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「EC、ライブコマース、超低価格」スタートアップ3種の神器で、アパレル産業主役交代の衝撃

「大量失業時代到来」「産業崩壊」と言われ続け、アパレル業界を取り巻く環境は厳しい。だが、すべての企業が危機的状況を迎えているわけではない。アパレル産業において破壊的創造を行う新興プレーヤーたちの台頭である。今回彼らの勝ち筋を分析するとともに産業を取り巻く構造変化を平易に解説した。多くのアパレル業界関係者にとっての航海図、成長戦略のヒントとしてもらいたい。

従来と全く違うビジネスモデルでアパレル業界をディスラプトする新興勢力が勢力図を塗り替えている

水面下で盛り上がりを見せているファッション産業

 読者の皆様は、以下のブランドのうち、いくつ知っているだろうか? 

titivate(ティティベイト) https://titivate.jp/
classical elf (クラシカルエルフ)https://classicalelf.shop/
fifth(フィフス) https://5-fifth.com/
Neversaynever(ネバーセイエバー) https://www.neversaynever.jp/
Re: edit(リエディ) https://reedit.jp/
Nina(ニーナ) https://www.nina-happy.jp/

実は、これらスタートアップは、恐ろしい勢いで勢力地図を伸ばし、旧態化したアパレル企業の顧客を奪いまくっている。上記に上げたブランドは、将来のモンスターとなり得る可能性を持つブランドである。

 ここには掲載しないが、金融の世界に身を投じていると、「5年で100億円に成長」などというスタートアップも存在する。彼らの特徴を見てみると旧態化したブランドと大きな違いは以下の5点である。

  1. 超絶に低い販管費
  2. 工場とEC (ZOZOTOWN)をダイレクトに結び、リアル店舗を持たないモデル
  3. 超絶ハイ・センスな「ささげ写真」
  4. インスタライブやYouTubeなどSNSをたくみに使ったPR
  5. グローバル基準の価格設定

 順を追って解説していく。

 超絶低い販管費を実現できる理由

 まずは「1. 超絶低販管費」について。企業は、足し算は得意だが、引き算は苦手だ。例えば、企業は放っておくと、どんどん販管費を増やしてゆく。例えば、新卒定期採用を一定割合で行うが、これは、経済が成長している時代の名残だ。デジタル化時代は、人をデジタルに置き換え、従来10人でやっていた仕事を1でやることを考える。だから成長しないセクターは人員を削減し、成長するセクターは既存人員で遂行できるようにデジタル活用をする。それなのに旧来的な企業は、人員をどんどん増やしているのだ。本来、理屈から言えば、仕事があるから人を採用すべきなのだが、パーキンソンの第一法則といって、人というのは、仕事を勝手につくってゆく。したがって、人を採用すれば、仕事がないのにみな忙しく働き出す。

 過去、コンサルティング会社はOVA (Overhead value analiysis)といって、間接部門のコストを一気に40%削減する手法を開発した。本来、デジタルは人がやっている仕事を代替するものなのだが、このように、人件費もサブスクフィーも加速度的に増えてゆくという矛盾を抱えている(誰もこれに異論を挟まない)。採用しなければ老齢化するなどという人もいるが、人生100年時代である。退職年齢を70歳まで延長すればよいだけだ。郷ひろみが65歳の今でもでキレキレのダンスを踊っている現実をしっているだろうか。

 アパレル企業には、「億単位のルール」といって、アパレル企業の適正人数は、売上500億円なら500人、1000億円なら1000人といわれている。しかし、私が知っているこれらスタートアップ企業は40人ぐらいで売上100億円を回している。生産性は倍以上も違うことになる。

 スタートアップ企業は、気の合う数人の仲間で事業をはじめ、必要な人材だけを仲間にする(入社させる)。だから必要以上の無駄な人件費は増えない。

 デジタル活用もそうだ。例えば、旧態化した企業はいまだ、毎週月曜日の部長訓示で全員集合を義務付けるなど無意味なかたちにこだわっている。一方、スタートアップ企業は、「伝えたいことはスラック(無料のコミュニケーションツール)」で情報共有し、以上終了だ。そもそも、気の合う仲間しか採用しないので、フェイストゥフェイスのコミュニケーションも不要なのだ。だから、デジタル化による生産性の差が著しい。

工場とEC をダイレクトに結び、リアル店舗を持たない

低価格アパレルのfifthも注目度が高まっている

次に流通だ。が、サプライチェーンは昔、「バリューチェーン」(付加価値連鎖)などと呼ばれ、本来、流通工程が進めば進むほど、製品(製造されたもの)から商品(販売するもの)へ移り変わる課程において付加価値が付くはずなのだが、現実は、霜降り牛の脂のような無駄なコストが増えている。バリューチェーン、ならぬ、コスト増加チェーンである。

