私は昨年、2021年はTOB元年になると予言した。
日経新聞で「TOB」という言葉を検索すれば、記憶に新しい出来事が山のようにでてくるが、一体なにが起きているのだろうか。いまだにアパレル業界は「来年のトレンドは」などと暢気なことをいっているが、実態はどこもかしこも火の車である。こうした状況の中、金融主導の業界再編とはいかなるものなのかを分かりやすく解説しよう。
倒産件数が最も低い2020年 百貨店内にユニクロが入る
「コロナ倒産」という言葉がある。世の中では、「緊急事態宣言」により、特に飲食業界が壊滅的な打撃を受けているが、アパレル業界も同様だ。主に3月期決算のアパレル業界は、破滅的な結果となるだろう。一方で、ファーストリテイリングなどのように業界で時価総額世界一になる企業も現れ、ワークマンや西松屋チェーンなどは昨対比を超える売上を計上している。このように、優勝劣敗が明白な決算となるだろうが、圧倒的大多数は大赤字、とくに百貨店は存亡の危機に追いやられることになるだろう。
レナウンは経営破たん、三陽商会は売上が半分になっているという。オンワード樫山もここ数年で千店舗以上の撤退を進めており、地方百貨店ではテナントが入らず空室フロアもあるという。とうとう、禁じ手といわれるユニクロがどこの百貨店でも売られる日は遠くない。しかし、同時に奇妙なことがおきている。コロナ禍において、倒産件数は最も低いというのだ。さらに、これだけ日本が壊滅的な打撃をうけているのに、株価は3万円(3月12日時点の日経平均は2万9717円である)を超えるなど理解できないこと起きている。
これは、金融の論理を考えれば、そのカラクリはすぐに分かる。
ご存じの通り、政府はコロナ前から国債を乱発して、日本株を買いまくり株価の下落を防いでいた。いわゆるアベノミクス「1本目の矢」だ。そこに、コロナが襲いかかり、日銀は過去からの政策を踏襲。個人に、そして、企業にさらに金をばらまいてきたのはご存じの通りだ。コロナ禍なのに倒産件数が最も少ないのは、こうした「貨幣のばらまき」(私は、こうした政策を支持する立場である)が理由なのだ。
しかし、このお金は「ふっと沸いて出る」ものでなく、当然ながら借金を増やしているに過ぎない。ここには、野中郁次郎氏の名著「失敗の本質」に描かれているように、日本人独特の「神風信仰」がある。とりあえず問題を先送りしておけば、いつかは神風が吹いて解決してくれるだろうというものだ。
アパレル企業も同様、余りに余った在庫をバランスシートの流動資産に隠し、しっかりと時価評価していない。いままでは、一定周期で「神風」が吹いていたので、そのときまとめて損金処理してごまかしてきたわけだ。
ところがいまは、「そよかぜ」さえ吹かない状況だ。正しい戦略とやりきるオペレーション力がなければ難局は乗り越えられない。漫画「北斗の拳」の名ゼリフ「お前はもう死んでいる」状態である多数のアパレル企業に、政府の意向を汲んだ銀行が与信(この企業には、これだけしかかせないという貸し出し上限額)をオーバして貸し付けを行い、その多くが不良債権化しているのである。つまり、倒産件数が少ないというのは見かけの話で、その実態は「既に死んでいる」のである。
「死んでいる」の定義はキャッシュフロー・ネガティブ
それでは、「死んでいる」とはどういうことをいうのか。私は、いろいろな企業に出向くのだが、こうした初歩的なことさえ分かっていない人が多いのに驚くことが多い。企業には、財務3表といって、損益計算書、貸借対照表、そして、キャッシュフローの3つがあるのだが、この中で最も大事なのがキャッシュフローだ。しかし、損益計算書と貸借対照表は読めるが、キャシュフローが読めない人は以外と多い。
キャッシュフローというのは、分かりやすくいうと、あなたの「お財布」の中身である。あなたに100万円の貯金があって、毎月の給与が30万円だとしよう。
生活費が25万円であれば毎月5万円残る。これをFCF (フリーキャッシュフロー)という。あなたがもし、給与が30万円なのに生活費が35万円かかっていたらどうなるか。毎月5万円づつマイナスとなり(これをキャッシュフロー・ネガティブという)、100万円の貯金を切り崩し、20ヶ月後には破産することになる。簡単な理屈だ。
