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第1回 カスタマーサクセスとは「いい買物したなあ」と言わせること

今さら聞けない!?小売業関係者が知るべき最低限のDXの知識

小売業で働く人々にとって、デジタルに関する知識の重要性がますます高まっている。本連載では小売業関係者が知っておくべき最低限のデジタルリテラシーについて、元野村総合研究所のコンサルタントでこゆるぎ総合研究所の鈴木良介代表に解説してもらう。第1回のテーマは「カスタマーサクセス」。初めて聞いた人、なんとなくしかわかっていない人は要チェック!

鈴木良介(すずき・りょうすけ)
野村総合研究所を経て、2020年独立し、こゆるぎ総合研究所を立ち上げ。ビッグデータ・IoT・人工知能などのテクノロジが事業・社会にもたらす影響の検討および新規事業立ち上げ支援を行う。著書に『データ活用仮説量産フレームワークDIVA』(日経BP、2015年)がある

 

カスタマーサポートと
カスタマーサービスの違い

 「カスタマーサクセス」という言葉をよく聞くようになった。これは、B2B向けのSaaS(サービスとしてのソフトウェア)を中心に発達した考え方だが、B2C領域の関心も引き寄せている。この3月にカスタマーサクセスに関する講演に登壇したが、食品、産業機器、インフラ、素材メーカーなど、さまざまな業界・業種の人が参加されていた。

 カスタマーサクセスに確たる定義があるわけではないが、つまるところ「買った後」に関する施策のうち、事業者側から能動的に行われるような施策であると理解している。カスタマー“サポート”は「トラブルが生じたときに連絡が入り、それを対処する」といったように受動的な取り組みだ。

 事業者側からいえば、「買ってもらったら終わり」ではなくて、「買ってもらった以上、うちの商品・サービスを使い倒して、最高に良い思いをしてもらいたい」という考え方と説明できる。「カスタマーのサクセス」という言葉にそのような意味が込められているのだろう。

 ただ、どうもカタカナで話をしていると、わかった気がすると同時にいかがわしさが否めない。「ビッグデータ」や「プレミアムフライデー」に似たようないかがわしさがつきまとう。カスタマーサクセスを日本語で表すならば、どのような言葉が一番ふさわしいか。

 それは、「いい買物したなあ」だと考える。

 お客さんが商品・サービスにお金を払い、家に持ち帰り、それを使い、ふと家族やSNSに「いやーいい買物したなあ」と、話してしまうような状況が作れることこそがカスタマーサクセスだろう。Twitter上で「いい買物したなあ」で検索してみてほしい。実に幸せな光景が表示される。

 B2Bであれば、会議で「あれは、いい買い物でしたよ」と担当役員に報告できるようなものだ。人によっては、「いい買物」というのが、価格評価と同じ意味で使うこともあるが、もちろんそうではない。「高かったけど、いい買物だったなあ」となるのが最高に望ましい。

お客さんが商品・サービスにお金を払い、家に持ち帰り、それを使い、ふと家族やSNSに「いやーいい買物したなあ」と、話してしまうような状況が作れることこそがカスタマーサクセスだろう。(写真はロイター/Mark Makela)

「いい買物」と
「いいもの」は違う

 ここまでで明らかなように、「いい買物」と「いいもの」は違う。「いいもの」は売り手が単独で企画することができるけれど、「いい買物」はお客さんの協力がなければ実現できないし、買う前につくりだすことはできない。「いい買物したなあ」は購入後にのみ発生する。また同じものであっても、買った後であっても、追加のコミュニケーションによって「いい買物」の度合いを高めることもできる。

 たとえば、ある耐久消費財メーカーは「売り物は一度開発したらなかなか変えられない。在庫商品はなおさらだ。しかし、初期ユーザの声を踏まえて、“ご利用上の注意”を加筆・変更はできる」と言っていた。これはアナログな施策であったけれど、カスタマーサクセスの一種と位置づけられる。

 このような「買った後に満足を高めるために介入する施策」は別に今に始まった話ではない。昔から、できる営業マンは売った後のケアがうまかった。証券営業も、生保営業も、ディーラーも、百貨店の外商も、へたくそな営業は金を払わせるところまでは丁重だけれども、お客さんが金を払った瞬間に「心ないサンキュー」とともに去っていく。

 ところができる営業マンは、「その後、不都合はありませんか?」とか「先日、お買い求め頂いたものが雑誌にも取り上げられていましたよ」とか、ケアがうまい。そのケアだけを見ていると一円にもならないのだけれど、ケアがうまくて、信頼を勝ち得るので、次の営業プロセスがスムーズに進む。へたくそ営業マンは、常に新規の刈り取りばかりをやっているので、後工程をケアする余裕がなく、目先の刈り取りばかりにリソースを割いている。

「いい買物」の重要性が
高まっている理由

 ではなぜ、この2021年というタイミングで「いい買い物したなあ」と思ってもらうためのカスタマーサクセスに注目が集まっているのか。大きく2つの理由がある。第一に「いいもの」に関するスペック向上や機能追加では、他社と差別化できなくなっているためだ。

 第二に、購入後に関係を継続するためのコストが下がっていることもある。製品自体がコネクテッドになったり、アプリを活用することで、購入後にお客さんとコミュニケーションをするコストが下がった。そのため「満足してもらうための介入を、購入後に行う」というプロセスがやりやすくなった。

 すると、いま支払ってもらっている範囲で十分な満足をしてもらい、「いい買い物したなあ」という思いとともに再契約・追加購買に進む、というプロセスを回そうという作戦を採れる。また、満足してもらえれば、他の人に対する推奨にもつながる。模式にすると下図のようになる。

 テレビや自動車のような耐久消費財だと「一周5年」のようにサイクルが長くなる。一方で、サイクルが短く後工程での真剣勝負を頻繁に行っている権化のような業態がサブスクリプションビジネスだ。「一周5年」だと、次の購入のことまでは考えられない気持ちもよく分かる。一方で、「一周1ヶ月」だと「おいおい、今月一度もログインしてなかったら、来月解約されるんじゃないの」といった危機感が高まり、満足してもらおうという強力な動機づけになる。

 これまでは購入・契約は「ゴール」だったかもしれないが、これからは「シード権の獲得」ぐらいに思っていたほうが良いのだろう。当該商材に関しては、お客さんに一番近い、一番良いポジションの中で、次の購入や契約の継続を目指す。このシード権争いがずっと続き、勝ち続けた事業者は、当該顧客からのLTVを最大化することができる。

 筆者はマーケティングの専門家ではなく、ただの「IT大好きおじさん」である。ITの活用によって提供しやすくなっている価値をどのように活かすのか、と考えたとき。マーケティング領域におけるカスタマーサクセスはとても相性が良いものであるように感じる。