デジタル化についても、PLMという流通をデジタル化するツールが入らない、あるいは、加速度的に増える各種システムの「サブスクフィー」(月間使用料)によって、逆に流通コストを高騰させているのは、幾度も説明したとおりである。さらに、店舗に目を向ければ、今の先進国でリアル店舗に在庫を持ち好立地でビジネスをやって利益が出るのは、ユニクロなど1兆円を超える世界企業だけだ。彼らの物流スケールは、チマチマと1000枚単位のビジネスをやってきた日本のアパレル企業の人には想像がつかないだろう。私は、日本の卸売業が「QR(クイックレスポンス)で日本のアパレルを助ける」などとメディアで発言しているのを見るたび、「売れない企業の少量発注にお付き合いしているだけではないか」と感じている。 

これに対して、スタートアップ企業はリアル店舗を持たず、ほぼ100%ECである。ECは確かに「客の情報をモールに奪われる」「上代の上前をはねられる」「自社ECでは十億単位のCPA (顧客の獲得コスト)がかかる」といった短所を抱える。だから、戦略無き企業が安易にモールに出たり自社ECを立ち上げても、米国で起きた「Death by Amazon」のような羽目(ECモールに客を奪われ死滅に追いやられる)になるか閑古鳥がなくかのいずれかだ。

しかし、それは、流通や販管費が異常に高い企業の話だ。販管費も流通コストも半分以下のスタートアップ企業では、モールに出店しても何ら問題ない。むしろ、こうした企業にはVC (ベンチャーキャピタル。スタートアップに投資をする金融機関)が、「お金を入れさせてください」と10億円単位の札束をもっておかげ参りに来るぐらいだ。

 

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ハイセンスの理由と巧みなSNSマーケティング

bunditinay/istock

次に解説するのが、3超絶ハイ・センスな「ささげ写真」、4.インスタライブやYouTubeなどSNSをたくみに使ったPR、である。これは、URLをクリックしてみれば直ぐに分かるが、映し出される写真のハイセンス(世界観が素晴らしい)は旧態化した企業のそれと比べれば、その差は一目瞭然で、前回述べた「しわくちゃの中古品をしわくちゃのまま掲載している」企業など太刀打ちできないだろう。

 さらにPRについていえば、YouTubeやインスタライブで繰り広げられるパフォーマンスは、思わず見入ってしまうほど面白い。おそらく、ユニクロも同じ分析をしているのだろう。最近になって、同社のHPでは、インフルエンサーらしき人を使い、ユニクロのHPにインスタライブをウエブページで繰り広げていることにお気づきだろうか。

過去、ファッション商品は、ファッション雑誌とともに成長していった。しかし、今は、雑誌はゴミの山をつくり邪魔でしかなく、情報はインスタを見れば無料で手に入る時代だ。消費者はウエブからファッション情報を得る時代になった。インスタからおしゃれな着こなしをしている女子の服をクリックすれば、企業の販売サイトに飛んで行く。今消費者は、こういう買い方をしているわけだ。 

最後に「5.価格」である。彼らスタートアップ企業は、こうした流通コストの低さを武器に、1000円〜3000円という、私が「世界の常識」と幾度も述べている価格設定を実現している。ここは、説明の必要は不要だろう。

自分が消費者の立場に立てば、どちらを選ぶか自明だ。既存企業の「改善」でどうにかなる話では無い。

大量失業時代は来ない  産業の新陳代謝が起きている

 あちこちで繰り広げられるホラーストーリー(恐怖の物語)。アパレル産業は崩壊の淵にある、いずれ来る大量失業時代など、確かに、私自身も「企業再建スペシャリスト」として、低収益にあえぐ商社やアパレルの復活支援を行い、また、そうした企業の生き残りの戦略をあちこちで説いていた。しかし、昨今、私のもう一つの顔、金融投資の世界では、こうした成長著しい企業が、そのハイスピードな成長のため資金不足に陥っているという情報が山のように舞い込んできてくる。彼らは、金と人材不足に悩み成長の踊り場にいるのだ。

また、時を同じくして、旧友のファンドマネージャー達がこうした企業に入り込んでいるのを見ておどろいた。私は、時に数億円という年収を稼ぐIB (Investment Bankerの略、企業買収を生業にする人達)が、なぜ、こんな「吹けば飛ぶようなスタートアップ」に入るのか不思議でなかったのだが、よくよく分析すれば理由は明快だ。企業改革という、幾多の既得権益の破壊と頑固な人の説得に時間を使う再生というウルトラC級の仕事を行っても得られるフィーは限られている。しっかりとした金庫番と成長原資の調達ができる人材としてこれらスタートアップに入ればIPO (上場)で巨額の富を得ることができるのだ。