しかし、世の中の「企業再生」を自称している人は、このようなキャッシュフロー・ネガティブの人にお金を貸すことが「企業再生」だと信じているのだ。
そんなバカな、と思う人もいるだろうが、例えば、前述のアベノミクスではどうか。国債を乱発し、延命策まで持ち込み、公共事業で弾みをつけるまではよかったが、3本目の矢が的外ればかりで、国のFCF (プライマリーバランスという)はマイナスのままである。企業もそうで、本来、キャッシュフロー・ポジティブ(お金が毎月残るように、リストラする、経費節減する)にしなければならないのに、それをせずに取引先にお金を貸そうとしている。その理由はシンプルだ。商社の場合は売上が上がるほど出世するし、銀行では貸し出しが多ければ、これまた出世するからだ。
銀行は、成績を上げるため、または今回のコロナのような特殊事情により意地でも貸し出しを行うわけだが、結果的に回収不能となった債権を回収するためお金をもっている企業と持っていない企業をくっつける(合併させる)ということをしている。そうすれば、お財布は同じになるから、めでたく債権回収ができるからだ。古くは、借金まみれのサンエー・インターナショナルと、必要以上の貯金をして村上ファンドから投資家に配当しろと迫られた東京スタイルの合併もそうした事情が裏にあると私は見ている。
「なぜ、この会社がアパレル企業などを買うのか?」というケースは山のようにあるが、実際に話を聞いてみると「実は、銀行に頼まれたのです」という答えを何度も聞いた。それをメディアは「ライフスタイル戦略だ」などというのだから思い違いも甚だしい。
円が安くなれば株価が上がる
国債乱発によりマネーストック(市中の通過流通量)が急増すれば、円安になる。無人島の島にマンションが一棟あって、お札が100枚あったとする。そのマンションの値段が50枚だったとき、お金を200枚に増やせば、貨幣価値は半分になるだろう。これが、インフレのメカニズムだ。日経225などの株価は、ファーストリテイリングなどを除いて、ほとんどが輸出企業で構成されている。だから、円が安くなれば輸出が増えて株価が上がる。しかし、ユニクロとて、もはや日本より海外の利益のほうが多いのだから、ドメスティック産業といわれるアパレル企業でもやはり株価はあがってゆくのだ。
コロナによるマネーストック急増は、別に日本だけに限ったことでなく、世界中の先進国で起きている。緊急事態なのだからしかたない。こうしたときに、国の政策として企業倒産を回避させる政策には私は賛成だ。しかし、将来の借金はいずれ返さねばならない。
いち早く、金利を上げたのは米国の新大統領、ジョー・バイデン氏だった。金利を上げるということは、お金がお金を生み出すということである。つまり、弱くなった貨幣価値を再び強く戻す効果がある。金利が上がれば、例えば、借り入れの多い企業の返済額は増え、変動金利で住宅を購入した国民の借金は増えるが、お金を貸すことをビジネスとしている銀行は業績が好転する。金利が上がって銀行の株価が上がっているのはそのような理由であり、3万円を超えた株価がいきなり下がったのは、毎度のことながら米国追随の日本の金利も上がるのではないかという思惑からだ。
しかし、こうした人為的な操作は、企業の、そして国の産業のファンダメンタル(企業や産業が持つ本質的な強さ)の強さや弱さに必ず収斂されてゆく。分かりやすくいえば、こうしたカンフル剤は一時的なもので、必ず本来の姿に徐々に戻ってゆくのである。
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私がTOB元年と金融主導を予言できた理由
