国内約4兆円!化粧品業界の最新事情
2016年度、ヘルス&ビューティ市場が、アパレル市場を抜いたと報じられた。経済産業省によれば、19年度の化粧品の市場規模は3.8兆円となっており米国、中国について世界第3位の消費国のようだ。21年度は、コロナによって需要は減少するも、それまでは微増。こうした状況を踏まえ、アパレル各社は、このヘルス&ビューティ市場への参入、プライベートブランド(PB)の開発などを加速させている。セレクトショップに化粧品やコスメが置かれていない店舗はないし、女性の「なりたい自分になる」という目的に照らし合わせれば、アパレル企業が化粧品市場へ参入することは必然である。
実は、当時「糸へん」に見切りをつけていた私は、あまた、化粧品ブランドのビジネスデューディリジェンス(事業評価)をやった経験がある。その対象は、主に外資コスメなのだが非常に不思議な感覚に覆われたことがあった。ひと言で言えば、何に対して投資をするのかが見えにくいということだ。普通に考えれば、良い化粧品のスキンケアを行えば保湿効果もありお肌も若返る、と思いがちだ。当時、ファンドから買収対象企業の「骨太な効果」を科学的にプルーブ(証明)してもらいたい、と頼まれた。
私は、色々な有識者にヒアリングを行って、都内某所に化粧品の成分を研究する研究機関を紹介してもらった。そこで、度肝を抜かれた。曰く、「河合さん、化粧品なんてものは、極論を言えば水みたいなもので効果を科学的に証明することはできないし、ましてや、ブランドごとの成分比較を行って競争優位性を証明するなど、お金の無駄ですよ」とまでいわれたのである。
逆に私は聞き返した。「それでは、あなたたちは何をやっているのですか?」至極まっとうな質問だと思う。彼らはこういった。「結局、私たちは化粧品のネガティブ作用の検証(当時、某大手化粧品会社の基礎化粧品を使用した消費者の肌に白い斑点ができた問題が発生した)をしているのです」とのことだ。
勘の良い私は、化粧品の驚くべき原価率の低さ(収益率の高さ)に加え、マーケティング戦略において効果効能を直接謳えないなら、「それをいかにそうであるように見せるか」という“ブランディングが命”であることが理解できた。しかし、当時のファンドは(もちろんファンドによるが)「そのような手触り感のないものに投資はできない」ということで話は流れたのだが、その後、その化粧品は正しいブランディングを行い大きく成長していった。こうした経験から言えることは、ブランドと言いながらほとんどブランディングができていないアパレルが化粧品のPBに手を出してもうまく行くはずがない、と言うことだ。そこで、私は当時勤めていたファームの仲間と化粧品の研究を行い、いわゆる勝利のためのフレームワークを生み出したのである。
次ページ以降で、私と有能な仲間達で開発した具体的な化粧品販売のフレームワークを紹介していく。
化粧品業界のこれまでと異種格闘技戦に入った現在
過去、古くは化粧品事業のKFS(key factor for success/ 成功の鍵)は、派手な広告宣伝による「イメージ戦略」が中心だったようだ。消費者はテレビCMのタレントやモデルを見て、百貨店のラグジュアリーな売場で化粧品を買えば美しくなれると考えていた。その名残か、今でも化粧品業界は大手広告代理店の大口得意先の一つである。
しかし、直接肌につける化粧品というのは、肌に合わなければ当然トラブルを起こす。また、日本では高齢化が進み、肌に対する悩みの要求度が高度化してきている中、単なる有名モデルを使った消費刺激だけでは情報武装と知的購買化が進んだ消費者の購買行動を誘発するには不十分になってきた。
ファンケル、DHCなどは、そんな消費者ニーズとメーカー都合の論理ギャップに着目し、業界参入当初は小規模ながらも大規模な広告宣伝は使わず「通信販売」という独自チャネルを積極活用し、「自然派、無添加」という「大手メーカーとの違い」を巧みなマーケティングで打ち出し事業拡大していった。また、こうした動きを皮切りに、エビデンス・ベース・マーケティングと呼ばれる、単なる「イメージ」でなく権威者による評価、科学的根拠の提示などによる「効果」・「効能」を積極的に差別化要因として押し出すマーケティング手法を活用し、新規参入が相次いだのである。
アミノ酸のリーディングカンパニーを自認する「味の素」は、アミノ酸スキンケア化粧品「Jino (ジーノ)」シリーズで参入。お得意芸である酵母を使ったサントリーは「F.A.G.E (エファージュ)」を発売。こうして、化粧品業界は、飽和した市場を複数のプレイヤーで食い合う異業格闘戦の時代に入っていった。
競争優位のカギは「通信販売」と「ブランド化」
Amazon や楽天など、ネット通販ガリバー。彼らの成功の秘訣は「圧倒的な品揃え」と「低価格」、そして、それらを下支えする「システムインフラ」と「物流」であるといわれている。
