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アークス代表取締役社長 横山清
食品小売業界に迫るシンギュラリティ M&Aで1兆円の企業をつくる

異業種の食品強化と消費者意識の変化から、食品スーパー(SM)の業績が不安定になっている。こうした先の見通しがしづらい時代、SMはどこに向かうのか? アークス(北海道)を率いる横山清社長がこれからのSMのあり方、それを踏まえたアークスの投資・成長戦略を語る。

大手が値下げし価格競争が激化

──2018年2月期は、既存店売上高が前年を上回る0.4%増となり、売上高は5139億円で同0.3%増となった一方、営業利益は144億円で同2.8%の減益となりました。この業績をどのようにみていますか?

横山 清(よこやま・きよし)
●1935年、北海道芦別市生まれ。60年北海道大学水産学部卒業、野原産業入社。翌年、ダイマルスーパーに出向、85年同社代表取締役社長。89年、丸友産業と合併しラルズ社長。2002年、アークス代表取締役社長に就任(現任)。07年ラルズ会長兼CEO(現任)

横山 食品小売業界の総体的な傾向として、前期(2017年度)は既存店客数のマイナス傾向が各社顕著で、点数アップ、客単価アップなどさまざまな売る工夫を通じて売上をつくった1年でした。既存店売上が対前期比で100%の数字をつくれた企業は立派だったと言えるのではないでしょうか?

 これは当社のみならず、全国各社の状況を見ても、海産物の不漁や農作物の不作などで非常に売上を確保しづらく、その影響で客数が減った厳しい1年でした。このことは、特別に絶好調な企業が存在しなかったということから見ても明らかです。そうした中で既存店売上高が前年を上回った当社は、利益面では人件費など経費が圧迫してやや減益となったものの、健闘したと言えるのではないでしょうか。

──19年2月期に入って4カ月ほど経ちますが、これまでの状況はいかがですか?

横山 3~4月、4~5月にかけて1点単価が徐々に落ち込んできています。可処分所得が減り、家計が厳しくなっている表れでしょう。全国の食品小売業を見ても同じ状況で、前年実績に届かない企業がかなり多い状況です。

 アークスも8月までの上期で売上を稼ぐ傾向が強いのですが、今期はそれが厳しい状況にあります。当社は売上高1200億円ぐらいで並ぶラルズ(北海道/猫宮一久社長)とユニバース(青森県/三浦紘一社長)の2社が売上を牽引する役割を担っているのですが、両社とも前年実績ギリギリの状況にあります。これは6月も同じ傾向が続いており、営業的には物足りない前半戦が続いています。ただ、利益面では計画通りに着地できるものと見ています。

──価格競争も厳しくなっていますか?

価格競争が激化する中、アークスも低価格政策を強化。写真のスーパープライスは競合店の値付けを見て店独自に価格設定できるもので約1000アイテムほどある(写真はすべて、スーパーアークス菊水店)

横山 各社、前年売上を確保するのが難しいため、価格を下げることで客数を回復させようとしています。食品の低価格販売で集客するドラッグストアの価格攻勢も強まる一方ですし、“近くて便利”を標榜するコンビニエンスストアもどんどん価格を意識した政策を取り、SMからお客を奪おうとしています。そうした中、イオングループはプライベートブランドの段階的な値下げを実施していますし、東北のヨークベニマル(福島県/真船幸夫社長)も250品目と品目数は限定ですが5~15%の値下げを行っています。当社でも低価格政策は重視していますが、大手を軸に進んでいる価格競争は業界の収益性にも影響を与え、お客の奪い合いがいっそう顕著になりそうです。

接客や店舗の魅力だけでは勝てない時代へ

──食品小売業を取り巻く経営環境が大きく変わってきているわけですね。そうしたこともあり、横山社長は社内向けの18年年頭所感で、「実店舗の魅力や人間的接客で何とかなる」では遅いのです、と危機感を露わにし、企業変革の必要性を強く従業員に訴えかけていたのが印象的です。

