ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(東京都:U.S.M.H)傘下のマルエツ(同)は2月26日、千葉県船橋市に「マルエツ船橋三山(みやま)店」を新規開業した。同社が近年、その在り方を模索し続けてきた「体験型スーパーマーケットモデル」の1号店の位置づけ。コロナ禍で大きく変化した顧客ニーズへの対応や、デジタル化の取り組みに店全体で注力している注目店舗だ。その全貌を解説する。
「4つの価値提供」と「サステナブル」が店づくりの軸
船橋三山店は船橋市の南東部、京成本線「実籾(みもみ)」駅から徒歩約15分の場所にある。半径700m圏内の人口は1万7606人、世帯数は8266世帯。4人以上のファミリー世帯が比較的多く居住する、典型的なベッドタウンとしての性格が色濃い商圏だ。
競合店としては「カスミフードスクエア東習志野店」「マックスバリュ東習志野店」「ヤオコー船橋三山店」など首都圏の有力SMチェーンが軒を連ねる。自社店舗も至近にあり、2017年10月にオープンし、マルエツで初めて対面の総菜売場を設けるなど特徴的な店づくりが注目された「マルエツ大久保駅前店」と、「マルエツ東習志野店」が2km圏内に店を構えている。
こうした激戦の地に新たに出店した船橋三山店は、「体験型スーパーマーケットモデル」の1号店として、これまでのマルエツの店とは一線を画したコンセプトを掲げた店舗だ。
マルエツはおよそ2年前から「体験型スーパーマーケットモデル」を創造するための専門プロジェクトを社内で立ち上げ、売場づくりや商品政策、運営手法などについて練り続けてきた。その途中経過を落とし込んだのが20年9月にオープンした「横浜最戸店」(神奈川県横浜市)で、同店では生鮮と総菜を一体化させた売場・商品づくりに挑戦。そこでの成功事例や課題をもとに、「体験型スーパーマーケットモデル」の看板を掲げ、プロジェクトの集大成としてつくり上げたのが船橋三山店である。
参考:売場解説!マルエツが横浜最戸店で導入した「生鮮デリカ」を体現した新レイアウトとは
船橋三山店の店づくりの軸となっているのは、①鮮度、②商品との出会い、③ストレスゼロ、④繋がりという「4つの価値」を提供すること、そして店全体で取り組む「サステナブル(持続可能性)」を志向した商品政策(MD)や運営手法である。これらの軸に沿って、売場を見ていこう。
鮮度と地場商品との”出会い”を演出
まず①鮮度については、これまでどおり高鮮度の鮮度訴求に力を入れる。
たとえば、売場トップの青果では地元農家の朝どれ野菜を「農家さんの直売所」コーナーで展開。鮮魚では豊洲市場の専任バイヤーが買い付けた新鮮な魚介類を店舗に直送するほか、房総半島の漁港で水揚げされた地魚を当日15時頃から販売、一部は鮮魚寿司「魚悦」の商品としても加工する。
続いて②商品との出会いに関しては、千葉県産の商品を地元千葉で消費する「千産千消」のコンセプトを売場全体で掲げる。前述の地場野菜や地魚に加え、精肉では県内の牧場で飼育したマルエツオリジナルの「優夢牛」や、同じく県産豚の「いも豚」、加工肉も香取市の「恋する豚研究所」のハムやソーセージなどを展開。さらに日配品や加工商品でも、地元メーカーの商品を随所に差し込んでいる。
加えて、生鮮および総菜売場では、U.S.M.Hが一部店舗で導入を進めているデジタルサイネージ「ignica(イグニカ)」を設置。各売場の商品や生産者の情報などを発信している。また、ワイン売場では、ワインの味わいを数値データ化し、顧客の好みに合った商品提案を行うアプリ「SAKELAVO」と連動した売場を構築した。
マルエツでは初めて「オンラインデリバリー」に対応
③ストレスゼロを追求した売場づくりについては、U.S.M.Hのセルフ決済アプリ「Scan&Go」を導入。お客が自分で商品バーコードを読み取り、アプリ上で決済を完了することができるようにした。
