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ファミマが放出時、PPIHによる809億円自社株買いが二重の意味で「もったいなかった」理由

ポスト・コロナの変化対応力を試される小売業界

コロナ禍が節目を迎えつつあると感じます。

ワクチン接種の進行、ワクチン開発の短期化および治療薬開発の加速で目先の行動制限の緩和が期待されるだけではなく、今後変異株が再び流行してもこれまでのような長期ステイホームを余儀なくさせられる可能性は低くなると考えます。

人が移動し、マチが活性化し、経済活動が平時に戻る。コロナ禍の出口が見え始めたと思いますが、いかがでしょう。

しかし、ポスト・コロナ=プレ・コロナ、つまり元に戻ると考えることは難しいと思います。

筆者の見立てでは、テレワークの定着は不可逆的で、人々のライフスタイルは元には戻らない。その結果、従来の商圏の概念は変容し、消費者一人ひとりの行動を捕捉してきめ細かに需要喚起を行う仕掛けが必要になると思います。小売業は従来にも増して、価格、利便性、付加価値のうちどれで評価される企業をめざすのか、軸をしっかり固め直すべきだと僭越ながら考えます。

ポスト・コロナを見据えた変化対応力が試されるこの9月、筆者には気になるニュースがありました。伊藤忠商事傘下のファミリマート(東京都)が保有するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH、東京都)株を売却することになり、PPIHが自社株買いでこれに応じた出来事です。

PPIHによる自社株買い

この自社株買いは大規模でした。発行済み株式数の6%相当にあたる3800万株を一株あたり約2100円、総額809億円で実施されました。

本件後、ファミリーマートはPPIH株を3300万株保有(発行済み株式の5.55%)することになり、大株主順位は第2位から第5位に低下します。

資本の面から見れば、ファミリーマートはPPIHから距離を取り始めたことになります。他の株主と一般投資家が色々考えをめぐらせることは必至です。

ファミリーマートの狙いとPPIH投資家の思惑

ファミリーマートの狙いは明確だと筆者は思います。伊藤忠の目指す川下戦略の橋頭堡であるファミリーマートは、その資本強化とデジタル変革(DX)対応の投資原資捻出が待ったなしだからです。

とはいえ、PPIH株を継続保有した場合のメリット・デメリットとの比較衡量をしたはずです。その結果、PPIH売却すべしとなったわけなので、PPIHの株主・投資家の関心は、ファミリーマートがPPIHの業績・株価に下した判断結果に向かいます。

大株主のファミリーマートといえどもどこまで重要情報を知っているのか分かりかねますし、彼らの判断結果自体が開示されることはないでしょうから、答え合わせはできません。しかし、収益管理を徹底する伊藤忠グループの判断であるだけに、一目おくべきだと多くの投資家は素直に考えたはずです。

PPIHでは郊外ディスカウントストア事業と総合スーパー(GMS)事業の好調および海外事業の成功の萌芽というプラス材料があるものの、祖業といえるディスカウントストア事業で苦戦が続きます。インバウンドの蒸発と都心店舗での人流制限の影響により既存店売上高の対前年同期比マイナス傾向が続いています。投資家はこの認識を踏まえてファミリーマートの決定を受け止めています。

売り出しではなく自社株買い

この状況でPPIHは相対での自社株買いを選択しました。

理屈を言えば、自社株買いで経営陣の自信を示し、自己資本圧縮による資本効率の改善と資本コストの低減効果を狙ったということかもしれません。

しかし、筆者の感想は「もったいない」でした。

自社株買いがもったいない理由

筆者の考えを列挙します。

まとめると、今回PPIHは、投資家と成長戦略について共通の理解を深め株主層の拡充を図る機会を見送り、本来成長原資に回すべき資金を自社株買いに充当した、二重の意味でもったいない決定をしたと筆者は思います。

PPIHに今から期待すること

自社株買い発表後、PPIHの株価は下落しました。当然の推移だったと思います。

幸い9月末に香港での回転寿司事業開始を手がかりに株価は反発しています。

ただし、この流れを定着させるには、ディスカウントストア事業の強化について詳細なプランを提示すべきだと思います。いずれ人の流れが戻り、インバウンドも回復すると思いますが、待ちの姿勢は同社らしくありませんし、しかも消費の動きはコロナ前には戻らないというのが筆者の見立てです。一方、銀行を初めリアル店舗削減の動きが活発化しており、PPIHにとっては出店余地が増えていると考えます。

そこでぜひディスカウントストア事業で今後を見据えた店舗のスクラップ&ビルドを一気に進めていち早く既存店売上を回復させて欲しいと思います。あるいは、個店経営を改めて深堀りし、店舗ごとにもっと大胆に商品構成に濃淡をつけるのが良いのかもしれません。

ファミリーマートは残りの保有株も一年以内に現金化してくると筆者は予想します。その時はぜひ自社株買いではなく、成長期待を高めて売出しをしてくれるものと筆者は考えています。

「資金はできる限り成長に振り向ける」ーこれがPPIH株主のマジョリティの総意ではないでしょうか。
 今こそ、PPIHの変化対応力を誇示する絶好の機会が来ています。

 

プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師