ユニクロの調子が期待以下になってきた。一時は、「ファーストリテイリングの株を買うには1000万円かかる*」といわれた同社だが、2022年2月25日終値ベースでは、約618万円(100株あたり)まで落ち込んでおり、多くの投資家の期待に応えられていない。
同社の売上はアジアと国内が大部分を占めており、コロナが落ち着くことで売上が上向くと思われたが、22年8月期も第1四半期実績ベースで国内、グレーターチャイナのユニクロ事業、ジーユー事業は減収減益となった。同期は好調なアジアや欧米事業が業績を牽引し、全体では売上、営業利益ともに計画を大幅に上回り、22年8月期通期業績は期初予想の計画を崩していない。だが、国内ユニクロ事業の売上高は「既存店+Eコマース」で9~1月までの5ヶ月実績で8.6%減と厳しい状況が続いている。
こうした状況を踏まえ、勝手ながら、以下、私個人的分析によるユニクロ失速の背景について考察を考えてみたい。
*ファーストリテイリング株は2月25日終値ベースで1株61,750円だが単元株数が100円なので保有するには6,175,000円+手数料ということになる。21年3月には一時1株あたり110,500円をつけている
日本マーケットでの失速
日本マーケットは、幾度も本論考で説明したとおり、もはやアパレルの成長はあり得ない。人口縮小と購買力の低下が原因だ。
アパレル市場は毎年2~3%の割合で縮小*し、購買力も人口もどんどん減っている。市場規模の15%を占めるユニクロが、市場規模全体の動きと同期化するのは必然だろう。ファーストリテイリングほどの規模になると、マーケット全体の動きを完全に払底するのは難しいのである。
また、ユニクロ固有の事情もある。メルカリにおいて、「最も多く取引されているアパレルはユニクロ」という既知の事実もあるよう、国民のクローゼットの中はもはや「ユニクロだらけ」なのである。いくら他のアパレルと比べてユニクロの服が魅力的だとしても、クローゼットの中身がパンパンであれば、購入にはつながりにくい。ましてやいま「買わないことがもっとも環境に優しい」という考えが広がっているのである。
アナリストの中には、「ZOZOに生息する『新興D2C』の中には日本市場で勝っている、成長している企業もあるではないか」と反論する人もいる。だが7~8兆円市場の中でたった100億円程度の企業の構成比はわずか0.13~0.14%程度。その程度の規模なら市場規模全体の動きとは別に動くものだし、マクロ的にはノイズである。
*日本市場統計分析は、市場規模推移と商品消化率経年変化から独自に算出
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理由は深刻化?中国マーケットの失速
次に中国市場について見ていきたい。日本のアパレル企業でも中国市場で勝っている企業と苦戦している企業がある。中国市場全体の話なら、やはり国潮トレンドによる「日本というカントリーポジション」の低下と見るのが妥当ではないかと感じている。
正確な統計で証明することができないので、この影響は定性的に論じてみたい。ファーストリテイリングは「コロナによる行動規制」を売上不振の要因と挙げていたが、中国で私が最も信頼する幾人かの人に話を聞いても「中国でのアパレルビジネスは活況」で、21年12月の繊研新聞も「日本の商社の中国内販売は増えている」と報じていた。もはや中国の若い世代にとって「Made in Japan」など、ファッション・トレンドの一つのオプションでしかなく、良ければ買うし、そうでなければ買わないというものになった。つまり「Japan」という言葉に特別な意味はもはやないということだ。
世代別では、30代を境に中国人の消費者意識は変化しており、その裏には世界第2位の経済大国という自信が垣間見られるということは前々回解説したとおりだ。ただし、中国で日本のブランドで、イメージ想起されるものといえば、ユニクロ・無印良品の二つだけとのこと。
