今年6月に改正酒税法が施行され、過度な安売り規制が強化された。1990年代当初年商30億円の酒販店から二十数年で1000億円を超える企業に成長したカクヤス(東京都)。ビール1本から1時間枠で無料配達するという型破りなサービスは他社の追随を許さない。改正酒税法にどう対応し、成長を図ろうとしているのか。佐藤順一社長に聞いた。
改正酒税法施行に対応し「一元物流センター」開設
──今年6月の改正酒税法施行後、どのような影響がありましたか。
佐藤 当社は昨年、改正酒税法の施行に備え、「一元物流センター」(東京都大田区平和島)の立ち上げに着手しました。改正酒税法は、メーカー、卸売業、小売業それぞれが単品レベルでの原価割れ販売を禁止しています。われわれは自社のコストはコントロールできるにしても、卸売業のコストまでコントロールできません。運送費が上がれば、それが仕入れ価格に直接上乗せされるかたちになるのです。
そこで卸売業の物流機能を使わずに、メーカーから直送してもらう新たな物流拠点を開設しようと考えたのです。卸売業の帳合いは残しますが、ビールをはじめすべての酒類がメーカーからこの物流センターに直送され、ここからカクヤスの各店舗に配送されます。
2016年度(17年3月期)の業績は、売上高1109億円(対前年度比1.3%増)、経常利益7億4800万円(同39.6%減)の増収減益で着地しました。物流センターの稼働を開始したのは今年8月ですから、16年度は経費がかかり、これが減益要因となりました。
──価格はどれくらい上がりましたか。
佐藤 当社は売上の3分の1が家庭用、3分の2が業務用です。家庭用については、店頭価格が原価割れしないように価格を設定した結果、ビールで5%ほど上がりました。業務用については飲食店様との交渉が必要であったため、10月からようやく決まってきたところです。
一元物流センターの稼働によって仕入れ価格は上げずに済みましたが、一方で運営・配送の費用がかかるようになりました。トータルでどのくらいコスト削減効果があったかはこれから検証しなければなりませんが、メーカーから直接仕入れる仕組みが整ったという意味は大きいと思います。
──競争状況は変わりましたか。
佐藤 当社の価格訴求型の「KYリカー」という店舗は、価格上昇が食品スーパーよりも大きかったため苦戦気味です。カクヤス店舗については想定どおりでした。上半期のビール売上高は前年同期に比べて4%ほど減少しましたが、酒類全体で見るとほぼ前年同期並みの結果となりました。
当社は法律を遵守するという姿勢を徹底しました。コスト管理ができていない酒販店が安い価格で販売しているケースもあるようですが、長期的に見れば改善されていくでしょう。
そもそも価格というのは売り手のコストだけで決まるものではありません。価格が決まるには需給関係や消費動向などさまざまな要因があります。また、儲からない商品もあるけれども、儲かる商品を合わせた全体で利益をとっていく粗利ミックスという考え方もあります。このような、これまでの常識が通用せず、価格がコントロールできなくなってしまったと言えます。
──酒類価格の今後をどう見ていますか。
佐藤 改正酒税法は、小売業や卸売業だけでなくメーカーにも適用されます。じつは、来年3月の値上げをすでに発表したビールメーカーもあります。ビールメーカーでは缶は儲かっていますが、瓶や樽生は儲かっていません。赤字販売はできませんから、瓶や樽生などの価格を是正する動きではないかと見ています。
2020年代に予定されているビールの減税との関係で考える必要もあります。ビールの税金は現在、350ml缶で77円、発泡酒は47円、新ジャンルが28円ですが、これが55円程度に一本化されます。税金はビールが22円減りますが、新ジャンルは30円近く増えます。要は税の格差をなくすという流れがあるわけです。今回の酒税法改正、そして来年のビール値上げを合わせたものが、この減税で戻ってくるというようなイメージでしょう。ただし減税はまだ先のことで、その間に価格が上がりますから、消費にはかなり影響が出ると見ています。
B to Bウェブサイトで営業活動を効率化
──17年度の重点施策は何ですか。
佐藤 一元物流センターのスムーズな稼働、そして法令遵守を徹底することです。
価格改定時に行き届かなかったのが、取引先の飲食店さんに対して十分な告知ができなかったことです。当社は4万5000軒の取引先を持っています。営業マンは150人ですから、1人当たり300件の取引先を担当していることになります。直接足を運べない取引先に対して文書で案内をするのですが、価格改定を文書で伝えるだけで果たしていいのかという問題意識が営業部の中にありました。
こうした営業面のさまざまな課題に対応するため、昨年B to Bウェブサイト「なんでも酒やカクヤスナビ」の開発に着手しました。飲食店のお客さまがIDとパスワードでログインしていただくと、注文はもちろん、仕入れの状況のほか、商品情報やキャンペーン情報などを閲覧できるサイトです。
