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LINEとヤフー… 進むEC各社の事業再編、小売業界は高みの見物で良いのか?

ヤフーによるZOZO買収、さらにはLINEとの経営統合、そして楽天の通信参入というように、Eコマース(EC)事業者による大型M&A(合併買収)や事業再構築が矢継ぎ早に行われている。リアル小売事業者への影響は果たしていかなるものか、そしてこの動きに対して、どう対応すべきなのだろうか?

ヤフー親会社のZホールディングスとLINEは11月18日、経営統合について基本合意したことを発表した

EC事業で急速に進む事業再構築

 国内EC事業者による事業再構築が進んでいる。

 「楽天経済圏」を構築し、強い顧客基盤を持つ楽天においては、目下モバイル事業だ。同社は通信ネットワークを他社に依存するのではなく、自前で運営する移動体通信事業者への脱皮を試みている。残念ながら世間で注目を集めているのは通信ネットワークの構築ペースが後ろ倒しになっていることであるが、筆者はむしろ楽天が不退転の決意でモバイル事業の自前化に取り組んでいることに注目している。楽天エコシステムというECと金融をクロスユースさせるビジネスモデルの将来に、自前のモバイルが不可欠だという楽天の認識が強く示唆されていると考えている。 

 一方、楽天以上にダイナミックな動きを示すのが孫正義氏率いるソフトバンク陣営だ。ECを担ってきたヤフー(現Zホールディングス、事業子会社としてヤフーを新設)は基幹事業であった広告とオークションに、ショッピングとクレジットカードをのせてきたが、最近ではスマホ決済のPayPayの拡充、PayPayモール・PayPayフリマの開始、アスクルの社長交代、ZOZOの連結子会社化、そしてLINEとの統合など足早に事業基盤の拡充を進めている。

小売事業者にとって、短期的には脅威なのか?

 こうしたEC事業者の展開は、立地を押さえ、商品を押さえ、規模のメリットを発揮しているはずのリアルの小売企業にどこまで脅威となるのだろうか。

  楽天について言えば、モバイル事業のもたつきはリアル小売への直接の影響はない。次にソフトバンクグループの動きで言えば、楽天における楽天カードに相当する決済手段をPayPayという形で浸透させPayPayエコシステムを作り、さらにLINEとの統合を実現してその採算も改善させる、つまり対楽天での戦線整備という見方ができる。確かに2社統合によってECに集客効果が出ることは間違いないが、本格的な効果を見るにはまだ早く、リアルの小売店舗の売上に影響が出ることはすぐにはないとも言えるだろう。

 したがって、リアルの小売事業者にはこれらの動きを短期的に重大な脅威と捉える向きが多くないかもしれない。

EC事業者の中期的な目論見を推察する

 しかし中長期的にみれば、こうした動きがリアルの小売業へ確実に影響を及ぼすことに異論は少ないと思われる。私なりに整理すると、EC事業者の中期的な目論見は次の通りではないだろうか。

① 品揃え・デリバリー・決済の領域で、リアルの小売事業者に対して少なくとも劣性ではなくなる。

②モバイルインターネットと金融決済基盤を活用し、消費者個人および消費者グループの嗜好・購買履歴を蓄積し、この点でリアル小売業者に対して優性に立つ。

③消費者個人に欠かせないポータブル・コンシェルジュとなり、広告から決済までの過程を丸抱えしトータルで収益を出す。自社モバイルユーザーには一歩進んだユーザー・エクスペリエンス(UX)を提供する。

  ①については、例えば楽天が自社の物流網整備を続けていること、ソフトバンク陣営が物流機能を持つアスクル・ZOZOを積極的に管理していることから察することができる。目指すところは、低コストで短納期で配送状況が可視化された配送体制の構築のはずだ。

  ②については、個人情報に関する法規制や個人の認識、ハード・ソフトの進化次第で実現にハードルができるかもしれないが、対価としてのメリットが明示されれば進んで情報を提供する消費者が存在するはずであり、インフォームドコンセント(事業者側から十分な情報を伝えられた上での、消費者と事業者の合意)があるのであれば社会が個人情報の活用の可能性を排除することはないと思われる。これによって例えばモバイルショッピングの検索・購買データ、SNSなどを介した広告・プロモーションに対する反応、リアルショッピングの決済データなどを一元的・有機的に活用し、消費者の変化するニーズを個人ベースでフォローすることになるだろう。ソフトバンク陣営の最近の動きは、まさにこの部分のデータ量で他社を引き離そうとするものだ。

  ③は、モバイル端末を介して常に消費者に寄り添いながら、広告・検索で稼ぎ、物販で稼ぎ、決済で稼ぐことだ。この接点の強さとマネタイズポイントの多さは従来型の小売事業者にはマネができないだろう。楽天が通信を不退転で取り組むのは、通信事業の寡占化された収益性に期待しているばかりではなく、専用アプリやカスタマイズ端末を通じてより使い勝手の良いモバイル体験を実現したいという意欲が見え隠れている。また、仮に金融事業での陣取り合戦が続き低収益が継続した場合でも、広告収益がこれを補い、EC事業者のエコシステムを維持・拡大する重要な養分になりそうだ。言いかえれば、EC事業者の小売事業とその関連の広告事業の取り組みは長期戦になり、リアル店舗小売業とのシェア争いが激化するのは必定に思われる。

小売事業者が今取り組むべきこととは

 以上を踏まえ、近未来にリアル店舗小売業が取り組むべきテーマは、EC事業者との長期戦を見据え、まず企業体力をつけること、商品力のリードを広げること、すでに手掛けている様々なサービスを今一度小売と連携し直すことになるだろう。言いかえれば、

 ということになるだろう。

 しかし、上で述べたように、EC事業者と対抗できる購買情報を得るのはたやすくない。したがって、かつてのTポイントのような購買履歴を共有できるプラットフォームを作り、他社との連携を図る必要に早晩迫られるだろう。また、EC事業者の傘下に進んで入るという選択をするリアル小売企業も出てくるだろう。さらにソフトバンク・楽天にモバイル事業で直接競争するNTTドコモやKDDIが、彼らの持つモバイルデータと決済を活用して次の一手を打ってくることも十分予想される。2020年は業界の垣根を超えた合従連衡の作り直しが錯綜しそうだ。

  なお、昨今の株式市場は資本効率と事業の戦略性について一段と厳しい目を企業に向けており、小売企業はその例外ではない。例えば、先日セブン&アイ・ホールディングスは長年の懸案だった総合スーパー(GMS)や百貨店の構造改革方針を改めて打ち出し、ファミリーマートも人員削減の方針を示したが、株式市場の評価は今のところ芳しくない。

 自らのイニシアチブで出店やM&Aをできるのか、自律的に競争優位のある事業への絞り込みができるのか、適切に外部資源を使いこなせるのか、スピード感はあるのか−− リアル小売企業の経営陣に対する要求はますます強まりそうである。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師