横山 接客はもちろん大事です。ですがそれだけでは勝てない。テクノロジーが世界をガラリと変えてしまう、シンギュラリティ(技術的特異点)が間近に迫っているからです。

 食品小売業もこのシンギュラリティによって、そのあり方そのものが大きく変わらざるを得ないでしょう。考えてもみてください。かつては市場(いちば)が席巻していた中で、肉、魚、青果が1カ所で揃い、セルフサービス方式を導入したSMが市場から売上のほぼすべてを奪っていきました。セルフサービス方式とチェーンストアオペレーションの導入がいかに、小売業において革新的な販売手法だったかがわかります。だから、“流通革命”の狼煙が上がったのです。

 同じように、現在のスマートフォンの普及を皮切りとしたデジタル技術の革新が、小売業界に大きな変化を起こしています。それがシンギュラリティによって、インビジブル(目に見えない)だけれども、業界のあり方、買い物の仕方が一変する大革命が起こるのです。そしてその結果は、我々小売業にとっても消費者にとっても明らかにビジブル(目に見える)な大変化をもたらすのです。言うなれば、これまで我々は“棍棒”を振り回して戦っていて、いままさに“弓矢”が開発されようとしている、競争のルールが大きく変わろうとしているのです。

──これまでの延長線上にビジネスはないと。

人手不足に対応するためにセミセルフレジを各店で導入。釣り銭を巡るトラブルなどを減らす効果も出ている

横山 そういう危機感を持っています。ただし、技術だけで良いかといえばそうではありません。例えば当社も人手不足に対応するためにセミセルフレジを各店で導入しています。生産性が飛躍的に上がることはないのですが、チェッカー不足への対応、主にお客さまの勘違いを起因とする釣り銭を巡るトラブルなどを減らす効果が出ています。

 一方で、ご高齢のお客さま数人から、セミセルフレジをやめるようにとの嘆願のお手紙も頂戴しました。その内容をかいつまむと、「買い物をしたらお金を払い、すぐに帰れと言われているようで、セミセルフレジには反対だ」という趣旨のものです。

 現在は過渡期であるため、こうした意見もいただくわけですが、我々SMがテクノロジーを導入するということは、お客さまに対するアンチテーゼとなることも念頭に置かなければなりません。きれいで、商品が揃っていて、無人で運営されている店があるとして、それが、お客さまにとって果たして理想の店なのか、ということを我々は考えるべきです。

アークスグループの会員カード「アークスRARAカード」の会員数は現在290万人に上る

 少しセンチメンタルな表現になりますが、“人は群れて生きる”もの。我々は技術を取り入れると同時に、人との触れ合いといった部分にもどう対応するかが求められているのです。

 そうした思いを込め、アークスでは、2018年のスローガンとして「お客様第一主義、技術的特異点に備えて全社が心技一体で贏かつ」としたのです。

 「お客様第一主義」を掲げる企業は数多くありますが、本当にできているかどうかを考えると、永遠の課題であると言えます。

「M&Aは『マインド&アグリーメント』。課題を解決するために、同じ道筋を歩む仲間を見つけることだ」

3000億円前後の連合をリージョナルで3つつくる

──“心”は、お客様第一主義であり、“技”は新しいテクノロジーの導入、どちらかに肩入れすることなく双方のバランスを取り、業界で勝ち残っていこうという考えですね。こうした不確実性の高い時代を勝ち抜くために、必要な力は何でしょう?

横山 資本力であり儲ける力です。ただ、かつてのように、単に企業規模が大きければそれで良いというわけではなく、最低限必要な規模を満たせば良いというものです。

 競技種目がはっきりしていた時代は、企業規模が大きいほど有利でした。2兆円、3兆円といった売上規模があれば、バイイングパワーと効率的な仕組みで相手をノックアウトできました。ただ、いまは相手が目の前にいる競合だけではなく、さらにいえばいま自分が勝っているのか、はたまた負けているのかすらはっきりとは自覚できない、異次元の競争環境に置かれています。そうした中では、大きすぎることはまた弱点になるのです。

 とはいえある程度の規模がなければ、将来のための十分な投資もできず、人材も集まらないため、そもそも生き残ることができません。私は、その規模を1兆円前後ととらえています。

──現在売上規模は5000億円台です。どのように1兆円体制を築きますか?

