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「VR×香り」の新体験が、マーケティングの常識を変える!

香りと臭いは、最新テクノロジーの活用によって、どのように一般消費者にアプローチすることができるようになるのか。香り&臭いビジネス・リサーチャーであり、香りマーケティング協会に所属する、渡辺昌宏氏は「2020年代は、嗅覚2.0の時代」と語り、自ら取材して歩いた日本を代表する研究機関、大学、企業における最前線の事例を紹介した。
(本稿は、2019年11月13日から15日にかけて開催された「香りデザイン東京」で行われた、「香り&臭い 最新テクノロジーの可能性と課題」と題する特別講演会<講演者:渡辺昌宏氏>での取材を元に執筆されたものです)

Photo by smolaw11

臭いを再現して伝えることができるようになる

 「嗅覚2.0」を構成するものとして、渡辺氏は(1)伝える=伝送、(2)体験=VR(仮想現実)、(3)見える化=センサをあげている。

 まず、「臭い」は、伝えることができるのか。

 色については、光の三原色を積み合わせることで、再現が可能だ。それに対し、臭いの場合、すべての臭いを再現するには40万種以上の要素臭(特定のにおい成分)が必要といわれている。そのためには、東京ビッグサイトサイズの超巨大デフューザーが必要になるという。バラの原臭(バラの臭いを特徴づけるための要素臭)は540種類あるが、未知の成分もあり、同じバラの香りを再現することすらも難しいのが現状だ。

 しかし、この分野の権威、東京工業大学の中本高道教授の研究によれば、20種程度の要素臭があれば、人が感じるレベルでの、「臭いの近似値」ならば、かなり再現できるのではないかということがわかってきた。

 生物の鼻には多数の嗅覚細胞があり、匂い物質が細胞に付着すると、ひとつひとつの嗅覚細胞が匂い物質により異なる信号を出す。この信号パターンを脳の中で認識し、どのような匂いかを識別すると考えられている。中本研究室では、このような生物の嗅覚機構をまねて、匂いセンサ(嗅覚細胞)により得た信号をニューラルネットワーク()を用いてパターン認識し、匂いの判別・識別を行うセンシングシステムを開発している。

 臭いの再現には、難度の高いものもあれば、オレンジ系のように、比較的再現しやすいものもあるという。ある特定の香りが再現できれば、2020年代に、デフューザー付きのスマホから、特定の香りの体験ができるかもしれない。

 

 VRに臭いの演出を組み合わせることで、リアルに近づく

 次に「臭い」の体験化だ。

 VRにニオイの演出を加えることで、視覚、聴覚によるVR体験をより、リアルなものに近づけることができる。

 2018年に開催した香りの展示会では、「VR×ニオイ」によるバレンシア大聖堂が展示された。VR世界のバレンシア大聖堂では讃美歌が流れ、最後のシーンでは教会内で焚かれている乳香のニオイが噴霧されるようになっていた。体験者約50人にアンケートをとったところ、78%が香りによって、リアリティが増すと回答。ある女性は「香りが入ったことによって、完全に聖堂内に入っている気分(=没入感)になった」と語っている。

 ゲーム機の世界では、すでに、VRゴーグルに「香り」をセットしたマシンが登場し、ユーザーからも支持されている。コーエーテクモウェーブ(東京都/阪口一芳社長)が開発した「VRSENSE」(https://www.gamecity.ne.jp/vrsense/)だ。

 アクションを体感させる「多機能3Dシート」、予想外の驚きを演出する「頭部タッチ機能」、VRに連動した演出を可能にする「足部タッチ機能」、炎の熱さを体感「暖機能」、氷山の冷たさを再現「冷機能」、雨や湿気など気候を感じさせる「ミスト機能」、そよ風から強風まで再現「風機能」を備え、8種類の「香り機能」を体感できるもので、対戦型、ホラー、ジェットコースター体験、競馬ジョッキー体感などのゲームが用意されている。

 通常のゲーム機に比べ、臭いに対する感覚が鋭い女性の利用者が目立つのが特徴で、開発時には「香りを飛ばす(消す)技術にこだわった」という。残香があると、どうしても効果が弱くなるからだ。渡辺氏自身も体験しているが、「爆発する瞬間に、火薬の臭い、突風、熱、が同時にくると、リアリティが格段に増す」と、素直な感想を述べている。

