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2022年の消費と小売業業績の行方を読む!ポイントは迫る物価上昇に賃金は追いつけるか?

消費者物価に上昇圧力が強まりそうです。
確かにこれまでの数値にはまだその熱量は現れていないかもしれません。総務省によれば、2017年から2021年の5年間の消費者物価指数(除く生鮮食品)[暦年]の年間上昇率の単純平均は+0.3%にとどまっています。しかし、2021年11月と12月の単月の数値を見ると、それぞれ前年同月比+0.5%上昇しており、兆候は出始めていると言えます。
今回は、過去の物価上昇局面と比較しながら、2022年の消費と小売業績の行方について見ていきたいと思います。

recep-bg/istock
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物価上昇+2%が見えてきた

日本銀行が1月18日に公表した「経済・物価情勢の展望(2022年1月)」によれば、政策委員による消費者物価指数(除く生鮮食品)予測の中央値は2022年度+1.1%、2023年度+1.1%となっています。
日銀の見解は次の通りです。
「当面、エネルギー価格が上昇し、原材料コスト上昇の価格転嫁も緩やかに進むもとで、携帯電話通信料下落の影響も剥落していくことから、振れを伴いつつも、プラス幅を拡大していくと予想される。その後は、エネルギー価格上昇による押し上げ寄与は減衰していくものの、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどによる基調的な物価上昇圧力を背景に、見通し期間終盤にかけて1%程度の上昇率が続くと考えられる。」
筆者は、このうち少なくとも2022年度分に一定の蓋然性を感じます。

数値を確認しておきましょう。
2021年に消費者物価指数(除く生鮮食品)[暦年]は▲0.2%下落しました。2年連続の下落です。このうち携帯電話の通信料を含む交通・通信という費目は▲5.0%も下落しています。この費目のウェイトは消費者物価指数(除く生鮮食品)全体の15.5%程度になりますので、その寄与度は▲0.8ポイント程度になります。つまり、交通・通信を外せば消費者物価(除く生鮮食品)は+0.6%上昇していることになります。

ちなみに2021年12月について同様の計算をすると、消費者物価指数(除く生鮮食品)[暦年]は前年同月比+0.5%上昇、交通・通信は▲7.5%下落、よって、交通・通信を外した消費者物価(除く生鮮食品)は+1.7%上昇になります。
+2%の物価上昇が見えてきたとひとまず言えると思います。

 

光熱費が物価を押し上げる

gremlin/istock

物価押し上げの主役は光熱費です。光熱・水道を見ると、2021年通年では+1.2%増でしたが、2021年12月は前年同月比+11.2%上昇しています。
これについては、原油価格が2020年のコロナ禍で安かったため、2021年はこの反動が出ている側面を否定できません。

しかし、現在の原油価格はドルベースで2014年以来の高値圏にあり、しかも脱石化燃料の潮流を受けて産油国の採掘・増産意欲が高まりにくい環境下、アフターコロナの経済正常化によって需要の押し上げが進む可能性があると思います。さらに、ドル円相場も2016年以来の円安水準にあり、米国が利上げ局面に入ったことで日米金利差が拡大していることも軽視できません。少なくとも向こう半年程度は光熱費の押し上げにつながる可能性があると思います。

ちなみに、さきほどの携帯電話料金の低下による物価押し下げ効果は2022年4月以降薄まると予想されますので、春先に発表される消費者物価指数が大きな数字(例えば足もとの+1.7%程度)になっても不思議はありません。

直近の物価高は2014年と2018

では、消費者物価指数(除く生鮮食品)上昇率[暦年]の推移を振り返りましょう。

図表1 消費者物価指数(除く生鮮食品)上昇率[暦年]

はっきりとした物価高になったのは2014年、続いて2018年前後です。
2014年は、4月に消費税が5%から8%に引き上げられたことが効いていますが、光熱費、ガソリン、エアコン・テレビ、傷害保険料、高速自動車国道料金などが大きく上昇しました。
2018年は、光熱費、ガソリン、生鮮食品を除く食料の価格上昇が響きました。

物価高に対して消費はどう反応したか

次に、肝心なポイントである物価高に対する消費の反応を見ましょう。まず商業動態統計の小売業販売額とGDP家計最終消費支出のそれぞれの名目値を、次に、GDP家計最終消費支出と家計調査世帯消費支出のそれぞれの実質値を並べてみます。

図表2 物価高に対する消費の推移

2014年と2018年の名目値はいずれも+1%を超える成長を示していて、悪い印象はありません。
しかし、実質値は2014年はGDP家計最終消費支出と家計調査総世帯消費支出はともに減少、2018年も前者が+0.4%成長しましたが、後者は▲1.1%減少しており芳しくありません。

実質値が弱いということは、消費量が凹んでいることを示唆します。こうした局面では、実質価格をなるべく上げずに、消費量を喚起しようという力が小売業全体に作用しがちになり、利鞘と数量の双方に下方圧力が加わり、収益的が圧迫されやすい環境になりがちです。

 

新しい資本主義」の真意とは

2013年から2020年の名目賃金指数の平均はわずか+0.2%でした。

図表3 消費・物価に対する賃金の推移

岸田政権とすれば、(1)日銀が当面の物価上昇率を+1.1%と予想し、中期的な目標を+2%とする以上、名目賃金もこれに匹敵する上昇を実現しなければ実質消費が腰折れてしまう、(2)これまで政府は教育費などの無料化や通信料金引き下げ介入などを進めてきており打ち手が減りつつある、(3)したがって従来以上に民間主導で賃上げを実現するメカニズムが必要である、という課題認識があるのではないでしょうか。

岸田政権の新しい資本主義の理念の中身やその性格(資本主義的なのか)が批判的に語られることが多いように思います。しかし、その本音は実は「マクロ経済運営の観点から、企業にはぜひ収益額を、できれば労働分配率をあげて欲しい、そのために収益力を抜本的に強化して欲しい」というあたりの話ではないかと筆者は考えています。

2022年春、賃上げはどうか

ということで物価上昇が強まる2022年春、賃上げおよび賞与がこれをカバーできるかが重要なポイントになります。
しかも、今回は小売企業への支援材料であった株高やインバウンドはこれまでほど期待できないうえ、コロナ禍で膨らんだ中小企業の債務問題もそろそろ課題視されはじめそうです。

ちなみに、2014年に小売企業の株価の年間騰落率を眺めると、小売株指数は+6%上昇しましたが、イオン、マツキヨココカラホールディングス(当時の社名はマツモトキヨシホールディングス)、ローソン、J.フロント リテイリング、セリア、髙島屋は下落しています。
2014年度の業績を見ると、セブン&アイ・ホールディングスのスーパーストア事業、イオンのGMS事業とSM・DS・小型店事業、マツモトキヨシホールディングス、ヤマダホールディングス、サンドラッグ、しまむら、三越伊勢丹ホールディングスなどが厳しい内容になりました。他方でファーストリテイリング、ニトリホールディングス、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(当時の社名はドンキホーテホールディングス)、コスモス薬品、ローソン、良品計画、エービーシー・マート、ヤオコー、イズミの業績はしっかりしており、類似業種内での企業間格差が出た印象です。

***

仮に賃金上昇が不十分な場合にどう備えるのかー2022年前半の課題はここにありそうです。

最後に、再生エネルギーによる自給率アップのような、光熱費の高騰に対する抜本対策を政府に期待したいところです。

 

 

プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師