ファーストリテイリングは、国内事業とグレーターチャイナ事業が22年8月期第1四半期決算で減収減益となった一方で、総売上の約10%程度しかない欧米(2021年8月期決算短信より算出)の大躍進を強調していた。だが、そもそも10%程度しかない市場での「大躍進」は、投資家の説明として本当に十分なのかと思わざるを得ないし、そもそもユニクロ世界一の前提は、ZARAなどのグローバルSPAと比較し、アジア市場での販売拠点の数が競争優位であるという説明だったはずだ。株価もこうしたストーリーを組み込んだアナリストの説明で10万円を超えたと想定するし、同社もそれをわかっていないはずがない。何事にもシャープで、時間のムダである老人達のシャンシャン会議には絶対に顔を出ない同社を尊敬して止まない私だが、“大人の説明”でなかったのかと思うと複雑な心境となる。
広告宣伝費の大幅な増加が意味すること
ファーストリテイリングの戦略で、私の理解が追いつかないのは、昨今の膨大なメディア露出である。最近では、サザンオールスターズや、女優の綾瀬はるかを起用してジーンズを打ち出しているが、春にデニムを打ち出すのは毎年のことだ。そこには、さしたる商品PRもなく、また、決算説明会動画では「広告宣伝は世界中で積極的に展開した」**と説明していた。その結果、販管費を押し上げることとなり、昨今の円安と原材料高も相まったものの、それらを「企業努力でなんとか対応した」ということだが、実態は、「商社はずし」でオフセットした、と考えれば辻褄が合う。** 動画での説明の中ででてきた言葉から引用
私は、なんの付加価値もない商社など外すべきだと思うし、そうした動きが広がれば商社も戦略を転換し、私が提言する「商社2.0」に否が応でも近づいてくると思っている。だから、仮にファーストリテイリングがコスト高を「商社はずし」で対応したとしたら、素晴らしい先見眼だと思う。
しかし、それでも、世界中での広告宣伝費の増加は理解の範疇を超える。22年8月期第1四半期の広告宣伝費は218億円で対前年同期比13.5%増である。ちなみに21年8月期通期の広告宣伝費は665億円で対前期比2.5%減であった。
「投資をするところにはしっかり投資をする」の一部なら、広告宣伝を強化しなければ困るということだろうか。
同社の認知戦略は過去から、世界の一等地に巨大店舗を建て、お金を払って各種メディアに出稿する広告から、メディアが勝手に騒ぎ出す「戦略PR 」だったからだ。なぜここで、広告宣伝費を世界的に増大させ、さらに将来も増加させると言うのか。
今、在宅ワークが増え、お昼のテレビを見ている人も増えていると思うが、テレビを見れば、「ユニクロ・コーデ」だらけだ。また、YouTubeでインフルエンサーとして著名なMBさんも、ユニクロの宣伝ばかりである。普通に考えれば、狙いは2つ。一つは、コーポレートイメージチェンジ。つまり、SDGs対応だ。古くはブラック企業の汚名を着せられ、同社の卒業生は、体の隅まで「成長しなければ死を意味する」とすり込まれ、「柳井氏から経営の神髄を教えられた」という人に何人も会った。
同社を外側から見ているものとして、あくまでもイメージだが、ファーストリテイリングは事業会社というよりコンサル会社や外資系企業に近く、和気藹々と働き方とは程遠そうだ。それゆえ、環境と共生することも含め、「新しい資本主義」時代のリーダーシップをアジアから発信してゆく企業というイメージを持ちにくかったのかもしれない。このイメージを変えようということではないだろうか。
2つ目は、販売苦戦を背景に、広告宣伝費を増やして消費者の反応を高め(結果、好感度を上げる)、売上をあげるという狙いだろう。いくらベーシック衣料とはいえ、クローゼットの中がユニクロ商品でいっぱいになった消費者が、この先も同じような服ばかり買うということは、考えにくいだろう。
フリースにはじまり、日本人の国民服となったヒートテック、エアリズム、バリューチェーンのデジタル化による圧倒的コスパを実現した「カシミヤセータ」、そして、約2割のシェアを奪ったといわれるブラトップ…こうしたイノベーティブな商品をボンボンと毎年生み出すことなど至難の技だ。