アークスは現在北海道で約3000億円、東北で約2000億円の売上規模を持つ。東北の売上を増やすとともに、M&Aにより関東周辺で3000億円前後の売上をつくり、1兆円連合の形成をめざす

横山 M&A(合併・買収)です。

 ナショナルチェーン、あるいはスーパーリージョナルチェーンで1兆円規模というのは、地域対応が重要な競争要件となるSMの商売では、弱みの方が露呈しやすい。一方、1つのリージョナルで3000億円前後の塊を3つつくれば、地域に密着した強さを発揮しながら、規模のメリットも得ることができます。アークスはすでに北海道で3000億円、東北で2000億円程度の売上規模を有しているので、東北を3000億円に増やし、あとは関東周辺で3000億円の連合をつくることができれば、その目標に到達します。現在、5~6社ほどと(提携などに関する)お話をしている最中です。もちろん相手の都合もありますし、当社の都合もありますので実現するかはわかりませんが、単独ではできなくとも、アークスグループに入ればできることがたくさんあります。

今年9月、新システムが稼働開始

──今年9月から稼働する新システムも、来たるべき新しい仲間にとって魅力的なものと言えますね。

横山 実際、「いつ新システムは動き始めるのか」と、先ほど申し上げた“お話中”の企業からも聞かれています。システム統合基盤構築プロジェクトは5年間で約100億円を投資する巨大なものですが、まさに1兆円体制をつくるための布石となるものです。AI (人工知能)による客数予測を踏まえた自動発注の研究にも着手するなど、業務の見直し、業務効率を改善できるシステムで、今後参加する企業に対しても容易に対応できる柔軟性を持っています。

──店舗投資よりもシステム投資を優先させている理由は何でしょう。

横山 もちろん、管理システムが陳腐化して入れ替える必要がある時期に差し掛かっているのも理由ですが、これが完了すると、瞬時にして販売データや買い物動向を処理でき、商品政策や営業政策に生かすことができるからです。我々が掲げる地域密着、地域愛着型SM経営にいま必要な機能と言えます。そして、未来のアークスグループの仲間たちも、これを待ち望んでいます。

──新システムが動き出した後は、店舗への投資ということになりますか?

横山 店数は増やしていきますが、新店を出すかといえばそれは別の問題です。当社は積極的に店舗改装や居抜き出店は行っていきますが、まったくの新店はあまり多くはないでしょう。投資効率が低いからです。長崎屋跡地にできたショッピングセンターに核テナントとして出店しているスーパーアークス中島店が良い例です。室蘭駅周辺の好立地店舗なのですが、長崎屋が当時投じた金額の何十分の1という低コストで出店できています。

 これから行うのは規模拡大のための投資です。その意味では、先ほどから申し上げている通り、M&Aに対して投資をし、それにより店数を増やしていく考えです。1店舗あたり10億円で合計10店舗、100億円を投資するのと、同じ資金でM&Aをしてその数十店という店舗網を獲得するのとではどちらが投資効率が高いのかという話です。長期戦になればコスト構造が低い方が最後まで生き残れるわけですから、投資が過大になりがちな新店への投資は慎重になっていきます。

 私は、「M&Aは、マインド(意識)&アグリーメント(合意形成)」だと言っています。SM企業は現在、同じような課題と向き合っており、その課題を解決する術を探しています。その同じ道筋をともに歩く仲間を見つけることがまさにM&Aなのであり、当社が繰り返し行ってきたことです。その意味で、中堅企業にとっての突破口となり得るのが合従連衡ですから、アークス方式はこれからの中心になると言えるでしょう。