今、ファンドに「再生をやりましょう」と持ちかけても、「うちは再生は興味ない」、「再生には手を出さない」というファンドが多い。また、中には、こうしたスタートアップに入社し、個人プレイでIPOを狙い、さらに数億円の大金を手に入れることはなんら不思議でないことがよく理解できた。私自身、「生き残るアパレル死ぬアパレル」の前書きに、トマ・ピケティの「21世紀の資本」をご紹介した理由はここにあったのだが、私自身の目がくらんでいたと告白しよう。今は、企業再建より、スタートアップ側に就いて「成長の果実を味わう」方が理にかなっているわけだ。メディアではこういう報道をしないため、我々はアパレル産業は「オワコン」(終わったコンテンツの略)だと思い違いをしているが、大企業にしがみつくことをやめれば、求人は山のようにある。

 実際、ファッションビルの丸井、アパレルの名門ワールド、財閥商社のトップに君臨する三菱商事などは「物販」から静かに事業投資の道へ軸足を移しているように見える。オールドエコノミーを追いかけるより、こうしたスタートアップの事業支援を行う金融ビジネスの方が遙かに可能性があるという割り切りだろう。正確に言えば、今は、両方をテストしながら成功する方を将来選択するという戦略をとっているように見える。例えば、三菱商事に訪問すれば、元ファンドマネージャなど、「本当に、年収が合うのか?」と思うような人材がゴロゴロいるし、伊藤忠商事も事業投資を盛んに行っているのはご存じの通りだ。こうした高度専門職を中途採用し、過去の遺物となった純血主義から脱却し、投資銀行やPE (Private Equity 非上場企業への投資会社)業務を行って、金融プラットフォーマーへの道を歩んでいると考えれば合点が行く。

大量失業時代が来るなど、衰退著しい百貨店などを例にあげ、不安を煽っているメディアを横目に一般消費者である女子達は既に購買先を変えている。百貨店は数が多いだけで、その存在意義は全く消えていない。コロナが終われば、また富裕層や贅沢を味わいたい層の憩いの場として駅前好立地に君臨するだろう。

今、スタートアップ企業の服を買っている彼女たちがやがて30代、40代になるころには、こうしたスタートアップが産業界のリーダーになっており、商社やVCによるインキュベーションによって、業界地図はがらりと変わっていることになるだろう。 

私自身についていえば、それほどドラスティックに自分自身を変えることが心情的にもできないため、私と併走してくれる先と、こうした産業界の航海図・見取り図をテーブルに広げ、ターンアラウンド、あるいは、ビジネストランスフォーメーションの戦略を考えて、また、私のやり方で実行しているこだわりは捨てていない。ただ、こうした流れに目を背け、産業界の変革の流れから目を背けても何ら生産性のある発想はでてこないことを思い知らされた。

 不気味な1兆円企業、中国Shein(シーイン)の実態

1日に1000品番以上の商品をリリース、企画から商品出荷までのリードタイムは最短3日というSHEIN

そんなとき、私が1ヶ月ほど前に対談で紹介したShein(シーイン)」という中国の企業が、米国の「fashion of the year」を受賞。その売上は1兆円を超え、ZARAを抜くのは時間の問題という報道が米Bloomberg Businessweekに掲載されていた。自身のチャイナ・ネットワークを使い、中国での同社の動きを調べたのだが、ほぼ全ての人は「もちろん、知っているが、中国では一切販売していない」というものだった。一兆円といえば、当然、世界ファッションランキングの上位に君臨しているはずなのだが、すくなくとも、先月見た某誌のファッションランキングにその名は無かった。

実は、Sheinは日本でも事業展開をしている(https://jp.shein.com/)。

同社の商品の出来映えや米国の論考などを読み込むと、恐ろしいほど、そのビジネスモデルは上記のスタートアップに似ていることが分かった。(私が今回「D2C」という言葉を使わなかったのは、日本で「D2C」といえば、アパレルの直販ビジネスのスタートアップというイメージがあり、誰も、その明確な定義を語らない、語っても、解釈がばらついているからだ)

一方で、ある情報筋から、いよいよ、Amazonが米国で多くのアパレルを死滅においやった「Amazonマーケットプレイス構想」を日本で本格展開するという話も入ってきた。確かに、日本のアパレル産業は弱り切っており、本来、国の仕事であるSDGs問題まで突きつけられている一方、日本には、まだまだ素晴らしい繊維産業の技術が残っており外資系企業やアクティビストファンド(企業を買収し経営に積極関与するファンド)から見れば、「特売価格」なのである。過剰融資により生きながらえている企業も、やがては不良債権化するのは時間の問題かもしれない。米国でも過去同じことがおき政府が荒療治を行って繊維、アパレル産業の不良債権を、ほぼゼロに近い値段で売りつけ一気に新陳代謝させた歴史がある。

次週、Sheinという企業について徹底分析した結果をお伝えする(編集部注:Sheinに関する記事は、都合により、来週火曜日より早く公開することがあります)

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)