私は、自分が得意な流通、小売企業の再建をやりぬくためにはデジタル技術の深い理解が必要だと思い、世界最高のデジタル企業であるIBMで修行を積んだ。しかし、当時、私がみた景色は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)などという生やさしいものではなかった。昔から、お付き合いがあったファンドから呼ばれ、アパレル業界の現実を目の当たりにし愕然としたのである。そこは、まさに野戦病院のようだった。半死状態のアパレル企業が次々と担ぎ込まれ、「金をくれ、このままでは死んでしまう」と泣きついている。ある商社などは、まるで八百屋の叩き売りのように、FA (Financial Advisor)によって売られていた。
銀行は、もう与信オーバーで貸せないという。頼みの綱は、ファンドのようなリスクマネー(投資マネー)だった。当時も今も実はリスクマネーは世界中で余っている。コロナで経済が破壊され、有望な投資先が見つからないからだ。
企業の資金調達には二種類ある。一つは、借り入れだ。しかし、当たり前だが、借りたお金は返さなければならない。タイミングにもよるが、キャッシュフローがネガティブになる可能性もある。驚くことに、売上100億円を超える企業でも、こうした基本のキが分かっていない経営者がいることだった。
もう一つは、「投資である」。
投資というのは、その企業が持っている株を企業価値で割り返した金額で買うことだ。投資を受けた企業は、借り入れのように金を返す必要は無いが、売った株が一定数を超えると会社の支配権を奪われることになる。最悪の場合、その経営者のクビもすげ替えられる可能性もある。なぜなら、増資(投資を受けること)しなければキャッシュフローが回らない状況にしたのは、他ならぬ、その経営者本人だからである。特に、上場している会社は、自由に株が売買されているため、気づいたら自社が乗っ取られそうになっていたということはよくあることだ。しかし、実際は、非上場企業でも、こうしたファンドによる企業買収は盛んに行われている。非上場企業の場合、資金調達の方法が、銀行からの借り入れしか(原則的に)ないからだ。
そこにコロナ不況がやってきて、キャッシュフローが回らなくなる。当然、企業は、プライベート・エクイティ(非上場企業)ファンドに株を渡すことになる。ファンドは、人様のお金を預かって運用し、必ず増やさねばならない。よく、ファンドのことを「ハゲタカ」などという人いるが、そういう人に限って自宅に帰って投資信託を買っている。その投資信託のお金が増えているのは、ファンドの投資によるものだということを、知っているのだろうか。
見えるモノにしか貸さない銀行と、見えないものに投資をするファンド
私はファンド、特にプライベート・エクイティ(非上場株)に大きな未来を将来性を感じている。映画「ハゲタカ」などによって、すっかり「悪玉」のイメージがついたファンドだが、それでは、キャッシュフローがマイナスの企業に貸し出ししている銀行は、はたしてまともといえるのか、ということだ。
銀行などは、昔から担保主義といって、金が返せない場合を想定して、その金に相当するものを担保にいれるというやりかたが一般的だ。しかし、投資ファンドは、戦略コンサルタントなどを使い、徹底して市場性、競争関係、その企業が持つ強みなどを分析し、成長の蓋然性を確認できたら投資をする。つまり、目に見えるものにしか金を貸さない銀行と、目には見えないが論理がしっかりしている事業計画にリスクを取って投資をするのが投資ファンドなのだ。
私は、正しい戦略と投資が融合すれば、必ず産業は復活できると思う。実際に、私が手がけてきた事業再生は、半分以上が商社等の親会社、または、投資ファンドと組んだものだった。紙切れの束をおいて、企業が復活することなどあるはずがない。私の経験から言っても、そういうケースは大阪の餃子屋一件だった。
だから、私は、正しい戦略を前提とした投資ファンドによる共同プレイこそが日本の産業を救うと信じているのだ。
補助金漬けのゾンビ企業
特定の産業に国民の血税を使っているケースもある。信じられないことに、ほとんどの企業は赤字だった。なかには黒字企業もあったが、それは「補助金」がもらえるからだった。
私はその現場で再生の舵取り役を頼まれていたのだが、彼らからは「どうせ赤字でも潰れないのだから、やりたいようにやらせてくれ」「こんな報告書をつくって補助金をつかわせてくれ」と詰め寄られたものだ。私は、血も汗も流してきたプロとして、そんな仕事はやったことがないし、やるつもりもない。お断りさせていただいた。