 それからもう一点、重要なことだが、「同じ香りであっても、シーンが異なれば、脳のイメージによって、別のものに感じる」ことがあるという。

 日本航空では、旅に出かける前に現地を体験できるデモマシンを開発している。「VR×ニオイ」により、ハワイを五感で体験するもので、「ガイドの女性に手をひかれ、ハワイを案内される」という感覚に浸ることができるという。

 海外に目を向ければ、10種の香りが体験できる世界で初めての、VRデバイス「Feelreal」(https://feelreal.com/)が発売されている。10種類の香りは、香水、バーベキュー、ゴムの燃える臭い、木材の燃える臭い、ティラミス、バラ、エスプレッソ、火薬、森、パチョリ(ハーブの一種)となっている。

 世界のVRAR市場は、2019年に168億ドル(1.8兆円)規模を見込まれている。奇しくも、ここ数年、せいぜい微増というレベルの世界の香料市場と同程度になる。それが2023年には、1223.7億ドル(17.3兆円)まで拡大するとの予測がある。そのうち1%でも「VR×ニオイ」が導入されれば、香料市場にとっては、大きな可能性になる。

 臭いの見える化 が進んでいる

 最後が「臭い」の見える化(センサ)だ。

 2019年、アジアで最大の家電展示会であるCEATECにおいて、太陽誘電(東京都/登坂正一社長)が、世界で初めて、犬レベルの臭いセンサを開発することを発表した。

 におい分子を感知する「嗅覚受容体」は、人間には400あるといわれている。犬はその倍の800、臭いにより膀胱がんを発見できると期待されている線虫は1200だ。ちなみに、麻薬、爆発物などを検知する犬の嗅覚は、人間にとっては天文学的なレベルで、銀河系で自分を探すくらいの精度が必要になるという。

 ところが太陽誘電の場合、臭いを吸着するセンサは16コしかない。しかし、麻薬や爆発物など、目的分野を限定しているから十分に可能になるのだ。同社では、1年以上前から、工場での油漏れ感知に利用しており、犬レベルの臭いセンサの開発には十分な期待がもてるという。

 臭いを検知するテクノロジーは、これまでにいくつも登場してきている。

 1999年にTANITAが発売した「ブレスチェッカー」は、息を吹きかけるだけで、半導体ガスセンターが口臭を6段階で判定するというもので、主にアルコールチェッカーとして利用され、延べ販売台数は250万台にのぼったという。

 センサを使用せず、AI(人工知能)を活用し、舌を撮影することで口臭を分析するのが、LIONの「RePERO」だ。画像データから、専用アプリが口臭を判定する仕組みで、現在のところ、団体単位でのみ、利用することができる。ホテルなど、接客がメーンとなる業界での契約が中心だ。

 臭いマーケットの可能性を感じ取り異業種から参入したのが、コニカミノルタの「Kunkun body」。3大体臭である加齢臭、ミドル脂臭、汗臭、さらに、くちのニオイの見える化を実現するものだ。

テクノロジーが臭いセンサを革新する 

 研究室レベルでは、東京大学竹内昌治先生の昆虫の機能を活用した「バイオハイブリッドセンサ」。臭い分子の選択制が抜きんでている蚊の嗅覚を利用したもので、臭い分子1個をイオンの電流として1000万倍に増幅することが可能なため、幅広い用途での利用が期待されている。「バイオハイブリッドセンサ」を搭載した超小型のドローンなら、たとえば、災害時に瓦礫の中に埋まってしまった人の捜索に効果をあげそうだ。

 臭いの検知で、もっとも期待されているのが、がんの検知だ。スマホでにおいをかぎわけて、がんを検知できるのではないか、という取組みを進めているのが、物質・材料研究機構の吉川元起先生だ。ただし未だがん臭の特定はできておらず、嗅覚の研究を進めるほどに「人の嗅覚はいかに、驚異的なテクノロジーであるか」に気づかされているという。

 テクノロジーによって、人間の鼻をつくることができるのか。人間並みの嗅覚を再現したセンサを開発できるのか。

 しかしながら、渡辺氏は次のように言う。

「いまから10年前に、ドローンの存在を知っていた人がどれだけいただろう。いまはドローンを知らない人のほうが珍しい。テクノロジーの進化は、それほど著しい。臭いセンサの世界でも、それと同じことが起こらないとは限らない」