11月から試験的に運用し、来年1月くらいに本格稼働に移行する予定です。これまで足を運べなかったお客さまにさまざまな情報を提供できるようになります。これはわれわれの大きな武器になると考えています。
──取引先の新規開拓にはどう取り組んでいますか。
佐藤 われわれは約4割の「間口シェア」があります。都内には11万軒の酒類を扱う飲食店があるといわれていますから、そのうち4万5000軒の取引先があるということは、4割くらいのシェアになります。ただ、取引先は全商品をカクヤスから購入されているわけではないので、売上にするとそこまでのシェアはありません。ですから、飛び込みセールスをしたら、すでに当社の取引先だったということもあります。しかし、11万軒すべて社内システムに登録すれば、取引先ではない飲食店さんに案内ができるわけです。登録していないお客さまがわからないという状態を解消し、全店登録したうえで、情報を持った効率のよい営業活動に取り組んでいるところです。
──商品政策で力を入れていることは何ですか。
佐藤 数十アイテムあるプライベートブランド(PB)を増やしていきたいと考えています。当社のPBには「価格対応型」と「商品軸型」の2つのタイプがあり、ワイン、焼酎、飲料、水などすべての商品カテゴリーで開発を強化しています。当社の販売先に業務用と家庭用があるため、飲食店向けにはラベルや商品名を変える対応をする配慮もしています。
売上高販管費率は、業務用酒販店が平均14.5%であるのに対して当社は16.5%です。これで戦っていかなければならないことを考えると、ローコスト経営が大事になりますし、利益率の高いPBの取り扱いを増やすことが必要になります。ナショナルブランド(NB)で粗利益率20%に対して同種のPBが30%であれば、多少売上が少なくてもPB化したほうが利益は残ることになります。
1時間枠での配達を生かす、自社ECは都内に特化
──拡大するEC(ネット通販)にはどう対応しますか。
佐藤 EC側に支払う手数料コストがかかりますから、EC直販に対して不利になります。運賃も当社で負担していますが、改正酒税法を遵守していくと赤字販売になりかねません。
当社の物流網が出来上がっているエリアでは1時間枠で、運賃をかけずに商品を配達できます。しかし、当社の物流網のないエリアでは運賃がかかりますし、EC側に手数料を支払わなくてはなりません。ですから今後は、物流網を持つ都内に特化していく方向です。自社ECも1時間枠での配達を生かした戦略をとっていきます。改正酒税法は売り方にも大きな影響を与えているのです。
──流通業界では人手不足が深刻化しています。どのように対応していますか。
佐藤 店舗から商品を届ける宅配のアルバイトが採用しにくくなっています。業務用の物流要員はすべて正社員で、それは確保できています。しかし、店舗の配達要員はアルバイトが多く、時給1500円でも確保するのが難しい状況です。そこで今後はアルバイトを正社員化していこうと考えています。正社員化すれば戦力になります。
一方で、全国から高卒の正社員採用を増やしています。ただ実際のところ採用は苦戦しており、今年は目標の100人に対して80人ほどしか採用できないようです。ビールメーカーもそうですが、高卒の採用を増やしている上場企業が多く争奪戦になっているからです。そのため、採用面で非上場であることがデメリットになる可能性があります。そういう意味で当社は現在、株式上場をめざしているところです。
──年商1000億円規模に成長できた要因は何ですか。
佐藤 業務用と家庭用の両方を手がけたこと、人口の密集した東京都23区に限定したこと、それとライバルが出てこなかったことです。酒類に特化して配達を武器に自社物流で、EC、業務用、家庭用をぜんぶ取り込もうと戦略を描いた会社は出てきませんでした。「ビール1本から1時間枠で無料配達します」というフレーズはお客さまに響いたけれども、「うまくいくわけがない」と同業他社にも響いたと思います。だからどこも参入してこなかったということでしょう。
──中長期の成長戦略をどう考えていますか。
佐藤 価格訴求が“禁じ手”になってきていますから、M&A(合併・買収)が重要になってくるでしょう。対象企業は同業をはじめ酒類業界を考えています。
今は価格で戦えなくなったと言いながらも、同じ価格であれば勝ち目はあります。配送の時間指定ができますし、営業マンの質も高いからです。われわれは単に届けているのではなく、販売をしているという面があります。玄関先を売場と考えれば、接客が必要になります。これは宅配会社の配送員ではできないことでしょう。業務用と家庭用の両方を持つのも強みです。今後これをどう連動させていくかもテーマになってきます。
売上高でめざすのは3000億円です。酒類だけでは難しいため、それ以外の食品などを取り込んでいくことになるでしょう。