新型コロナウイルス感染防止のためのロックダウン(都市封鎖)などの影響をもろに受ける米小売業界。増加する需要を取り込んで業績を大きく伸ばす企業もあれば、思うような成長を果たせていない企業もあるなど、明暗が分かれてきた。コロナショックというこれまでに誰もが経験したことのないような緊急事態下で、各社はどのような動きを見せているのか。現地からレポートする。
食品の売上構成比が明暗を分ける?
米国の一部地域で新型コロナウイルスの感染爆発が起こり、ロックダウンやソーシャルディスタンシング(社会的距離)などの政策が各地で適用され始めた今年3月、米小売販売額は史上最悪となる対前年同月比8.7%の減少を記録した。店舗運営面でも消費者が食料品や生活必需品の買いだめに走ったことから、小売各社は商品確保や配送体制の急な見直しを迫られている。
こうしたなか、大手小売企業では株価や業績面で明暗が分かれ始めている。勝ち組の筆頭が米小売最大手ウォルマート(Walmart)で、全米で4700を超える店舗における3月の売上は対前年同月比で20%近くも上昇。コロナショックのなかで需要が急増している生鮮を含む食品の売上構成比が56%(20年1月期)と高いことが追い風となった格好だ。これを受けて同社の株価は対年初比で30%ほど上げている。
一方、年初から株価を12%も下げたのが、主要5商品セグメントの売上構成がそれぞれ17~24%とバランスが取れており、「小売の優等生」とも目されていた小売大手のターゲット(Target)だ。同社の生鮮を含む食品および飲料部門の売上比率は全体の20%にとどまる。コロナ危機で同部門の3月の既存店売上高は対前年同月比で約50%伸びた一方で、収益部門であるアパレルなど非食品系の売上はおよそ20%も落ち込んだ。
このため、全体の売上は3月に同20%増となったものの、「主力のアパレルやアクセサリーの不振が続けば、2~4月の第1四半期の収益低下は避けられない」と同社経営陣は言明している。一部の州では感染防止をねらって食品など生活必需品以外の商品販売を制限する動きがあることもターゲットには不利に働いているようだ。
そうした状況を打開すべく、ターゲットは食品・飲料部門の新しいプライベートブランド(PB)である「グッド&ギャザー(Good& Gather)」のラインアップを21年1月末までに2000アイテム以上に増やす方針を打ち出した。しかし、より需要の高い生鮮の強化が遅れていることが懸念材料であるとアナリストたちは指摘している。
配送能力の不足が露呈したアマゾン
一方、生鮮宅配を拡大しているECの王者アマゾンにとっても、コロナによる“巣ごもり消費”は有利に働いている。事実、アマゾンには注文が殺到、株価も年初から10%以上上昇している。
しかし皮肉にも、予期せぬレベルの需要の急増はロジスティック面における同社の弱点をさらけ出すこととなった。まず、爆発的に増加する生鮮や生活必需品の需要増のため、プライム会員に対する“約束”である数時間内の生鮮宅配やその他の商品の翌日配達が困難になっている。また、生活必需品の配送を優先したため、“不要不急”と見なされたカテゴリーの商
品やサードパーティーが出品した商品の配送が最大で1カ月も後回しにされ、顧客からの不満が相次いでいるのだ。
加えて、商品購入時に「あわせて買いたい」として表示していたおすすめ商品の提案を中止、値引きクーポンの配布数も絞りこんだ。5月の母の日や6月の父の日に向けたプロモーションも取りやめ、毎年7月に開催するアマゾン最大のセールイベント「プライムデー」は順延としている。とにかく配送量を減らすため、大きな商機をも見過ごさざるを得ない状況だ。合わせて、グーグル検索への広告出稿も削減、他社向け集荷配達サービスも休止するなどビジネスの規模を大きく縮小させている。
このことからアマゾンでは、想定の範囲を超えた事態であったとはいえ、コロナ危機が起こる前から配送センターや配送網のキャパシティにさほど余裕がなかったことがうかがえる。同社は17万5000人を新たに雇用し、傘下のSMホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)の実店舗からの配送を増やすなどの手を矢継ぎ早に打っているが、以前の体制にまで立て直すには至っていない。
