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アジア有力小売が集結!NRF APAC2024で得られたこととは?イオンも登壇!

2024年6月11日から3日間、シンガポールで「NRF 2024 Retailʼs Big Show Asia Pacific」(以下、NRF APAC2024)が開催された。第1回目となったこのイベントには多くの日本人も参加し、日本の大手小売業による講演、展示もあった。NRF APAC2024はどんなイベントだったのか、何が得られたのか、注目すべき講演についてもまとめた。

NRF APACとは

 NRF Retail’s Big Show(以下、NRF)とは毎年1月にニューヨークで行われる全米小売業協会主催の年次イベント。欧米小売のトップも登壇して、小売業を取り巻く最新の課題、テーマにいかに対応していくかが、事例を交えて話される貴重な場だ。展示会には約1000社が出展し、最新テクノロジーを活用したソリューションがお披露目される場でもある。

NRF APAC2024
アジア初開催となった、NRF APAC2024。5800人が参加した

 そのNRFがアジア初進出を明らかにしたのがNRF2023での基調講演の最中。アジア・パシフィック地域を対象としたNRF APACの開催を発表したのである。早々にイオン(千葉県/吉田昭夫社長)が基調講演への登壇と展示会出展を決めたことも手伝って、日本の小売業の間でも事前の注目度は高かった。

 初開催となったNRF APAC2024は、シンガポール小売業協会がNRFに開催を強く呼びかけたこともあり、アジアの金融・物流・人流のハブであるシンガポールでの開催となった。3日間の開催期間中、基調講演と展示会が行われ、アジアを中心に52カ国から5800人が参加、238社・団体が出展した。ニューヨークの本家NRFと比べ4~5分の1程度の来場者数や展示規模だったが、次回NRF APAC2025では展示会スペースが倍増することが決まっている。

最新課題をアジアの多様性に合わせ実践する

 NRF APAC2024のテーマは「Fast Track Your Success」(成功への早道)。開会挨拶で全米小売業協会のマーティン・リアドン氏が「最も多様性があり成長著しい小売マーケットであることからNRF APACを開催した」とそのねらいを語った。

 講演自体は、小売業の新たな経営テーマやテクノロジーを活用した最新事例が多く話されるNRFとは多少異なり、大きく以下の3つの方向性がみられた。

❶欧米小売のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の事例がいくつか話され、「NRFらしい」学びの場のプログラムを提供する

❷アジアの小売業による各市場環境に合わせたデジタルを活用したユニークで具体的な戦略を紹介する

❸有力リテーラーがアジアでプレゼンスを高めるため、自社の持つ独自性を異なる市場でどう展開しているのかを掘り下げる

 言い換えれば、欧米小売がテーマに掲げる課題や戦略を、アジアの「多様性」の中で、各社が各地でどうフィットさせているか、あるいは多様性を乗り越えて広くグローバルで展開するためにどんなことが必要かが示された内容だった。

 その意味では、アジアに進出(しようと)している日本の小売業にとっては貴重なプログラムであった。一方、国内のみで展開する小売業あるいは国内事業を担う業界関係者にとっては「欧米企業が行っている戦略をそのまま取り込むのではなく、課題に焦点を合わせ、その解決のためにマーケットの状況に合わせて柔軟性を持つこと」を認識し、自社の戦略にいかに転用するかを考えるよい機会となった。もちろんAPACの各小売業がデジタルを自在に使いこなしている点に刺激を受け、その背景に納得する場ともなった。

 少子高齢化と労働人口減が進む日本と異なり、アセアン各国ではタイを除けば労働人口は増えており、平均年齢が若い国がほとんどだ。多くのアセアン小売業では高い離職率への対応が求められる一方、経済成長率は日本より高く、デジタルネイティブと呼ばれる若い世代が増加している。また、市場(いちば)などのトラディショナル・トレードがいまなお存在感を持っており、「新旧」混在している点が特徴。もちろん、インフラや都市化の状況、経済、規制に所得の状況、そもそも政治体制も各国によって異なる。そのため、文字どおり多様な小売戦略が展開されているわけである。

変革を受け入れる企業風土とスピード感

 ❶NRFらしい学びの場として象徴的だったのが、初日最初の基調講演。米ドミノピザ(Domino’s Pizza)のクリストファー・トーマス-ムーアCDOが、ドミノピザがデジタルを活用しながら、いかに連続的なイノベーションを成し遂げたかを明らかにした。同社の業績は近年堅調に推移しており、直近の 2023年12月期は売上高44億7900万ドル、営業利益は8億1900万ドルで営業利益率18.3%という高収益を実現している。

