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#19 リアル店舗がECやSNS上の「デジタルシェルフ」を無視できない理由

前回は、消費者が抱く「買物の面倒」にいかに立ち向かうかが小売事業者にとって重要であることをご紹介しました。今回は、そんな買い手の意識と行動が変化するなかで重要性が増している「デジタル上の棚=デジタルシェルフ」の考え方と、小売事業者が知っておくべきポイントについてご紹介します。デジタルの棚と聞くと、実店舗を主戦場とする小売事業者には無関係と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、消費者がどのような心理から消費行動に結びつくようになっているのかは、しっかり把握して対応しておく必要があります。

商品購入のきっかけはデジタルシェルフに収束

 「デジタルシェルフ」とは、基本的にはデジタル上の棚(ECサイトの商品ページなど)のことを指しますが、その影響力はデジタル上に留まらず、全ての小売事業者にとって無視できないものになっています。

 たとえば、誰か親しい人に「こんなよい商品がある」と紹介された場合、昔なら記憶しておくかメモをとっておいて、週末になるのを待ってからお店に見に行くという行動が当たり前でした。しかし、今は話を聞いてすぐにふだん使っているECサイトやSNS、アプリ(=デジタル上の棚)を見て売上ランキングやレビューを確認するなど、すぐに購入検討の入口に立つことが当たり前になっています。

 つまり、デジタルシェルフは「気になった『瞬間』に触れるタッチポイント」なのです。一度検討の入口に立ってしまえば、その後も電車の中、寝る前、TVを見たときなど、気になることがあればその都度欲しい情報に合ったさまざまなプラットフォームを確認することになります。そのため、デジタル上の棚を押さえておくことの重要性が増しており、リアル店舗の棚の一等地に商品があること自体あまり意味がなくなってきているのです。

 もちろん、結果的に購入する場所がリアル店舗になることは多いですが、探し始める瞬間のどの棚を取れているかということが非常に重要なのです。この「探し始める瞬間の棚」は、アマゾン(Amazon.com)や楽天市場の場合もあればSNSの場合もあり、商材やターゲットの年齢層のほか、そのとき欲しい情報などによっても異なります。デジタル上のどこにある棚が自社商品と相性がよいのかを把握しつつ、デジタルシェルフ全体のシェアを上げていくということが、小売事業者全体にとって重要な課題となっているのです。

基本的な戦略は「チャネルの全張り」

 これまでは、大手量販店や専門店の棚をいかに押さえるかという競争が繰り広げられていました。当時の競争は非常にシンプルで、広告宣伝料と営業マンの人数によって決まる勝負でした。そのため、基本的には資本力があれば勝つことができました。しかも棚面積が物理的に限られているため有限性が高く、一等地に置ける商品数が限られているため、新規でこの勝負に割り込むことは非常に難しいものでした。

 一方、デジタルシェルフでは、棚が無限とまではいかないものの一気に広がり多岐に渡っています。このように、競争の原理自体が大きく変わりつつあることを、まずはしっかり理解しておく必要があります。

 そんな「デジタルシェルフ時代」の棚取り戦略は、基本的に楽天市場、アマゾン、TikTokのようなSNSなど「チャネルの全張り」が必要です。当然、金銭的コストもそうですが、オペレーションコストもかかるため、従来の縦割り型組織ではなく、新しい時代にフィットした体制も必要です。

 また、どうしても多くの商品が乱立するプラットフォーム上での戦いであるため、原則的に一人勝ちができず、分散化される傾向にあります。デジタルは棚数に上限がないため、潤沢な資金があってもそのすべてを押さえることができないのです。さらにECモールやSNSの特性上、先行者有利なロジックが働きやすいため、デジタルの世界では大手であってもなかなか勝つことが難しいのです。

「チャネルの全張り」に対応可能な組織構築も必要

 経済産業省によると、日本のEC化率は8%程度と、まだまだリアル店舗の売上が高い状況です。これに対して米国では、1でも解説しているように、2018年時点で商品購入の意思決定にデジタルを活用する割合は50%を超えており、デジタルへの対応が遅れた小売店舗が続々と閉鎖に追い込まれています。

 商品購入決定の入口であるデジタルに対応し、出口として店舗での購入に誘導するためには、すべてのチャネルに全張りできる組織を用意することが必要になっています。

 デジタルシェルフの特性上、さまざまなプラットフォームをクロス的に見ることができるため、どうしても事業者側はどこにお客が来るかを掴むことができません。昔の「AIDMA」(消費者の購買行動プロセスを解説するモデル。Attention, Interest, Desire, Memory, Actionの頭文字)のように、アテンションがあってファネル構造で売れていくことはデジタル上では基本的にないのです。

 どこでどのようにお客が見に来るかわからないため、基本的な戦略は「チャネルの全張り」です。それも最低限以上の品質がないと見向きもされないため、商品だけでなくそれぞれのチャネルで提供する情報もある程度以上の品質であることがマストです。

 

プロフィール

望月智之(もちづき・ともゆき)

1977年生まれ。株式会社いつも 取締役副社長。東証1 部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつもを共同創業。同社はD2C・ECコンサルティング会社として、数多くのメーカー企業にデジタルマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、デジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
ニッポン放送でナビゲーターをつとめる「望月智之 イノベーターズ・クロス」他、「J-WAVE」「東洋経済オンライン」等メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。