ウォルマートがオンラインの勝者に
需要が急激に伸びるなかで意外にも苦戦するアマゾンを尻目に、オンラインの領域でも絶好調なのがウォルマートである。米データ分析企業の1010dataによると、ウォルマートの3月のオンライン売上高は9億ドルで、対前月比21%、前年同月比では99%も増加したという。
コロナショック下で実店舗の売上が伸びているとはいえ、ウォルマートでも感染防止を目的に入店者数の制限や営業時間の短縮などを行っており、そこで失った商機の一部をネットで取り返しているのだ。実際、モバイルマーケットデータ企業のアップアニーによれば、3月29日から4月4日の1週間でウォルマートアプリのダウンロード数が460%上昇したという。オンラインで注文した商品の店頭受け取りサービスもこうした状況下で好評だ。
また、ウォルマートは刻々と変容する顧客のニーズに応えることにも成功している。ウォルマートのダグ・マクミロンCEOは、「パニック買いの第1波は主にトイレットペーパー、そして第2波は主に食料品であったが、家で過ごす時間が長引くにつれパズルやゲーム、そして理髪用品、髭剃りやヘアカラーなどのパーソナルケア商品に売れ筋が移ってきた」と語っている。マスクを手づくりするためかミシンも「飛ぶように売れている」(同)という。
このように移り変わる売れ筋の商品群のほぼすべてをウォルマートはカバーしている。同社の売上構成は生鮮を含む食品が主力でありながら、非食品でも日用品やパーソナルケア商品、家電まで幅広いカテゴリーを扱う。そうした豊富な品揃え
に加えて、店舗とネットの融合を図るオムニチャネルの取り組みを強化していたことが、コロナ危機という未曾有の状況下においても強みを発揮した格好だ。
従業員や消費者の安全確保に各社苦心
ウォルマートはおよそ150万人の従業員を抱える、民間企業としては全米最大の雇用主でもある。3月には需要増に応えるべく新たに15万人の臨時雇用を発表、それでも人手が足らず4月にはさらに5万人を雇い入れると発表した。この合計20万人のうち10~15%は正社員に登用する計画だという。また、既存の従業員に対しても最低時給を2ドル引き上げるなど、“社会の公器”としての役割も果たしている。
他方、イリノイ州のウォルマート店舗では2人の従業員がコロナウイルスに感染して死亡し、遺族から訴訟を起こされるなどの困難にも直面している。ウォルマートに限らず、全米で数十人の食品小売店の従業員の死亡も報告されている。
小売店の従業員は、自宅待機を迫られるなかでも休むことが難しい「必須要員」だ。しかし彼らに対する適正な数のマスクや防御服、危険業務手当の支給などで、小売各社は対応の遅れを指摘されている。アマゾンでは感染者を出した配送センターを直ちに閉鎖しなかったとして、改善を求める従業員と経営陣が対立を深めるという事態にもなっている。
従業員と顧客の感染防止策にも各社は苦慮している。現在、米小売各社は買物客に対してマスク着用や、店内で他人と1.8m以上の距離を取るよう要請する一方、従業員にも毎日の出社時に体温を計測してもらうなど策を打ち出している。だが、発熱した店員の入店は防げても、たとえば無症状でやってくる感染客からの従業員への感染を完全に防ぐことはできないだろう。仮に来店客の体温を測ったとしても、熱のあるお客に入店禁止を命じると法的問題も生じるため、ウォルマートのダン・バートレット副社長は「政府が指針を決めてくればありがたい」との見解を示している。
有効なワクチンや治療法が確立するまで、コロナウイルスとの戦いは続く。感染の状況や当局の通達次第で事態はめまぐるしく変化していく可能性が高い。そうした“異常なニューノーマル”を生き残るためには、その時々の需要に合った商品構成の策定や、宅配を含む多様な販売チャネルを安定して提供することが求められている。