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マーケティング活動とは別物「マーケティング・マネジメント」で激変時代を乗り切る!

 「激変時代の小売マーケティング」というテーマで連載をするにあたり、初回は私の課題意識と、変動期を迎える中で重要だと感じている「マーケティング・マネジメント」についてお話ししたい。

 まず、「マーケティング・マネジメントとは何か」だが、「マーケティング活動を行う」ということと、「マーケティング・マネジメントを行う」というのは別のことである。単純に言えば、顧客調査を行い、その結果に基づいてプロモーション活動を行っていれば、「マーケティングを行っている」といえる。

 一方、マーケティング・マネジメントとは、それらの活動をPDCAで運用するための仕組みや管理・組織体制である。会社としての顧客理解に基づく戦略に従って店・売場までの一貫性が実現できるようなプロセスがあり、適切に運営・管理ができているかということである。

市場・顧客の理解が複雑化する中、生き残るための教科書として今「マーケティング・マネジメント」が求められている(写真はイメージ、metamorworks/iStock)

 長年続いたデフレのパラダイムがコロナや世界情勢の影響で断ち切られ、転換期に突入しインフレへと変わった。転換期に、顧客である消費者の変化を把握しそれを施策に結び付けなければならないが、刻々と変化する中で軌道修正をするためには、PDCAが必要である。マーケティング・マネジメントはそのためにある。

 欧米ではこのマーケティング・マネジメントが「教科書化」され、さまざまな企業で展開されている。筆者はP&GでECR(消費者に対する効率的対応)推進のプロジェクトメンバーとなったことがきっかけで、それを行っている欧米の小売業やその教科書を作成した人たちと仕事で関わるなかで多くの知見を得た。国内でも、実務や小売の業界団体での業務改革プロジェクト、あるいはコンサル会社勤務を通じて多くの小売業の課題と向き合う機会を得た。その後、実際に英国テスコの日本法人のマーケティング部門で働くことになり、実務として携わった。この経験をもとに、激変時代の中でマーケティング・マネジメントがなぜ必要か、実現のポイントについてこの連載の中で論じていきたい。

マーケティング・マネジメントが生まれた背景

 なぜ欧米小売業がマーケティング・マネジメントに取り組み始めたのか。

 日本は約30年前のバブル崩壊を引き金に、経済そのものが大きな転換期を迎えデフレ時代が始まった。バブルは単なる引き金にすぎず、本当に起こっていた問題は、「社会の成熟化で起こっていた消費者ニーズの多様化」であった。これに応えるためにマーケティングは細分化され、複雑なものとなった。このためそれまでの方法では管理しきれなくなり、高コストで非効率になってしまった。

 この「社会の成熟化に伴う消費者ニーズの多様化」は日本だけで起こったものではない。市場成長が停滞し先進国の多くがデフレとなり、バリュープライスと呼ぶ低価格とそれを実現するためのローコスト・オペレーションが経営上の大きなテーマとなったのである。

 その結果、BPR(ビジネス・プロセス・エンジニアリング)を成功した企業が勝者となった。いわゆるECR推進で、欧米のコンシューマー・ビジネスでは多くの小売業や製造業がこのアプローチに取り組んだ。

 ECRではサプライチェーンマネジメント(SCM)の話が取り上げられることが多かったが、欧米の小売業は同時にマーケティング・マネジメントのモデルを構築することで成功を収めた。

 成熟化がマーケティング・アプローチの細分化を招き、結果として施策の成功率を低くし、顧客である消費者が求めるものが適切に店頭で提供されなくなっていた。この状況を立て直すために、変化する消費者を理解し自社の販売施策にどうやって適切に反映するかが課題となった。

 この課題解決のため、IT技術の進歩によって容易になったデータ活用を実現するプロセス構築が始まり、モデルがつくり上げられた。

 大量のデータ分析をサポートする大容量のデータウエアハウス(DWH)とビジネス・インテリジェンス・ツール(当時はOLAPと呼ばれた)が普及したのもこの時期である。さらにWEBなどによりデータ交換が技術的に容易になり、小売とメーカーとの販売施策におけるコラボレーションの実現のためにもお作法となるモデルが必要とされた。

