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丸井、ドンキ、米・カベラス エンタメ系小売が教える「リアル店舗の価値」とは

エンタメ業界の本質は小売ビジネス

 個人的な話だが、筆者は趣味が高じて専門誌に寄稿するほど音楽が好きで、ライブハウスに入り浸る生活を送ってきた。音楽そのものを聞くだけではなく、ライブ会場に行くという“経験”を消費していると感じている。

 かつて、あるアイドルグループをプロデュースする事務所は、なによりも固定ファンの重要性に気づいたという。ライブに足を運んでくれる人々の存在がなければ、収益も人気も安定しなかったからだ。そこでファンの属性を分析し、ライブのたびにファンの座席を居住エリアごとにまとめたそうだ。ライブが終わったあとに“ご近所”のファン同士でライブの感想を語り合いながら帰り、ファン間の関係性を強固なものにさせるというねらいからである。コミュニティが結束すればそれだけライブに足しげく通うファンも増え、結果としてグッズの売上も拡大できるというわけである。

 音楽関連のビジネスでは、このグッズ販売が重要な収益源となっていることはよく知られている。たとえば、英国の有名ロックバンド「ローリング・ストーンズ」は、バンドのロゴが入ったTシャツが莫大な利益を生み出している。音楽以外でも、ディズニーランドやUSJなどのアミューズメント施設では、チケット収入だけでは収益化は難しく、飲食やグッズの売上が利益の源泉になっている。

 見方を変えれば、彼らはエンタメ産業のように見えながら、本質的には関連グッズで儲ける小売ビジネスとも解釈できる。スーパーマーケットがチラシを配って店で商品を買ってもらうのと同じように、アーティストが歌ったり、“最恐”のジェットコースターを売りにしたりして集客を図り、グッズを買ってもらって利益を出すという仕組みである。

丸井、ドンキ、米カベラス…エンタメ系小売の躍進

 前置きが長くなったが、この文脈で私が注目するのが丸井グループだ。同社は百貨店を運営しているが、商品を売り込むことを第一としない、むしろ「売らない店」を志向しているともとれるコンセプトが興味深い。

丸井グループの「売らない店づくり」は今後のリアル店舗の価値を考えるうえで重要な意味を持つ

 昨今丸井グループが注力しているのがD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)の取り組みだ。消費者と直接接点を持ち商品を販売するD2Cブランドを次々と誘致しており、丸井の店舗はショールーム化しつつある。店舗は「商品との出会いの場として楽しんでもらう」という役割に徹し、その場では購入に至らなくても、その後でECサイトで買ってもらうという考え方である。

 エンタメ性の高い店づくりのパイオニア的存在として、「ドン・キホーテ」も忘れてはならないだろう。運営元のパン・パシフィック・インターナショナル・ホールディングスの2021年6月期の決算は見事に増収増益。コロナ禍でのインバウンド消失の影響を強く受けて事業ごとでは結果に凹凸があったものの、価格の安さ+(一部店舗での)生鮮を含む充実した食品の品揃え+“魔境”とも称される圧縮陳列とそこに並ぶ謎めいた商品の数々、というドンキ流のエンタメ性の高い店づくりは、まだまだ支持を集めているようだ。

 他方、海外では米アウトドア専門店のカベラス(Cabela’s)に注目したい。同社の店舗は物を買う場所というよりも、ほとんどアミューズメント空間である。店内にはおびただしい数の商品に加え、趣向を凝らした装飾物が至る所に置かれており、「いるだけで楽しい空間」を演出しているのだ。

 昨今はコロナ禍もあってECの勢力拡大ばかりに目が行きがちだが、リアル店舗の重要性は失われていない。ある調査データによると、2021年の米国における大手小売店の閉店数は2649、一方で新規開店数は3344にいたるという。

 ECの利便性の高さと差別化するうえでも、これからのリアル店舗は暇な時や休日などに「とりあえずあそこに行ってみようか」と思われるような店にならなければならない。その意味で、店づくりの参考にするべきは競合他社だけでなく、ディズニーランドやUSJなどのアミューズメント施設や、ライブや大規模イベントといった、エンタメ空間なのかもしれない。