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DXでリアル店舗従業員の働きがいをつくることが重要なワケ

店舗サービス業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の在り方とこれからの店舗の在り方を店舗運営の業務効率化や従業員の体験価値向上の観点から考える新連載「リアル店舗のDX革命」。第1回では、昨今の外部環境の変化から、私たちがDXの本質と考える「働きがいある店づくり」について話します。

iStock/tdub303

人が提供する無形の価値

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、3年前に比べるとDXを推進する企業がだいぶ増えたように感じます。しかし実際には、単なるIT化やITツールの機能比較に留まるケースも散見されます。

 店舗サービス業を取り巻く外部環境の変化を「①競争環境の変化:商品市場の変化」「②労働市場の変化:労働力人口の変化」の2つに分けて考えてみます。

 まず「①競争環境の変化:商品市場の変化」について、これまでは出店拡大によって店舗数と購買力を増し、低価格を実現する「薄利多売」による競争が一般的でした。人口が増加するなかで、この勝ちパターンで成長してきたのがチェーンストアです。しかし現在は人口が減少に転じ、出店余地もなくなりつつあります。このような環境では「薄利多売」モデルを成立させることは難しくなります。

図①競争環境と労働環境の変化

 また、コロナ禍で店舗ビジネスはECとの競争、あるいは融合が求められています。つまり店舗ではECにはない「空間の価値」を活用したサービス提供が必要なのです。商品を手に取れる、試着や体験ができる安心感、専門性のあるスタッフに相談できるなど「人」が提供するサービスという「無形の価値」の重要性が今後はいっそう高まります。すなわちサービス力が店舗の競争優位性となり、「コト・トキ消費」といった顧客ニーズに適応していかなければなりません。

新規採用より既存スタッフの戦力化を

 次に「②労働市場の変化:労働力人口の変化」について説明します。店舗ビジネスは労働集約的であり、これまで労働力は比較的安価に獲得することができていました。さらに業務を単純化・標準化・専門化することで多くの人材を活用し、各社は出店拡大を実現してきました。

 しかし、人口減少とともに労働力人口も減少するため、採用コストはかつての2倍以上になる可能性もあります。つまり、採用にコストをかけるより、既存スタッフの定着・戦力化を進めるほうが効率的です。とくに、店舗でサービス力の向上をめざすとなると、人材を定着させ、エンゲージメントを高め、接客力を強化することが求められます。

 こうした環境変化に適応し、サービス力を強化し、優位性を高めていくには、「働きやすく、働きがいのある店づくり」を実現することが求められます。それによってスタッフが持っている「潜在能力を解放」し、付加価値の高いサービスの提供をめざすことが重要です。

 それでは、「働きやすく、働きがいのある店」はどのようにつくればよいのでしょうか。ヒントは労働生産性の式にあります。

図②労働生産性を高める方法

 労働生産性は分母に「総労働投入時間」、分子に「粗利」をとることで求めることができます。単位時間当たりの付加価値の高さが、労働生産性です。図②のように、労働生産性を高めるには、「業務効率化による時間短縮」と「付加価値の高い業務へのシフト」が重要です。たとえば、労働時間の多くを付加価値の高い「接客」のような業務に集中させることで、労働生産性は高まります。スタッフの仕事を単なる作業ではなく、顧客接点を担う付加価値の高い仕事にすることで、仕事へのやりがいが生まれ、働きがいが向上します。

スタッフにDXの目的を伝え、変化を定着させる

 さて、スタッフの生産性を高めることで「働きがい」を生み出し、変化した外部環境の中でも結果を出せる店づくりをする、という考え方をお伝えしたところで、冒頭のDXに話を戻します。

 前述のように、業務効率化(DX)ツールを店舗に導入しても運用が上手くいかないケースが散見されます。それはスタッフの意識が変わっていないからです。スタッフは自分の仕事を変えたくない、変化したくないという「現状維持バイアス」に捉われています。ツール導入の目的は「接客時間を最大化する」ために、その他の業務のムダ・ムラをなくすことです。しかし、実際にはこうしたツールの導入目的がスタッフには伝わっていないことが多いのです。

 また、店舗にはアルバイトも多く、毎日就業するスタッフが入れ替わります。店長と1~2週間、対面しないスタッフもいます。確かにそのような環境では、全員に目的を伝え、浸透させることは容易ではありません。

 しかし店舗のDXには、スタッフ一人ひとりが正しく目的を理解し、何を変えるのかを理解してもらうための「情報共有」が不可欠です。そして前向きに対応・行動しているスタッフを日々評価することで、変化を定着させることが必要です。実際に、紙や口頭伝達ではこのような変化を起こすことは難しく、店舗をDXするには、ITツールにより「本部―店長―スタッフ」が1つのプラットフォームで情報共有し、仕事ができる状態をつくることが必須なのです。

 店舗の「ムダ・ムラ」を削減し、付加価値の高い業務、重要な行動にスタッフを集中させることで店舗の労働生産性は高まっていきます。それを「店舗の風土やチーム文化」として定着させることで、さらに生産性は高まります。

 推奨品の販売キャンペーンをスタッフ同士で競い合い、接客トークを共有し、高め合うようなつながりを深め、目標達成をめざすチームにつながっていきます。それをしっかりと評価し続ければ、スタッフが自分たちで店舗を盛り上げてくれ、まさに「働きがいがあり、生産性の高い店舗」になるのです。ITツールの導入が目的になるのではなく、「働きがいが向上し、店舗スタッフの潜在能力を開放する」――。そのようなDXが店舗には求められているのです。

 次回以降は、今回の話を踏まえ、店舗DXで一定の成果を収めた企業の具体的事例を解説する予定です。

プロフィール

染谷 剛史 (そめや たけし)

1976年、茨城県生まれ。大学卒業後リクルートグループに入社。アルバイト・パートの求人広告営業を経て、営業企画・商品開発を担当。2003年、株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、サービス業の採用・組織コンサルティングに従事。2012年に同社の執行役員に就任し、新規事業開発やカンパニー長を歴任した後、2017年にナレッジ・マーチャントワークス(現HataLuck and Person)を設立。「はたLuck」サイトはこちら