アパレル企業の中で今最も勢いのある企業として知られるのが、「グローバルワーク」「ローリーズファーム」「ニコアンド」などのカジュアルファッションブランドを展開するアダストリア(東京都/木村治社長)だ。次々と新市場を切り開き好調を維持する同社が、10月11日、ネットフリマサービス事業に参入。今ユーズド品の売買市場に目をつけた理由や狙いは何なのか。執行役員兼マーケティング本部長の田中順一氏に話を聞いた。
キーワードは新市場、スタッフニーズ、顧客IDの価値向上、循環型サイクル
アダストリアから新たに、ネットフリマサービスのプラットフォーム「ドットシィ」が登場した。出品者は、アダストリアグループのブランドスタッグやショップスタッフ。顧客がお気に入りのスタッフの出品リストからお目当ての商品を探して、購入できる仕組みだ。
同社はなぜ業界に先駆けてネットフリマサービスをスタートさせたのか。その背景には、新市場、スタッフニーズ、顧客IDの価値向上、循環型サイクルという4つの視点があったという。
執行役員兼マーケティング本部長の田中順一氏は「まず、これまでの主戦場であるBtoC市場に加えて、新たにCtoC市場にビジネス領域を広げてみたいと考えた」とした上で、アパレル企業ならではのスタッフのニーズが大きかったと話す。
アダストリアで働くスタッフの数は約1万人。皆ファッションをこよなく愛しているからこそ、私物として購入する洋服の量も多い。「そこで大きな課題となっているのが、クローゼットがすぐにパンパンになってしまってなかなか新しい洋服を買えないこと。溜まっていく洋服を何とかしたいという顕在化したニーズがあった。一方で、当社のスタッフはSNSでお客さまとつながっていて、スタッフのファッション、コーディネートを参考にしている方も多い。スタッフの私物を譲ってほしいと思うお客さまは少なくないと考えた」
両者をマッチングするこのサービスは、スタッフが抱える「溜まっていく洋服を何とかしたい」というニーズをダイレクトに解消する。
さらに、同社の顧客がリアル店舗やECサイトで商品を購入する際に利用しているIDで利用できるよう設定。「新たなフリマサービスでもこれまで通りのIDを使えることで、当社のサービスを利用する機会が増える。『ドットシィ』を投入することで、1つのIDの価値を高め全体の売上アップにつなげていきたい」と田中氏は話す。
4つ目は、アパレル企業が避けては通れない、循環型サイクルのニーズだ。自社商品のユーズド品を二次流通させることで、サステナブルな企業としての取り組みを強化したい狙いもある。
憧れの「スタッフ」を軸に洋服を探せる
サステナブルに対する意識の高まりやコストパフォーマンスのよさから、中古市場は成長している。一方で、フリマサイト最大手のメルカリをはじめ数多くのフリマサービスが存在する中、アダストリアの「ドットシィ」だからこその特徴はどこにあるのか。
田中氏は、「他社のサイトは“欲しい商品軸”で商品がずらっと並んでいるのに対して、『ドットシィ」は“スタッフ軸”で商品が並んでいるのが最大の特徴」と話す。
アダストリアのスタッフは従来からInstagramや自社EC「ドットエスティ」内の「スタッフボード」というコーナーに積極的にコーディネートをアップし、多くのファンを集めることに成功している。実際、「スタッフボード」を見て購入を検討する顧客も多い。「ドットシィ」はこの強みを生かし、フォロー中のスタッフを検索して、彼らが所有する洋服を直接購入できる点が大きな差別化ポイントとなっている。
実際に利用した顧客からの反応も、「憧れの人から購入できてうれしい」「顔の見える人から買えて安心感がある」といった声が届いている。
「この“顔の見える安心感”こそが当社の強み」と田中氏は強調する。「弊社のビジネスの根源は、リアル店舗で培ったスタッフと顧客との関係。その安心感をベースにネット会員となり、購入してくれているお客さまは少なくない。だからこそネットで商品を購入した後も同じように、人と人がゆるくつながり続けることを最も大事にしている」
リアルでもデジタルでも顧客に“フォローされる”ことは、スタッフにとっても大きなモチベーションになっているという。
スタッフと顧客のつながりをより深く
スタッフ側も着々と活用を進めている。リリース後約2カ月間で、約150人のスタッフが活用し、出品数は約2,000件程度にまで伸びている。最も多い価格帯は3,000~5,000円だ。
田中氏は「今後2年かけて育てていくことを目標にしている」と長期的に見ていく考えだが、スタッフからの出品数が増えていかなければ「ドットシィ」の取引量は増えていかないはずだ。
「あくまでも出品したい人に使ってもらえばいいと考えている。価格設定も含めてスタッフの裁量で自由に活用してもらい、クローゼット問題を解決しつつお客さまの役に立って喜んでもらいたい。フリマサービスを通じて、ネットでのつながりがより深まればと考えている」
EC領域での魅力をさらに高める
「スタッフと顧客のつながり」のほかに、「ドットシィ」のリリースによってどのような効果がもたらされるのか。
「より多くのお客さまから選んでもらえるECサイトになること。『ユーズド品と通常商品の両方を使い分けできるから、アダストリアで購入しよう』というように、選ぶきっかけの一つになることを期待している」
同社にとってはじめてのCtoCビジネスとして立ち上げた「ドットシィ」であるが、着想から1年以内という速さでリリースに至っている。2023年3~8月期も過去最高の業績を記録するなど好調が続く中、EC領域でより魅力を高めるための道筋も描いている。
「現時点で『ドットシィ』で出品できるユーズド品はレディスとメンズのみだが、カテゴリーを増やしてキッズやグッズなどを展開したり、お客さまに出品していただける形も将来的には視野に入れている。また、『ドットシィ』以外にもファッションから派生する周辺サービスも積極的に検討していく」と田中氏が語る通り、今後もスピード感のある挑戦が続く。