 POSレジが1970年代に登場してから、そのデータ活用機会について模索されてきたが、実際に実現するのは90年代に入ってからだ。市場データとの比較による機会分析や、自社の実績評価への活用がマーケティング活動のモデルの中で確立したことによる。IT技術の内容は今とはまったく異なるが、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の先駆けである。

 その後モデル化されたことが弾みとなり、小売業でのマーケティング活動は広がりを見せ始めた。プライベートブランド(PB)の開発はターゲット顧客に対するポジショニング戦略に基づいて行われ、顧客カード分析と活用や、売場の開発などに広げられ、それを実現した企業が勝ち組となった。

なぜ今、マーケティング・マネジメントなのか?

 「マーケティング・マネジメント」はデフレ期につくられたモデルなので、「いまさら」と思われるかもしれない。しかしマーケティングにインフレもデフレもない。

 ポイントは複雑化している市場・顧客の理解を整理して計画立案に活用し店頭施策に反映させる方法論である。なおインフレとデフレでは市場状況や顧客の購買行動が変わるので、その違いを反映すればよい。

 冒頭で「インフレに流れが変わった」と述べたが、状況は単純ではない。実質賃金は2024年3月まで24か月連続でマイナスだ。4月以降の賃上げが5%といわれておりこの数字が反映されると改善されるだろうが、あくまで「平均」の話である。賃金アップは個別企業や産業によって異なるので、所得の二極化はさらに進むだろう。

 ある大手証券会社のレポートでは、主要企業の多くが直近の決算では増益という結果だが、価格転嫁が遅れた業界は業績が落ち込んでいるという。好況に沸く株式市場の恩恵を受けられる人は限られている。成長力を失った産業の厳しい現状は変わらない。購買力の格差が生まれる状況に対して、値上げの一方でPBなどの低価格品に力を入れ始める動きが出ている。

 こういった大きな市場変動が起こる中で、細かい各論レベルになればそれぞれの動きは異なってくる。地域の盛衰もあれば、個人レベルの盛衰もある。そういった変化に対応するため、各企業は施策の取捨選択を迫られることになる。

 マーケティング活動がモデル化されていなければ、どういう顧客層に、どういう施策を行って売上をつくってきたかが把握できない。そのため、顧客層がどう変わってきているから、この施策ではなく別の施策に切り替えることのよい影響と悪い影響が吟味もできない。取捨選択ができない、あるいはわかっていても実行に移せない。

顧客層の変化に合わせて、施策を切り替えることの影響を吟味するうえでも、前提としてマーケティング活動のモデル化が重要だ(写真はイメージ、Hakase_/iStock)

 表舞台から去った企業を見てみると、「マーケティング活動のモデル化の有無」が明暗の分かれめとなっている。議論の入口として判断材料が整理されていない、さらに結論を導くためのお作法がないので議して決せずのまま、時の流れにのまれてしまうのだ。それが失われた30年の根底にあると私は考えている。

 かつてデフレに転換したことが引き金で、日本を代表する大手小売業に起こったことを振り返っていただきたい。

 デフレが始まってからコロナまでは、市場のダイナミズムに大きな変化がなかったので、従来の延長線上の発想でもなんとかなった。現在はすでにダイナミズムが変わり始めており、過去に経験したことのない市場の流れが生まれつつある中では、これまで持っていなかった手法や、能力を獲得しないで生き残れると考えるのはいささか楽観的に思える。

 ということで、次回以降は、このマーケティング・マネジメントのモデルと、それを活用するためのアプローチについて紹介していきたい。

StratModel・楢村文信(ならむら・ふみのぶ)
●1989年神戸大学卒業後、P&G日本法人に入社。ECR推進や取引制度改革に従事する一方、業界団体でB2BのためのIT標準化やカテゴリー・マネジメントを推進。P&G在職中に学習院経済研究所客員所員を務め産業構造や商慣行の研究に携わる。P&G退職後、野村総合研究所、テスコ日本法人を経て、エスエス製薬に入社し事業再生推進担当として営業改革、トレード・マーケティング、ショッパー・マーケティングなどを担当。2024年4月に退職し、現在はフリーランスのコンサルタント