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DXを実現するためにトライアルが実施した組織体制の変革とは

トライアルホールディング(福岡県/亀田晃一社長)傘下でIoT/AIソリューションの開発に携わるRetail AI(東京都)の社長である永田洋幸氏が、デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するための戦略を解説する連載「トライアルグループ DX改革の秘訣」。第2回では、トライアルグループがDXを実現するにあたり実施した組織体制の構築について語る。

既存事業と新規事業を両立させる

 既存事業の小売事業で数千億円規模の売上があるトライアルグループが、IoT/AIソリューションを開発および実装するためには、その専属チームを立ち上げる必要があります。一方、既存のリアル店舗の運営も同時並行しなければなりません。

 ここで重要となるのが、体系的理論です。私たちは、経営戦略や組織理論を我流で組み立ててはいません。我流よりも、何かしらの裏付けがあり体系的な理論を模倣していくほうが、素早く確実に結果を出せることを経験値から知っているためです。

 当グループの中核企業トライアルカンパニーは、卸物流と自社物流を組み合わせ、ノウハウの相互共有などによる物流効率化や、POSデータをメーカー・卸と共有してマーケティングの高度化に取り組むなどのプロジェクト「クラスター戦略」を開始する際、マイケル E. ポーター著「競争戦略」を参考に、戦略を具体化し実行してきました。このような歴史が当グループ内に受け継がれています。

 Retail AIを立ち上げる際も、当グループの中で文化として根付いている洗練された経営戦略本の内容を徹底的に理解し、必要に応じて内容を事業に整合するように翻訳して実践することを重視しました。

 つまり、「適切な理論を体系的に記載している本を読み込み、愚直に実行する。そして、担当部署だけでなく、全社員で”共通言語化”(※後述)すること」がカギになります。会社全体が新たな戦略を実行するためには、本の摘み食いや耳学問ではなく、理論を徹底的に実践することが必要です。

 

「ゾーンマネジメント」を基盤とした組織運営

  スマートショッピングカートやAIカメラなどのソリューション開発を内製すると決断した際は、既存事業と新規事業の領域を同時に成り立たせる組織マネジメントを行うために、ジェフリー・ムーア著「ゾーンマネジメント」を参考にしました。何冊も参考になりそうな書籍を読み、この本が最も私たちが求める答えに近かったのです。

 本書ではスタートアップ企業と比較して、既存企業が新規事業でうまく成長を維持できない点について、下記の通り指摘しています。

①破壊的変化が起きている市場では、スタートアップ企業の業績が既存企業を上回ることが多い。スタートアップ企業には利害衝突がないためである。

②一方で、既存企業では自社の業績維持に傾注してしまい、ステークホルダーの意思などの圧力がある。さまざまな力の板挟みになり、既存企業の取り組みは優先順位などの欠如から上手く進展せず、業績を悪化させてしまう。

③「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」を分離し、前者を新規ビジネスとその運営にフォーカスさせ、後者を既存ビジネスの拡張と改良に集中させなければならない。

④事業は「パフォーマンス・ゾーン」「プロダクティビティ・ゾーン」「トランスフォーメーション・ゾーン」「インキュベーション・ゾーン」という4つの領域に分解することができる。領域を明確に分けて、各事業に対して別々のマネジメントを実行する必要がある。

「ゾーンマネジメント」の四象限

 新たにIoT/AIソリューション開発を内製で行うにあたり、既存の小売事業で売上数千億円の規模になっていることから、同じ組織もしくは同じマネジメント手法でグループ全体を経営していくことが難しいことは明白でした。

 私たちはゾーンマネジメントの手法をもとに、「インキュベーション・ゾーン」としてIoT/AIソリューション開発を行う組織であるRetail AIを新設し、「パフォーマンス・ゾーン」「プロダクティビティ・ゾーン」において既存事業のリアル店舗の運営をトライアルカンパニーが担うという体制を整えたのです。

 

社内で“共通言語”を構築する

 前述したような組織論を経営者が学ぶことは重要ですが、それだけでは不十分です。目標だけでなく、それを実現するための組織体制の意義、各組織の役割を、経営者だけではなく全社員が理解したうえで戦略を実行する必要があります。

 経営者が戦略の実行力に物足りなさを感じている場合、それは従業員への説明が足りていないことが原因の1つです。経営者は、社員に自立を期待するケースが多いですが、そのためにはその仕事をする意義や理由、会社の方向性などを確実に理解させることが重要です。このステップを曖昧にすれば、「トップダウンで押し付ける経営者は理不尽だ!」「経営者の指示に従わない社員はわがままだ!」というような感情論のいがみ合いで終わってしまいます。

 私たちは、すべてのレイヤーの人たちが同じ書籍などを通して獲得した同じ言語で会話することを徹底しています。上記で例として挙げた書籍に加えて、ジェフリー・ムーア著「キャズム」や、クレイトン・クリステンセン著「イノベーションのジレンマ」なども当グループの経営戦略に深く関係しています。これらの書籍を社員たちとともに読み込み、事業に適合できるように適切に”翻訳”しているのです。

トライアル社内にある本棚

 DXに取り組む、もしくは新規事業を立ち上げる際、最初にやるべきことは社内で“共通言語”を構築することです。体系的な書籍を読み込み、全社員が使うことができる共通言語化のプロセスが完了してはじめて、新しい戦略を実行できるのです。

 次回以降は、DX推進を支えるスマートショッピングカート及びAIカメラの店舗での活用や、それらを通じて当グループが既存の流通産業をどのように変革させようとしているのかについて解説する予定です。

プロフィール

永田洋幸(ながた・ひろゆき)

1982年福岡生まれ。米コロラド州立大学を経て、2009年中国・北京にてリテール企業向けコンサルティング会社、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社を起業。2015年にトライアルホールディングスのコーポレートベンチャーに従事し、シード投資や経営支援を実施。2017年より国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。2018年に株式会社Retail AIを設立し、現職就任。2020年よりトライアルホールディングス役員を兼任。