今年3月、回転寿司チェーンのくら寿司(大阪府/田中邦彦社長)は、20年7月から養殖を行ってきた「オーガニックはまち」が、国際的基準に合致した「オーガニック水産物」として日本で初めて認証を受けたと発表した。日本ではまだ馴染みのない「オーガニック水産物」とは何なのか、くら寿司が「オーガニックはまち」の養殖を手がける理由は何か、同社広報の黒見繭氏に話を聞いた。
水産物にも広がるオーガニック
くら寿司は、1977年に大阪府堺市で創業した回転寿司チェーン。創業当初は持ち帰り寿司専門店だったが84年に回転寿司へ業態転換、4大添加物(化学調味料、人工甘味料、合成着色料、人工保存料)の不使用や、食べ終わった寿司皿で景品つきゲームが楽しめる「ビッくらポン」などのユニークな取り組みで人気を集めている。
「オーガニックはまち」とは、天然由来の飼料を使用し、魚にストレスを与えない環境で育てられた養殖はまちで、くら寿司がこの養殖を開始したきっかけは、18年に政府が農林水産物の国際競争力強化の方針を発表したことにある。とくに海外では一般的に流通している、「オーガニック水産物」を日本でも生産・輸出するため、国際的基準を満たす「有機(オーガニック)水産物養殖及び加工」の認証資格が新たに設けられた。これはオーガニック水産物の国内初の正式な規格で、くら寿司は「オーガニックはまち」でこの国内第一号認定を受けた。これにより、オーガニックを海外進出時のアピールとするほか、社是である「食の安心安全」に関する取り組みをより強化したいねらいだ。
厳しい認定基準を満たした「オーガニックはまち」
取り組み第一号にはまちを選んだ理由について、くら寿司広報の黒見氏は「非常に人気が高く、海外でも日本で水揚げされる代表的な魚として認知が高まっている。また、はまちは国内での養殖実績が多く、ノウハウが蓄積している」ことを挙げた。
「オーガニックはまち」の養殖を実際に行ったのは、くら寿司と長年取引をしてきた水産加工・販売業者である丸徳水産(徳島県/佐野木凡社長)だ。同社は、過去には徳島名産のすだちの果皮を配合した飼料で育てた「すだちぶり」や、ハーブ仕立飼料で育てた「ハーブぶり」などのブランド魚を商品化した実績がある。今回、くら寿司側の丸徳水産への高い評価と、丸徳水産のチャレンジ精神が合致し、実現に至ったかたちだ。
とはいえ、「オーガニックはまち」の養殖実現にはかなりの苦労があった。前述の認定を取得するためには、厳しい基準をクリアしなくてはならない。まず飼料は、持続可能な漁法で漁獲された天然の魚や、化学処理を行っていない天然添加物など使用できる素材がかなり限定されている。また養殖環境についても、高い水質基準はもちろん、オーガニック水産物とそれ以外の魚の養殖網を、物理的に80m以上開けることなど高いハードルが設けられている。
なかでも、既存の養殖場を使用することができないという、環境に関する基準はとくにクリアが難しかった。養殖に適切な場所はすでに養殖場として使用されている場合が多いため、「養殖に適切」でありながら、「既存の養殖場から隔離されている」という条件はある意味相反しているためだ。この条件を満たすため、くら寿司と丸徳水産が協力して探索、和歌山の「衣奈(えな)漁場」に新たに養殖場を確保、20年7月に「オーガニックはまち」の養殖をスタートさせることができた。
今後の展開と「オーガニックはまち」が目指すもの
「オーガニックはまち」は、21年12月に初回の50tが出荷される見込みだ。まずは国内のくら寿司各店舗で寿司ネタとして提供し、その後は食品スーパー(SM)への卸売りや海外店舗での展開を検討、それに伴って生産拡大を推し進める。また、鯛やサーモン、カンパチなど、他の魚種でもオーガニック養殖を展開する見込みだ。
しかし、前述の通りオーガニック養殖は、クリアするべき基準が多い。現状では、「オーガニックはまち」は通常のはまちに比べて養殖コストが高いため、寿司ネタとして提供する場合には通常のはまち一皿110円(税込)に対し、220円(同)での提供を予定しているという。今後は、一つの生簀に対して1日200kg、2~3人の人手が必要な餌やりを自動化・最適化するAIを搭載した自動給餌機の導入などでコスト削減を行い、徐々に生産量を伸ばしていきたい考えだ。
また、SMへの卸売りについては、「日本のオーガニック水産物市場はまさに始まったばかり。一般に流通、普及させることで日本の漁業の活性化や発展に繋がると考えている」(黒見氏)。今回の取り組みには、海洋資源の保護と漁業の活性化をめざす「漁業創生」を掲げる、くら寿司ならではの目線が活かされていることを語った。現在のところ「オーガニックはまち」はブランド魚として売り出し、まずは高級スーパーやオーガニックスーパーなどでの販売の可能性を探っているところだという。
今後の展望として、「くら寿司にとって、新たな事業のひとつと位置付けて育成していきたい。漁業の活性化はもちろん、日本の水産業が持つ力をもっと世界に発信していけたら」と黒見氏は話し、引き続きオーガニック水産物の生産に意欲的に取り組むくら寿司の方針を明らかにした。