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地方百貨店生き残りへ問われる「目利き力」 「イバラキセンス」高ブランド化への挑戦

銀座、有楽町界隈は全国の自治体が特産物をアピールする「アンテナショップ」の集積地である。「ふるさと」感を押し出したアンテナショップが多い中、2018年10月にリニューアルした茨城県の「イバラキセンス」は一味ちがう。ショッピングモールや空港で見る有名百貨店のサテライトショップのような雰囲気だ。経営するのは水戸京成百貨店。地元逸品のトップブランド化にむけて、百貨店の得意とする「目利き」力がますます重要となりそうだ。

アンテナショップ集積地、有楽町にあるイバラキセンス。百貨店のノウハウがそこかしこに見られる

 茨城の逸品をトップブランドに

 「イバラキセンス」のコンセプトは「茨城の厳選された逸品を世界へ」。リニューアル前は、茨城県の特産物としてすぐに浮かびそうな納豆や干し芋などを揃えた典型的なアンテナショップだったが、「イバラキセンス」が目指すのは、茨城の逸品を世界に誇れるトップブランドにすることだ。インバウンドや富裕層が集まる銀座という立地を生かし、洗練かつ高級感を押し出すマーケティングを志向している。

 「イバラキセンス」は東京高速道路KK線(首都高に直結し銀座外周を走る無料道路)の高架下、外堀通りを銀座桜通りに入ったところにある。全面ガラス張りで店舗内が外から見渡せる。白地に金色の組子を配したファサードが印象的だ。ロゴデザインは六角形のバラ。ワンフロアの店舗に足を踏み入れるとまずは四季折々の催事販売が行われている。

 筆者が訪れたときには茨城県産の新鮮野菜をヨーグルトやジュレと一緒に楽しむフェアが開かれていた。その奥に定番商品の棚には茨城産のスイーツ等が並ぶ。向こうの壁面には笠間焼に代表される陶器、地酒などがある。百貨店でいえばデパ地下の銘菓・スイーツと雑貨フロアをまとめたような雰囲気である。

 物販フロアのさらに奥に、レストラン「BARA dining」がある。カウンター席の正面の壁は稲田石で茨城の観光名所、袋田の滝に見立てている。ランチタイムだったので季節限定の「あんこうの小鍋仕立て」(1,480円)を注文した。待つ間、お茶と一緒に「干芋羊羹べにこいも」が出てきた。物販コーナーにもあるので気に入れば買うことができる。

 アンテナショップにとってレストランは逸品のショーケースだ。百貨店でいえばデパ地下の試食がそれにあたる。東京の真ん中で茨城県の自然と文化ひいてはライフスタイルを体験し、茨城県の逸品の売り上げ拡大につなげる仕掛けがある。

 ブランド化を進めるために扱う商品の仕入れの基準も決まっている。選定基準の第1項は目利きによって厳選された茨城のいいもの、センスある逸品であること。ほかにも原材料が茨城県産であること、茨城県で加工していることなどの縛りがある。

 ここで地元百貨店の目利き力が頼りになる。量販店やショッピングモールが郊外進出し、ネット通販が伸長する中、単に駅前の大型店であるだけでは地方百貨店の経営が立ち行かなくなってきた。地元を知り抜き、洗練かつ高級志向の地方百貨店の生き残りをかけた新規事業としてアンテナショップは有望だ。

リニューアル効果あるも課題は集客

  リニューアルオープンから1年半経つが、高級路線の転換は集客面での課題もあるようだ。リニューアル後の半年間の1日平均売上高は物販、飲食合わせて60万円台。リニューアル前の「茨城マルシェ」のときは2014年度以降75万円、97万円、79万円、77万円と推移していた。初年度の収支をみると、10月オープン以降の粗利益高は計画の半分強にとどまった模様。人件費その他経費の約半分を県の委託費で賄う予定だったが、リニューアル工事の都合でオープン日が予定より遅れたこともあったので委託料を若干増やした。

 運営に関する委託費は2019年度予算ベースで8100万円ほどだが、201910月の茨城県議会議事録によれば広告換算額は2億8,000万円となり、「首都圏のメディアや消費者に本県のさまざまな魅力をアピールできた」と一定の成果はあったようだ。

 たしかに、「マルシェ」に象徴されるスーパーマーケット路線、産直テイストを前面に押し出した売場作りで売上の見込みが立ったのかもしれない。一方、高級路線と裏表の関係ではあるがアンテナショップの課題は、ブランド力の面では銀座の百貨店にかなわない「ご当地品」に品ぞろえが偏りがちであることだ。東京一極集中に歯止めをかけ地方創生が推進される中、重要なのは地元の食料品、工芸品を全国いや世界に通用するブランド品に育てることだ。その意味で「イバラキセンス」の高付加価値戦略は、着実に進捗していると言ってよいだろう。

 県の仕様書にはアンテナショップに期待される機能として物販、飲食、イベント、情報発信に加え第5の機能「フィードバック機能」がある。つまり、首都圏の顧客ニーズを収集し、地元出品者に改善提案アドバイスを提供することだ。先の議会答弁によると、購入者へのモニター調査による商品の評価を生産者へフィードバックした結果、デザインの変更や容量の見直しなど、これまでに約20品目の改善につながり、販売額の増加に結びつけることができたという。

 当初500品目だった取扱点数も着実に増やし、月20品目程度を入れ替えつつ現在は約1000品目という。リニューアルオープン以来下降傾向だった売上は10月以降反転し、201912月には1日平均72万円と「茨城マルシェ」時代と遜色ない水準まで回復した。

 自治体主体のアンテナショップの課題はアンテナが発信に偏っており、「受信」が足りないことだ。アピールするだけでなく、運営者が一定のリスクを取りつつ、地元産品の高付加価値化に向けブラッシュアップしていることが重要だ。百貨店の目利きを生かしたアンテナショップの挑戦に期待が寄せられる。

プロフィール

鈴木 文彦(大和エナジー・インフラ 投資事業第三部副部長)

仙台市生まれ。1993年立命館大学卒業後、七十七銀行入行。財務省出向(東北財務局上席専門調査員)等を経て08年大和総研18年から現所属に出向中。中小企業診断士。