このように、「お金」とはキャッシュフローがポジティブ(給与が30万円なら、生活費が29万円以下になること)になることが前提である。
もし、アップサイド(売上)が、マイナス成長なら、いくらリストラをしても、必ずいつかブレークイーブンを割る。こういうケースにおいては、アップサイドを成長させる「成長戦略」が必要となる。それも、絵に描いた餅でなく、絶対に確実な成長戦略だ。リストラや追加融資は、こうした成長戦略が軌道にのるまでの時間稼ぎなのだ。
しかし、こうした基本を知らないばかりに、リストラを小まめに何度もやる経営者があとをたたないのである。
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5年後、我々のボスは中国人になる
このように、日本株が上がっているのは日本経済のファンダメンタルが強いからでなく、事情があるためだ。国は経済対策とコロナ禍からの復興のためにお金を大量に使っている。乱発された国債を処理するためには、長期的には税金を上げるか金利を上げるか、あるいは、神風が吹くしかない。東京オリンピックを是が非でもやりたいのは、神風を吹かすためだろう。
しかし、本来、政策というものは、神風やドーピングに頼るものでなく、持続的に企業が成長してゆく仕組みをつくることだ。ゾンビ企業を生き永らえさせても産業の新陳代謝は起きないだろう。
日本には、東京オリンピックという神風が吹けば一時的に経済は復活するだろうが、その先にどのような企業が国の成長を牽引するのか、私には見えない。自動車は、ベンツ、BMW、アウディやフェラーリ、ポルシェのような趣味性の高いクルマ以外は、レンタル会社が購入しシェアされる時代が来るだろう。また、AppleやGoogleのような卓越したAI技術をもつデジタルガリバーが無人運転自動車を開発し、トヨタやホンダなどの伝統的クルマ産業もディスラプトされる可能性が高い。
プレーステーション5が好調のソニーとて、デバイスを各家庭に配って、ソフトも売るビジネスも私にはオールドエコノミーにしかみえない。むしろ、Apple Arcade (Appleのゲーム)のように、スマホをデバイスとして、クラウド上でハイテク処理を行う方が理にかなっている。つまり、ゲームも音楽もすべて、企業のシステムのようにクラウドになるわけだ。
つまり、日本から世界に名だたる企業が育つ余地が見えないということなのだ。日本人はまだ「アジアではダントツに先進国」「世界でも第三位の国である」と勘違いしてるのではないか。私は、潰れそうになったシャープに台湾の鴻海が入って見事に立て直した様をみて、「日本はとうとう台湾にも経営で負ける時代になったのか」と感じた。
弱い国の通貨は弱くなる、つまり円安に振れる。だからといって、日本から何を輸出できるのだろう。もともと日本には資源がないため、後進国から原料を買って、日本で加工し輸出するというのが国家戦略だったはずだが、気がつけばスマホや家電は韓国か中国製になっていても誰も気にしていないし、クルマは都心部ではシェアになっている。
当然、弱体化した日本企業は順次外資系企業やファンドに買収されてゆくだろう。実際、私は、既にデューディリジェンス(企業価値評価)に入っているアパレル企業をいくつか挙げることができる。ちなみに日本のコンサルティング会社は、ろくにアパレルビジネスのメカニズムを知らないため、適当な評価をしているのが実態だ。
このままでは本当に日本のアパレル産業は、川上だけでなく川下まで外資になってしまう。アパレルという産業そのものが日本から消滅する時代が来る。
適当に映画などをみて「ファンドは怖い」など、イメージでものを語る前に、資本主義のルールを学ぶべきだ。怖いことをしなければならないほど産業をダメにしたのは一体だれだったのか。根本的に産業に競争力をつけるためにはどうしたらよいのか。われわれはいま一度、考え直す時がきたのだと思う。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)