ミツカンの「味ぽん」。鍋料理のお供として、シェアNO,1を誇るぽん酢醤油だ。その原点として、1960年から発売している調味料が柑橘果汁と酢を合わせた「ぽん酢」である。こちらも鍋料理のお供やつけだれの定番だが、ここ数年、「ぽん酢」を割り材に使った「ぽん酢サワー」が大衆酒場で話題だ。最近では飲食店街とのコラボレーションやグッズ販売など、新たな展開で売上を伸ばしている。まさかのドリンク転用の裏側には、どんな経緯やマーケティング施策があるのか。商品PRを担う佐藤夢紡(さとうむつみ)氏に聞いた。
偶然生まれた「ぽん酢」の割材アレンジ
「ぽん酢サワー」が生まれたのはコロナ禍、2020年11月頃だ。きっかけは、東京・幡ヶ谷にある串カツ店の店主が「味ぽん」と間違えて「ぽん酢」をオーダーしたことにある。使い道に困ってサワーの割り材にしたところ、評判になっているのを前PR担当者が目ざとく見つけたという。
「それまではぽん酢を使うメニュー提案をして、商品そのものを販売する“モノ起点”のマーケティングをしていた。だが消費者ニーズがどんどん細分化する中で課題感があり、昭和レトロがもてはやされていた風潮も手伝って、 “コト起点”の提案方法をクチコミや検索で探していた」と現PR担当の佐藤氏は語る。そうしてこの、「ぽん酢を飲む」というアプローチに目をつけたのだ。
発見時、「ぽん酢サワー」は串カツ店から口コミで広がり、すでに熱量の高いファンが生まれていた。なかには「ぽん酢」にボトルキープのように名前を書いて棚に並べる店も……。そこで前任者は、ファンの活動を後押しする施策を考案した。
最初は、SNSで“エゴサーチ”をして、「ぽん酢サワー」に関わるコメントや写真にイイネやリポストをしたり、ポスターやグラス、コースターを作成したりして、取り扱い店にプレゼントするところからはじめた。22年には、「ぽん酢サワー広め隊」と称して、酒場で宣伝してくれるファンをX(旧ツイッター)で募集。#をつけて「ぽん酢サワー広め隊」とツイートした人には、その肩書きの入った名刺やステッカー、Tシャツなどをプレゼントして協力を仰ぎ、巻き込んでいった。
「頼もしい仲間が多く得られたのは、『ぽん酢サワー』がニッチな分、“自分だけが知っている”という優越感にあったのでは」と佐藤氏は振り返る。その後、サッポロビールの焼酎「こくいも」とのタイアップキャンペーンでグラスプレゼントを企画したところ、Xのフォロワーが2,000人から2万人に激増、導入店も増えるなど、認知が一気に広まった。
ちなみに、このグラスをはじめとするオリジナルグッズには、「ぽん酢」の「ぽ」を書体そのままにトレースしたロゴが入っており、通称「まるぽ」と呼ばれている。そのかわいさを入口にファンになる人もいるそうだ。
味やヘルシー感よりも「行為」が魅力
このような施策をはじめた20年11月を境に、「ぽん酢」の売上は市販用、業務用とも右肩上がりを続けている。「ぽん酢サワー」の飲食店での取り扱いは24年2月末時点で、1500店を越えた。
ここで改めて、「ぽん酢サワー」の魅力はどこにあるのだろうか。「ぽん酢」は、複数の柑橘の果汁と、酢と合わせた調味料だ。サワーの基本レシピは、ぽん酢:酒:炭酸水=2:3:7の割合。酒の酒類に決まりはないそうだが、ミツカンが推すのはウォッカやジンなどの蒸留酒だ。
砂糖が入っていないため甘さがなくすっきりとした味わいで、2杯目以降、食中酒として味わう人が多いという。元々が調味料のため、料理との親和性も高い。
また、飲んでいる層は40代男性が中心だが、若い女性ファンも多いそうだ。選ばれる理由について佐藤氏は、「小瓶入りの調味料とお酒、炭酸水をアレンジする楽しさ、“あえてぽん酢を飲む”という面白さがウケているのでは」と説明する。砂糖なし、酢入りのヘルシー感も選ばれる理由だそうだが、最初の入口はあくまでも前者だという。
ぽん酢サワーの聖地をめざして
ファンのあと押しにより、酒場で一定の市民権を得た「ぽん酢サワー」。今、さらにそのB to B戦略を強化している。その一環として22年から実施しているのが、荻窪、阿佐ヶ谷など、大衆酒場の多い飲食店街とのコラボレーションだ。イベントに協賛するほか、界隈の飲食店でグッズを配布することで、「聖地化」を狙っているという。
「エリアを絞ることで“大衆酒場にあるお酒”というブランディングをすると共に、知った方が他の店に広めてくれる循環が生まれている。数珠つなぎの糸口を作り続け、浅草にある『ホッピー通り』のように象徴的なエリアに育てたい。そうすれば、『あそこに行けばぽん酢サワーが飲める』というタッチポイントになり、より盛り上げられる」と佐藤氏。
コラボレーションは首都圏を中心に展開しており、23年からは大阪・新梅田にも拡大。今後は他の居酒屋集積エリアでの展開も視野に入れている。一方でグッズは、「ハンズ」や「ロフト」など大型雑貨店に不定期でポップアップ出店。こちらの狙いは、大衆酒場にはあまり訪れない、情報感度が高い若年層への認知拡大だ。佐藤氏は、「商品をただ置くのではなく、新しいものを発見した驚きや楽しさなど、体験価値を生み出せる場所でのPRに注力している」と強調する。
現在の目標は5年後、設置店数1万店。全国の下町酒場で愛されるドリンクをめざしている。
酒類メーカーとのタッグで「サワー缶」も
ミツカンはこれまでにをローソンとタッグを組み、缶チューハイの「ぽん酢サワー」を発売した実績を持つ。 「ありがたいことに酒類メーカーからぽん酢サワー缶や素を作りたいという問い合わせを複数いただいている」と佐藤氏。さらに「宅飲みは、これからファンを拡大するにあたって、絶対に通らないとならない道だと思っているため、しっかりと取り組んでいきたい」と未来を見据えた。