 食品スーパーをはじめ、消費者が手軽に食べられるピザの品質が年々高まりライバルが増えるなか、「過去のドミノピザのまずさ」を認める自虐的キャンペーンを行い、味の変革を効果的に伝えることに成功したのが10年。その年のある期間の既存店売上高は過去最大の伸び率を記録した。

 その後も20年には自動運転車を使ったピザのデリバリーサービスを開始したり、住所入力不要でGPSを活用した配達先のピンポイント指定で、屋外でもどこでもピザを配送するサービスを実施。AIを活用して注文商品が出来上がるまでの時間を正確に予測、宅配の効率化や顧客満足の向上も実現している。

 こうした取り組みについてトーマス-ムーアCDOは、ドミノピザ7つの基本教義として「変革を受け入れる企業風土」「なぜその取り組みをするのかの明確化」などに加え「イノベーションは広告である」ことを力説。社外のみならず社内のブランディングにも活用して、連続的なイノベーションの原動力としていることが印象的だった。

 ❷アジア小売業の事例で印象的だったのが、DFIリテールグループ(以下DFI)が香港と中国南部、シンガポール、マカオで計3300店舗を展開するセブン-イレブン。中国を中心にECによる購買が主流となるなか「リアル店舗小売はなくなるのではという危惧をコロナ前は抱いていたが、リアル店舗に行きたいというニーズは根強く、利便性の追求で店は進化している」と、ダニー・パース氏(DFIのセブン-イレブンCEO)は語る。

 コンビニエンスストア(CVS)は売場面積が小さいので「お客が何秒で買い物を済ませて退店できるかに注力している」(パース氏)。そこで中国南部ではいち早く非現金決済に移行し、3年前には顔認証を導入。手のひら決済も1700店舗で導入済みで、展開スピードの速さに驚かされる。

中国南部のセブン-イレブンでは、手のひら認証決済も1700店舗で導入済みだ(DFIのセブン-イレブンCEO、ダニー・パース氏の講演より)

 興味深いのが、DFIが香港で成功させた、ブランド横断型のロイヤルティプログラム「yuu」だ。人口約730万人に対しすでに500万人の会員を抱える。消費者の支持を得るのは、CVS、飲食店、保険など幅広いカテゴリーを網羅し、ポイントを獲得し使えるため。セブン-イレブンのみならずイケアやピザハット、シェル、50以上のオンラインファッションブランドが加盟するロイヤルティプログラムのプラットフォームである。

 広範囲にわたる顧客の購買データを獲得し、MD(商品政策)やサービスの刷新、そしてyuu経済圏の確立と拡大を図る。リテールメディアを通じた収益獲得も当然あるだろう。

日本代表3社の基調講演

 ❸の例としては日本企業3社の講演を挙げたい。イオン、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下PPIH、東京都/吉田直樹社長)、ファーストリテイリング(山口県/柳井正会長兼社長)がそれぞれ登壇した。

 売上の99%をリアル店舗から生み出しているイオン。地域に根差し、顧客ファーストの企業哲学を持ち、展開する多様な業種・業態で顧客の生活をフルレンジでカバーすることを強みとする。そうしたなか「イオンは顧客体験の姿としてWarm Colorful Experience をめざしている」と同社デジタル担当の羽生有希副社長が説明。そのために、顧客情報を一元化して「顧客のデジタルツイン」を再現、内製化で分析を行い、パーソナライゼーションにより顧客満足度を最大化させていると語った。また、「イオンデジタルアカデミー」など自発的に学ぶ機会を設けていることに触れ、デジタルを活用して従業員のやる気と能力を引き出すことの重要性を説明した。

 それを受けてイオンマレーシアの岡田尚也社長が、イオングループの強みをいかにマレーシアで実践し、成果を上げているかを解説。「単によい顧客体験を提供するだけでなく、よりよい生活自体を提供していきたい。『イオン生活圏』づくりをめざす」と語った。

基調講演に登壇したイオンの羽生有希副社長(左)とイオンマレーシアの岡田尚也社長(右)。日本らしい細かな気配りを実現しながら、デジタルを活用し、顧客満足を最大化させる戦略を語った

 国外においては「Don Don Donki」などの店名で進出しているPPIH。その強みについて吉田直樹社長は、「個店主義のもと、顧客の嗜好や行動の変化に素早く対応できること、さらにはディスカウンターにこだわり店舗の価値と利便性を高めることで、業績を伸ばしている」と説明した。

 一方、ローカライズではなく、グローバルで統一された顧客体験を提供するのが「ユニクロ」だ。講演ではRFIDの活用例などが話されたが、「デジタルリテーラーになるには、テクノロジーやイノベーションを部分的に使うのではなく、ビジネス全体としてすべてのプロセスをコネクトさせることが重要だ」とファーストリテイリングの丹原崇宏CIOは繰り返し語った。

