2017年、兵庫県神戸市に開業した「パネホマレッタ」。元料理人のオーナーシェフが作る個性的なパンが評判となり、2021年には繁華街の駅近に、2号店「ピッコロホマレッタ」を展開。2店舗を併せても店舗面積16坪、売場面積はわずか5.5坪だが、合計で月商1400万円を叩き出す怪物店だ。その背景には、商品の味や個性はもちろん、リーン(油脂分が少ないパン)な食事パンの提供をやめ、惣菜パンと菓子パンに特化したこと、さらに2号店の出店で廃棄ロスを抑えたことなど、ビジネス的戦略が潜んでいる。
国産小麦、天然酵母、個性派がキーワード。
兵庫県神戸市JR元町駅を山手に約7分上がった閑静な場所に、2017年に開業した「パネホマレッタ」。オーナーシェフの西脇健介氏は、10代でフランス料理の道を志し、パン職人に転向。老舗ベーカリーなどで約11年経験を積み、独立開業を果たした。
4.5坪の売場に並ぶパンは、隙間なくぎっしり積み上げられ、約100品もの種類に目移り必至。テンションが上がることは間違いない。
パンの特徴は複数の国産小麦を使い分け、リンゴとブドウで作る天然酵母を配合する生地に、個性的な具材を掛け合わせている点だ。
例えば「いか×おくら×ゆずのキッシュ」(350円)は短冊切りのイカ、茹でてスライスしバジルペーストで和えたオクラ、刻んだ柚子皮の砂糖煮を加え混ぜたアパレイユ(卵液)をパイ生地に流して焼いたもの。
「鶏肉のコンフィ×きいちごフロマージュ バルサミコソース」(390円)は低温調理した鶏肉、ベシャメルソース、はちみつ入りバルサミコソースをハード系生地のパンに挟み、モッツァレラチーズをのせてフランボワーズを散らして焼いたもの。
いずれも主素材×ソースやチーズ+野菜などを組み合わせた味の構成が、素材を重ねて複雑味を出すフランス料理のようで、元コックらしい。随所に柑橘の砂糖煮やフルーツを忍ばせ、甘塩っぱいアクセントをつけるのも特徴だ。
看板になりやすい「食事パン」「食パン」が無い店
パンの個性が注目されがちだが、ビジネス戦略も注目したい。それは、一切の「食事パン」の提供をやめ、惣菜パンと菓子パンに特化したことだ。
「食事パン」とは油脂分や砂糖、乳製品を使わず、小麦粉と塩、水、酵母などでシンプルにつくり、パン生地にナッツやドライフルーツといった具材も混ぜ込まない、食事に合わせるパンを指す。代表格はバゲットやカンパーニュだ。未だ「固い」とか、「食べにくい」といった声もあるが、西洋料理の普及で一般家庭の食卓でも市民権を得、パン好きや同業者が店の実力をジャッジする際はまず、バゲットといった食事パンを見るという。作り手も食事パンは“腕の見せ所”といったイメージが業界では根強い。
そうした中で、西脇氏はバゲットを含む食事パンを提供しないことをコンセプトにしたのである。これは個人店としてはかなり稀有な事例だ。もちろん作ることはできるし、現在提供する惣菜パン、菓子パンに使うパンもバゲットに近いハード系パンやライ麦を配合するセーグルなど、食事パンとして売られるようなパンが多い。さらに来店動機に繋がり、ファンを囲みやすいとされている「食パン」の提供も本店限定で1種類に絞っている。
理由は、「リーン(油脂分の少ない)な食事パンは売れますが、大きいサイズの商品が多く、パン生地の量をたくさん使います。一方で惣菜パン、菓子パンに特化すれば、パン生地の量が少量で済み、数を多く作ってたくさんのお客さまに色々食べてもらえると考えました。食事パンが売りのお店は多いので差別化の意味もあります。また惣菜パン、菓子パンに特化することで1種しかない食パンが際立つと考えました」(西脇氏)。
食事パンは大きいサイズで焼くことでしっとり美味しくなるため、発酵させたパン生地の量で約300g〜1Kgの商品が多い上に、材料がシンプルな分、低価格で売られることが多い。
一方で惣菜パン、菓子パンは同じ生地でも1個70gに分割し、具材やソースで個性を出して付加価値をつけることで中心価格帯を1個300円前後に設定できる。つまり、同じ量のパン生地を製造しても販売できる個数と売上に圧倒的に差が出る。
同店では複数の素材やソースを組み合わせるため、原価率が40%強と高いが、前述の工夫と戦略から収益が出る仕組みとなっている。
また、クロワッサン、セーグル、ハード系、ブリオッシュなど、製造する生地の種類を7種類に絞り、100品に展開。生地1種につき、ソースや具材を変化させて10品から商品によっては20品に展開することでバリエーションを広げ、選ぶ楽しみを訴求している。
パンの深刻な廃棄ロスは、2店舗態勢で解決
神戸市の中心地からやや外れた官公庁が集まるエリアに位置することから、コロナ禍中はリモートワークする公務員が多くなり、大打撃を受けた同店。それまで1日に製造するパン2000個を売り切っていたが、客足が鈍くなり廃棄ロスが出るようになったという。そこで西脇氏は繁華街の駅近に、2021年1月、わずか3坪(売場面積は1坪)の2号店「ピッコロホマレッタ」を出店する攻めの姿勢に出た。
「廃棄ロスが出るということは、製造能力があるのに販売能力がないということ。そこで中心地に姉妹店を出し、販売拠点を増やしました」(西脇氏)。
本店で製造する100品2000個のパンから、2号店は食パンと冷蔵系サンドを除く、惣菜パン、菓子パン約30品を陳列。1日700個を、パンの売れ行きを見ながら3〜4回に分けて運搬することで売り切っている。
現在、月商は本店の「パネホマレッタ」が980万円、2号店「ピッコロホマレッタ」が450万円前後。集客数は2店舗を併せてもコロナ禍前の本店のピーク時より若干上回る程度だというが、廃棄ロスが激減し、売上も好調だという。強烈な個性を放つ商品や売り方に加え、柔軟な思考によるビジネス戦略が、コロナ禍でも強い店を作っている。