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日常化するTOB、島忠の次はどこだ!?狙われやすい小売業とは

島忠(埼玉県/岡野恭明社長)に対するDCMホールディングス(以下DCM、東京都/石黒靖規社長)とニトリホールディングス(以下ニトリHD、北海道/白井俊之社長)によるTOB(株式公開買い付け)合戦が業界のみならず広く産業全般から注目を集めたが、TOBの件数は近年急増している。今回は「TOBで狙われやすい小売業はどの企業か」を解説し、その備えへの警鐘としたい。

淡々と進む島忠のTOB

 島忠をめぐる買収が粛々と進んでいる。

  DCMが下交渉を踏まえてTOBに踏み切り、その動きを見たニトリHDが後から、島忠株主にとって有利な価格を提示したことはご存知の通りだ。

  ニトリHDに対するメディアの反応には「後出しジャンケンではないか」という指摘もあったが、総じて批判的ではない印象だ。彼らの話題はDCMの対応、ニトリHDの今後の事業展望など純経済的側面に向けられている。コロワイドと大戸屋ホールディングスの応酬と比べれば、実に淡々と進んでいる印象だ。

TOBが日常化 企業価値最大化の三種の神器、出揃う

  これは日本でもTOBが日常化し、定着した証左と言えるだろう。また投資家はコロナ禍において経済利益を優先すべきである、ということを改めて確認したものと考える。

 そして筆者は2021年以降、TOBは件数面、金額面で益々増加すると考える。

  14年のいわゆる伊藤レポート、15年のコーポレートガバナンスコードの策定を契機に、企業経営者に企業価値最大化と株主資本コストへの意識づけが進んできた。そして並行してアクティビスト(いわゆる、物言う株主)やエンゲージメント投資家の活動が活性化してきた。

  しかし、これら投資家の影響力が顕在化するには時間がかかる。仮に彼らが至極真っ当な主張をしても、株主への多数派工作には時間がかかるうえ、現経営陣が対策を取る時間的猶予も大きい。アクティビストの提案が採用されても、その経済効果が出るにはさらに時間を要することになる。

  ところが、ここにきてTOBに寛容な潮流が生まれてきた。買収にともなう経営体制の変革とシナジーを通じて、買収標的企業の潜在価値を解き放つ道筋ができたことになる。しかも、標的企業の株主はその果実をすぐに手にすることができる。

  外部環境も追い風だ。金融機関は低金利下で貸出案件の発掘と手数料収入の確保を強く迫られている。

  20年を境に、「アクティビスト」「エンゲージメント」「TOB」からなる企業価値最大化と資本効率改善のための三種の神器が出揃ったと考えるべきではなだろうか。

 

TOB、狙われる企業の条件とは

  では、実際にTOBが増えるのか、潜在的な標的企業は多いのか。

  簡単なスクリーニングをする前に、島忠の置かれていた財務状況の特徴を列挙しておきたい。

 まとめると、島忠は、フローの収益力はあるものの、資産規模を生かしきれておらず、負債調達余力があるにもかかわらずそれを活用した成長戦略も採れていない、低稼働資産を減らし資産・資本効率の改善(およびそれに付随する株主還元)に大胆に舵を切っているわけでもなさそう、ということになる。これは、島忠の資産効率を引き上げるシナジーと成長の機会を提供できる買い手にとってはお得な買い物に見えるはずだ。

 

まだまだ残る、低EV/EBITDA倍率の小売企業

  ではスクリーニングをしてみよう。ここでは手もとの資料で、売上高経常利益率4%以上、EVEBITDA倍率が6倍以下の企業をのなかで、本稿の文脈に沿うものを抽出している。()内は主な業種。

  以上、8社抽出できたが、かなりの企業数ではないだろうか。TOBが定着化した今日、これら企業経営者は従来以上の積極性が問われる。資本効率を意識した収益力向上策と成長投資を着実に実行し投資家とのコミュニケーションによって彼らの理解を得ること、自らM&Aに打って出て再編の主導権をとることだろう。このように考えると多くの企業がリストアップされたホームセンター業界は、ポストコロナ禍を見据えながら、周辺業態を巻き込んでますます合従連衡が進むと思われる。目の離せない局面がまだまだ続きそうだ。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師