また、船橋三山店ではスマートフォンやウェブ上で注文した商品を受け取れる「Online Delivery(オンラインデリバリー)」に対応。同じくU.S.M.H傘下のカスミ(茨城県)やマックスバリュ関東(東京都)の一部店舗では導入されているが、マルエツでは初めてとなる。自宅への配送だけでなく、クルマに乗ったまま受け取れるドライブスルー形式や、店頭に設置した無人ピックアップルームでの受け取りが可能。コロナ禍で非接触ニーズが高まるなか、多様な受け取り手段で対応する。また、オンラインデリバリーについては近隣の東習志野店、大久保駅前店と商品在庫や配送インフラを共有し、習志野市内の広い範囲でサービスを提供する。
さらに、店内で購入した商品を3時間以内に自宅へ配送する「らくらくクマさん宅配便」にも対応。配達料は通常200円(以下税抜)だが、2カ月内に15回利用(1000円)・3カ月内25回利用(1500円)できる「定額制パスポート」も用意した。
顧客と商品、顧客同士を”つなげる”機能を強化
そして、とくに新奇性のある取り組みが見られるのが、④繋がりを切り口とした部分だ。
マルエツは船橋三山店の出店に際し、”売場以外”の領域を「サービスエリア」として明確に区分。出入口、レジ、サービスカウンター、イートインスペースなどをひとまとめにして、顧客に寄り添ったサービスやコミュニケーションを図るための場所として位置付けた。
その拠点の1つとなるのが、イートインスペースの傍らに設けた「体験型ステーションMeet!」だ。ここでは、スタートアップ企業を含む各メーカーの最先端の調理家電を展示。設置されたタブレットや自分のスマートフォンを介して商品の詳細情報を閲覧できるほか、気にいればウェブ上でそのまま購入することもできる。取材日は最新鋭のヨーグルトメーカーや炊飯器、電気圧力鍋などが展示されていた。
Meet!は日本でも昨年から店舗展開が始まった米「b8ta(ベータ)」と類似したD2C型のサービスといえるが、マルエツは当面、メーカー側から手数料やインセンティブをとることはしない予定。店舗利用客と最新鋭の商品を”つなぐ”役割に徹する方針だ。
加えて、イートインスペースは「Cafe&Dine (カフェダイン)」の名称のもと、お客同士のコミュニケーションを促す新コンセプトで導入。店内で購入した弁当や総菜などのほか、カフェダイン内では「ミニストップ」のソフトクリームや、人気ドーナツチェーン「クリスピー・クリーム・ドーナツ」の商品、さらに店内調理の「バスク風チーズケーキ」「フォカッチャサンド」などのオリジナルメニューも販売する。また、新商品の紹介やメニュー提案を実演調理で行う「キッチンいーとぴあ」もカフェダイン内に集約した。
「代替肉」から「昆虫食」まで…サステナブルを意識したMD
他方、サステナブルを追求した店づくりにも力を入れる。売場では、「大豆ミート」など代替肉をコーナー展開するほか、総菜においても代替肉を使った商品を豊富に揃えている。また、日配売場では「蜂の子」「カイコのさなぎ」の佃煮を販売。世界的に「昆虫食」がブームになりつつあるなか、日本古来の昆虫食メニューを提案するというチャレンジブルなMDも展開している。
また、船橋三山店ではマルエツで初めて「フードドライブ」に参画。店頭に専用ボックスを常設し、顧客の家庭で不要になった食品などの寄付を募る。また、外箱の破損などにより品質には問題ないものの販売が困難な商品については、地元の寄付団体に届ける「フードバンク」の取り組みも行っている。
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このように、「4つの価値」の提供と「サステナブル」を志向した店づくりに挑むマルエツ。同社は船橋三山店の開業当日に大規模な組織改正も発表しており、今後新たな運営体制のもと、店、商品、そして顧客体験のさらなる進化を図っていくとみられる。
コロナ禍で軒並み好業績に沸くSM業界だが、好調の波に乗っているうちに「今後の自社の店のあるべき姿」を問い直し、それに向けた店づくり、MD、サービスのための積極的な投資を行うことも重要だ。その意味で、今回のマルエツの取り組みは、業界関係者にとって示唆に富んだ動きといえるだろう。