 3社とも自社の強みを特定し、その強みとテクノロジーを活用してアジア、世界でビジネスを広げることを聴講者に訴えかけた。

超満員で多くの立ち見客も出た、展示会場内での講演「Bridging the Gap:Trends and Challenges in Grocery and Retail」

イオンが示すデジタルシフトの成果

 展示会はどうだったのか。国別ではシンガポール企業が最多、次いで中国企業と両国からの出展で4割を超えたが、日本企業の出展も目立った。

 注目を集めたのが“小売業”イオンのブース。「DXを強烈に推進しているイオン」というブランディングを前面に押し出し、アジアでのプレゼンスを高める意図が明確だった。「レジゴー」の展示だけでなく、VRを活用した従業員教育のプログラム、生成AIを活用した「売れる商品セールスコピーや説明文など」の自動生成のデモも行われ、日本人のみならず多くの来場者の興味をひいていた。

 VRを活用した従業員教育では、イオンリテール(千葉県/井出武美社長)が22年から導入しており、制作会社と共同で現在1800もの教育コンテンツをすでに制作済みだ。VRを活用して楽しく効果的に学べる先進的な取り組みで、グループ内のほかの企業にも展開を考えている段階だという。実際、「売場に立つ前の不安がなくなった」という従業員の声も聞かれているという。

 また、生成AIを活用した「売れる商品セールスコピーや説明文など」の自動生成は、商品情報、言語を選び、生成する文章の革新性の度合いを調整したうえで、特定の要望を書き込めば、プロンプトの知識がなくても自動生成してくれる。イオン関係者は「人間が作成するよりも自動生成したほうが、売上が上がるという成果が出ており、今後さらに利用を拡大していきたい」と語る。

 こうした動きは、小売業を相手にしたRaaS(小売業のサービス化)型ビジネスをイオンが今後推進していくことを示唆している。ウォルマートがテクノロジー企業になると宣言して以来、積極的にNRFなどで登壇して“仲間”を増やしている。同様に、アジアを主戦場とするイオンは今後、NRF APACやリテールテックを仲間を増やす場として活用していくことになるのではないか。

多様性を乗り越える柔軟性に学ぶ

 また電通は、「Infinite Experiences」(お客の購買体験は無限の可能性に満ちている)をコンセプトに、グループ内外の企業と連携するかたちで出展した。電通ブースに出展したのは、LMI、Canly、Rokt、unerry、 SUSHI TOP MARKETING、GNUS、Tagの7社。7社はそれぞれ集客管理や行動データ、リテールメディア、デジタルクリエイティブワークなどを手がけており、トータルでリテール領域をサポートする電通の意思が見られた。

 そのうちの1社がRokt。コンバージョンの可能性が最も高まる、ECでの商品購入完了直後に、顧客属性に応じた他社の最適な広告を提案する、新しいリテールメディアソリューションを提供する。高いコンバージョン率が高い広告単価につながっており、小売業のECで「付帯収益」を得られるサービスとして注目を集めている。Roktのマーケティング担当・野口彰英氏は「海外ではグロサリーを扱うECやクイックコマースでの導入が増えており、日本でもクイックコマースプラットフォームでの利用が始まっている」と語る。

 迅速なデータキャプチャーと識別ソリューションを提供するZebra Technologiesは、NRF2024に続きNRF APAC2024へも出展。専用端末を使った業務ソリューションや一般消費者が手に持って会計までを行うセルフチェックアウトのソリューションなどを提案していた。注目したいのが、専用端末と液晶モニターをつなげる「ワークステーション・コネクト・クレードル」。クレードルに端末を置けば、端末をデスクトップPCのように使うことができ、書類作成も可能だ。ゼブラ・テクノロジーズ・ジャパンの古川正知社長は「全店からPCが不要になるだけで相当のコスト削減が可能なうえ、PCのセキュリティ管理の手間も省ける。すでに米国の一部小売企業では導入が進んでいる」と語る。

 以上のように、初開催ながら日本企業からも大きな注目を集めたNRF APAC2024。大事なことは、欧米小売が掲げる最新の課題やテクノロジー活用について、いかに日本市場や自社にあったかたちで離陸させるかだ。その意味で、アジアの小売業が多様性を乗り越え、あるいはうまく生かすかたちでローカライズさせてきたその柔軟性や展開スピードの速さを学べたことは大きな収穫だったのではないか。一方で、「日本以外のアジアの事例はそのまま使えないし環境が特殊だから学ぶ価値がない」と見なしているようでは、自社と企業風土も強みも異なる競合他社の物まねを延々と続けるほかないだろう。

 小売業にとってもベンダーにとっても、従来のNRFとリテールテックに加え、「NRF APACの場」をどう使うかは面白いテーマになりそうだ。

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