何年も同じような服ばかり買うというのは考えにくいということだ。他の競合アパレルも、あの手、この手で、ファッション商品を作り、同社を追い込んでいるし、私も+Jの大バーゲンで、ユニクロはやはりインナー衣料だと思うようになった。そのつなぎとしての、広告宣伝費の増加なのだろうか。
潤沢な現金の使い道は「縫製リードタイム」の確保か
次に問題となるのが、22年8月期第1四半期末で1兆2000億円まで積み上がったキャッシュ(現金及び現金同等物)だ。
今までのファイナンスの理論は、借金ができる信用力もキャッシュフローを良化させる(フリーキャッシュフローを増加させる)というものだった。むしろ、デット(借入金)と、上場により得た巨額な現金を合わせ投資原資として、企業はモンスターに化けてゆくのが正常進化である。
借入と株主から調達した資金(それぞれデットファイナンスとエクイティファイナンス)のコストを加重平均したものをWACCというが、この投資原資をマックスまで使いWACC以上のリターンが得られれば、むしろどんどん借金しなさい、銀行はいつでも貸しますよ、というのが正しいファイナンス経営といわれてきた。
だから、現金を溜め込んだ企業は、「お前達は戦略がないのか」と言われ、過去多くのアパレル企業がアクティビストに攻められた一方で、安全資金として現金をプールしておきたい日本人は理解に苦しんだという時期があった(元TSIの東京スタイルと村上ファンドの戦いなどがその一例だ)
しかし、 10年に一度の割合で発生するパンデミック(リーマンショック、 フクシマ、震災、ウイルスなど)を考え、そして、将来の日本のカントリーリスク(東海大震災、株式市場の機能不全、人口減少による医療費負担による財政破綻)など、私たちは、さまざまなリスクと直面しながら次の未来を作ってゆく必要がある時代に突入した。そうした不確定な時代、世界化を行い現金を備蓄する同社の財務戦略は、素晴らしい見識だと思う。
「本来借金をしてでも投資に回せばもっといろんなことができるではないか」という疑問に対し、溢れんばかりの現金を持つ理由についてファーストリテイリングは、「これからは素材を備蓄しリードタイムを短くする」というものだった。
アパレル業界に詳しくない人のために解説すると、従来、商社流通を使っていたアパレルは、製品を編み立て縫製するまでに、素材の確保が重要となる。その素材がイタリアのものであれば縫製の3ヶ月前、独自開発する場合でも最短で2ヶ月前となる。この支払いと回収の収支ズレを商社が肩代わりし、完成品をアパレルに納入し債権を立ててきた(売上を立ててきた)。
これを、財務について素人のアパレルが安易に商社を外しをすると、シーズンインに入れば最も大事な素材が市中になく、大変なことになる。だから、あらかじめ商社がやっていた3ヶ月前の素材確保や精算ライン確保を自社でやる(やる能力や資金があること)が直貿ができる前提なのだ。ユニクロの「素材は備蓄し、リードタイムを早める」というのは、欧州で当たり前のMDで、私は幾度もそのメカニズム「生産リードタイム」と「縫製リードタイム」の違いと、サプライチェーンのボトルネックは素材にあることを繰り返しのべてきた。
ユニクロが、これからのパンデミックに備え、また、MDを「生産リードタイム」から「縫製リードタイム」へ替えるため、ある程度の余裕資金を持つというのは、これからの世界の変化を見れば私は極めて合理的だと思う。特に、素材備蓄によるMDの長期化に備えたものだとすると同社がいう消費者が「欲しい商品を、欲しい時に、欲しいだけ届ける」という、いわば、30年前のQR(クイックレスポンス)の精神を引き継いでくれることを信じたい。
最後に本論考は、ファーストリテイリング社のIR発表から、著者が類推したものであり、同社の戦略とはなんの関係もないことを断っておく。
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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