実は、異業種参入メーカーのチャネル別売上構成を分析すると、多くの企業で通販売上が全体の50%以上の上位を占めている。ここから、新規参入勢はAmazonや楽天などのネット通販企業のビジネスモデルを分析し、その成功の秘訣を自社化しようと考えた。しかし、両者は全くの別物だった。モール型ネット通販のビジネスモデルを模倣しても、化粧品事業では成功しない。また、こうした「思い違い」が、過剰広告投資による万年低収益化という悲劇を生んでいるのである。解説しよう。
異業種参入メーカーの通販売上構成比が大きいのは、日本の流通の特殊性が関係している。日本の流通構造は数多くの問屋により顧客情報が分断され、また、小売は独自に商品調達を行って店頭に独自基準で商品陳列するため、メーカーが打ち出したいメッセージ(あるいは世界観)などが、実店舗の店頭では正確に伝わりにくい。
したがって、こうした異業種参入メーカーが持つ独自技術、また、その独自技術がなぜ化粧品に転用されると大手化粧品メーカーより「効果」・「効能」が高いのかを、自社で運営可能なウエブサイトで打ち出し、自社でデザインや構成を決められる媒体で販売しているのである。私は、拙著「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社)で、ブランド化に行き着けない広告宣伝費の過剰投資を「広告ドーピング」と呼んだ。
ブランドの立ち上げ時期において、多くの広告宣伝投下は認知度と好感度を高める意味で正しい戦略といえるだろう。しかし、ある一定規模の認知が得られ、ユーザーの体験価値が上がった段階で、広告費は自然に下降していく。ブランドへの「ファン化」による、リピート購買、あるいは、異なる化粧品のクロスセルにて売上を維持、拡大するのが勝ちパターンである。さもなければ、永遠に派手な広告宣伝費を投下し続け、「売上は上がり続けるが、収益は赤字のまま」という状態が続くのだ。このブランド化を戦略的に行わなかったメーカーが広告宣伝費を少なくするとブランドの息の根が止まる。まさに、広告代理店のカモになった状態だ。
これらは、メーカー側が「ブランド化」と「プロモーション」の違いを理解していないために起きる。旧来型の大手化粧品メーカーの「イメージ戦略」に対して、独自のエビデンス・ベース・マーケティングにより、自社の持つコア技術をテコに「効果」・「効能」を間接訴求し、市場の隙を突いて参入してきた異業種プレイヤー達は、この段階で立ち上げの「プロモーション」から「ブランド化」への道程が見えなくなっている。
早くも3刷!河合拓氏の新刊
「生き残るアパレル 死ぬアパレル」好評発売中!
アパレル、小売、企業再建に携わる人の新しい教科書!購入は下記リンクから。
どのブランド・ポジションを取るかは戦略上の大きな課題
図2は化粧品事業におけるブランドとプロダクトの関係を一覧化したものだ。
ブランドといっても、化粧品事業のブランド化にはいくつかのパターンがある。SK-Ⅱのように、ブランドとプロダクト(商品)の関係が1体1の場合。非常に強いブランドイメージがプロダクトと共存し、顧客のロイヤルティは高くなる。しかし、これはキラーアイテム(そのブランドを代表するような強い商品力を持ったもの)がある場合にのみ有効だ。これに対し、ブランド名は一つだが、そのブランドの中に異なる複数のプロダクト(商品)構成を行っているポジションが、ファンケル、DHCなどである。彼らは、ブランド名そのものに、「自然素材 / 無添加」など「共通の訴求イメージ」を持たせ、複数のプロダクト(商品)を展開。どのプロダクトを選んでも共通したコンセプトは変わらないというブランド化を行うことで、強いブランド力の維持、および、異なる商品による売上拡大を両立させている。
旧来の大手化粧品メーカーは、まるでアパレル企業のようにブランドをスクラップアンドビルドさせ、ライフル型でなくショットガン型(何発か撃って当たれば成功)のブランド戦略をとっている。スクラップアンドビルド型と呼ばれるこのブランド・ポートフォリオは、イメージ訴求を中心とした広告宣伝が鍵となるファッション企業と同一だ。これに対し、異業種参入メーカーは、自社の持っているコアとなる技術は変えず、複数のブランドを様々な顧客のベネフィット(利便性、ニーズ)にあわせて展開し、マルチプロダクト化をめざしている。
化粧品業界のブランド・ポートフォリオは、基本的にこの4パターンであるが、シングルブランド・シングルプロダクトやシングルブランド・マルチプロダクト、あるいは、シングルテクノロジー・マルチブランドにおいても、コアとなるブランドイメージ、テクノロジーに「一貫性」があり、その「一貫性」が強いブランドをつくっているということに着目したい。そして、その「強いブランド力」こそが、異業種が化粧品業界に新規参入する強力なエンジンになっている。逆に言えば、このブランド戦略がちぐはぐになっている、例えば、色々なブランドを乱立し、消費者に訴求するイメージがぼやけていたり、背景にある技術力がエビデンスベースに基づいておらず、怪しそうに見えたりしていると新規参入は難しい。私の観察・分析では、こうした失敗事例は枚挙にいとまが無い。
