむらは配当性向25%、DOE(株主資本配当率)2%、ROE8%以上という目標を掲げ、十分な手元資金を確保しながら持続的成長を目指すとしています。

しかし、これらの計数目標は既に達成されてしまっています。

さらに、今後巡航速度での成長をめざすとしても、当期純利益の少なくとも5割程度は毎年余剰になってくるように思われます。

したがって、配当性向を現在の25%から50%程度に引き上げても支障が出るとは考えにくいと思います。しまむらが最も手掛けやすい、株主還元策ではないでしょうか。

第二は手元現金等です。

先ほどのEV/Ebitdaの明細を見てみましょう。

直近の株価と2022年2月期の財務データを当てはめますと(ここでは便宜的に余剰現預金ではなく現預金残高を使用します)次の通りになります。

EV= 株式時価総額4070億円 + 有利子負債残高ゼロ – 現預金1854億円 = 2216億円
Ebitda= 営業利益494億円 + 減価償却費等59億円 = 553億円

現預金が大きく、株式時価総額の約半分の規模であることに注目してください。

この現預金の残高こそEV/Ebitdaの低さの主因になっています。

この数値を見る限り、まず年々の配当性向を大幅に引き上げてもこれだけの現預金等があれば、同社の成長戦略には支障がないことがうかがえます。 

さらに、この余剰現預金を自社株買いに当てても構わないと思います。

自社株買いによって株価の需給はタイトになりますし、ROEの分母を削減することでROEを引き上げる効果が期待できます。

大規模な自社株買いを行うと、創業家等の実質的な持株比率を高めて、MAの可能性を遠ざけてしまうマイナス面もあるかもしれません。

しかし、現預金等が不採算に使わる可能性を減らす効果も期待できますし、創業家等のコミットが高まるというプラスもあります。

全体としてみれば悪くない選択肢だと考えます。

業績が回復してきたしまむら。資本政策が変化するのか、大いに注目すべき局面です。

 

プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師