正しいブランド化の手順をフレームワークで整理する
こうした状況を踏まえ、「ブランド化」に向けた正しい手順を解説したい。「ブランド化」に必要なのは、「一貫性」、「明朗性」、「持続性」である。(図3)
技術力だけで成長してきたメーカーは、ブランド化と聞いて逃げ腰になり、大手の広告代理店に丸投げし、自社が訴求したいコアバリューとメッセージ、そしてマーケティング手法などが結果的にバラバラに業者発注され、単にデザインやセンスが良いとか悪いとかで広告評価を行いがちだ。これが多くの企業が陥っている落とし穴である。
正しい「ブランド化」に向けたステップは、その企業が持つ「強み」(そして、それはその企業の「出自」、そして、その「出自」が想起するイメージと密接な関係がある)をどれだけエビデンス・ベース・マーケティングと関係づけられるかにかかってくる。
企業が持つ「強み」をコアバリュー(Core Value)と呼んだとき、発信されるコミュニケーションの中核メッセージは、そのコアバリューを際立たせるもの、あるいは、競合との差別性を想起させるものでなくてはならない。また、単にテレビCMでイメージ訴求をすればよいというわけでなく、販売店舗や企業が展開するウエブ、そして、パッケージデザインに至るまで、すべての「顧客タッチポイント」に一貫したメッセージを持たせることも重要だ。
例えば、図3で言えば、類型パターン1の「ドクターコスメ系」というのは、皮膚科医による開発を出自とし、その評価をエビデンス・ベース・マーケティングに活用しているサクセスパターンである。この場合、販売されるチャネルは、出自と関係が深いドラッグストアや薬局などでもブランドメッセージの一貫性は担保される。
一方、類型パターン2の「異業種参入系」では、異なる事業ドメインで活用されたコア技術をCore Valueとし、技術的背景を強烈に訴求しながら「効果」・「効能」をメッセージとして打ち出しているサクセスパターンである。この場合、技術的背景には自社運営を行っている通販カタログやウエブが有効であり、逆に、それ以外のチャネルで無造作に販売すれば、ブランド毀損させる可能性もあるので注意が必要だ。
次は小売のPBでも活用可能な類型パターンを解説しよう。
早くも3刷!河合拓氏の新刊
「生き残るアパレル 死ぬアパレル」好評発売中!
アパレル、小売、企業再建に携わる人の新しい教科書!購入は下記リンクから。
類型パターン3の「自然素材、無添加系」は、製造設備など技術的背景を持たないが、調達原料の素性と、統一されたブランドコンセプトでブランド・ポジションをとり、原料の素性の良さを徹底訴求しながら大手化粧品メーカーとの差別性を打ち出している。また、自然素材の良さを伝えるため、彼らは通販を主戦場とし、ブランド力が固まった段階でリアル店舗に出て行った。このサクセスパターンは小売のプライベートブランドなどで活用可能だろう。
最後に、類型パターン4である。これは、伝統的大手化粧品メーカーのブランド・ポジションであり、化粧品の「効果」・「効能」の訴求よりも、モデルや芸能人を使った「到達地点のイメージ」を強く押し出しており、イメージを大事にしているビジネスモデルだ。このビジネスモデルは、イメージが大事なので、必然的に販売チャネルは百貨店などの売場になってくる。ただし、異業種からの新規参入が増えてきていることからビジネスモデルの限界もあり、彼らは、同じビジネスモデルで戦える異国の地(海外展開)を視野にいれた拡大戦略を志向している。
化粧品業界の異業種競争戦略から見る日本企業への提言
「技術力は世界一だが、マーケティング力はダメ」
これは、過去から日本企業に対して言われ続けてきた言葉だ。確かに、化粧品以外の分野でも外資企業のマーケティング力によって、次々と日本製品が市場で苦戦を強いられている。
一方、本稿で分析したように、人間というのは「口に入れるもの」や「身体につけるもの」については、単なるマーケティングの技術よりも、商品が本質的に持つ機能性や安全性(化粧品で言えば「効果」・「効能」)を指向し、選択購買する。これは、成熟した市場ではより顕著であり、消費者の消費リテラシーが高まり知的購買化が進むからだ。
こうした考察により私が結論づけたいのは、化粧品業界は、正しいマーケティング活動と、ブランド化を行えば、技術的背景を持つ日本企業が世界市場で競争力を持ちうる業界であるということである。日本企業のさらなる競争優位の確立のための提言として本稿を書いた次第である。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)