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個店経営でお客のニーズに対応、全員参加の商売が個店を強くする=ヤオコー 川野 幸夫 会長

26期連続増収増益を達成したヤオコー(埼玉県/川野澄人社長)。好調を続ける要因の1つが「個店経営」だ。同社は「第3次中期経営計画」(2000年4月?03年3月)で「チェーンとしての個店経営の推進」を掲げ、全員参加の商売により個店経営を充実させてきた。ヤオコーはなぜ、個店経営を志向したのか。また、個店経営の勘所はどこか。川野幸夫会長に聞いた。

食生活提案型SMには個店経営が必然

──個店経営を志向した経緯を教えてください。

ヤオコー 代表取締役会長
川野幸夫(かわの・ゆきお)
1942年、埼玉県生まれ。66年東京大学法学部卒業。マルエツを経て69年に八百幸商店(現ヤオコー)に入社。85年に社長に就任。2007年から現職。09年7月に日本スーパーマーケット協会会長。

川野 それにはまず、ヤオコーの商いのコンセプトである「豊かで楽しい食生活提案型スーパーマーケット」の説明から始めなければなりません。

 現在のヤオコーの店づくりの出発点となったのは、1994年に策定した「第1次中期経営計画」です。

 当時、バブルが弾けた後、景気後退で多くのSMの業績が悪化していました。当社も例に漏れず業績がよくありませんでした。「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律」(大店法)が運用上緩和されたこともあり、SMの店舗が少しずつ増えて競争が激しくなりました。

 多くの経営者は競争や景気後退など外部に業績悪化の要因を求めましたが、私はそうは思いませんでした。私たちの商い、つまり店で提供している商品やサービスがお客さまの要求水準に達していないと考えたのです。

 90年代初頭まで、SMは「看板を取り換えると、どこの企業がやっている店かわからない」とお客さまに思われていて、どの企業も個性のない店づくりをしていたと思います。なかには高級SMもありましたが、総体としてみるとSMは“よろず屋”だったのです。ですから、自分達がどんなSMをつくっていくべきなのかを本気で考えないと、ヤオコーの将来はないと危機感を持ちました。

 そこで原点に戻ってSMのあり方を考えました。SMには、大きく、「エブリデイ・ライフスタイルアソートメント型」(以下、「食の提案型」)と「コモディティディスカウント型」の2つがあり、どちらに商いの可能性があるのかを検討しました。

 企業規模が大きければバイイングパワーを発揮できる「コモディティディスカウント型」はうまくいくでしょうが、当時のヤオコーの売上高は500億円未満でした。ですからヤオコーは「食の提案型」のSMでいこうと決めました。

──「お客の要求水準」はどのようにとらえたのですか。

川野 私は社内で説明する際、お客さまのニーズをよく「色」にたとえます。当時、お客さまは「十人一色」から「十人十色」に、そしてかなり前から「一人十色」になっていると感じていました。

 また、日本のお客さまには「食べてお腹が膨れればそれでいい」という方はあまりいらっしゃらない。昔から豊かな食文化を育んできたように、食に楽しさを感じたいし、よりおいしいものを求めるはずです。ですから低価格販売が主体の「コモディティディスカウント型」よりも、「食の提案型SM」を望んでいるのではないか、また、そこに商機があるのではないかと考えました。

 「食の提案型SM」は、生鮮食品や総菜をはじめとした「ライフスタイル商品」の魅力でお客さまにご来店いただく店です。その「ライフスタイル商品」は、お客さまが自分の好みとこだわり、生活シーンなどTPOS(Time、Place、Occasion、Style)で使い分けます。ですから求めるものはお客さまによって異なります。さらにお客さまは食事や買物など生活体験を重ねることで、「よりおいしいもの」「より便利なもの」というように、要求水準を高めていきます。お客さまのニーズはより多様化、個性化、高度化していくのです。

 そのようなお客さまのニーズの変化に応えるためには、組織運営を個店経営に変えていくのが必然だったのです。

個店経営で多様化、個性化、高度化するニーズに対応

──「食の提案型SM」のコンセプトがどのようにして個店経営と結びついたのですか。

川野 日本は小さな島国であり、多様な民族が共存しているわけではありません。所得による生活水準の違いもそう大きくはないでしょう。しかし、先ほど述べたようにお客さまのニーズはより多様化、個性化、高度化しています。それにお応えするには、それぞれの店が商売の主体性を持つことが大切だと思うようになりました。

 周辺に若い人がたくさん住んでいる店と、お年寄りが多く住む店とでは、買い方や使い方、価格は当然変わってきます。広域商圏型で客数が多い総合スーパー(GMS)は、数字としてとらえるとお客さまのニーズは平準化されてしまいます。しかし、SMはGMSよりも商圏特性が明確に出ます。また、SMよりもさらに商圏が狭いコンビニエンスストア(CVS)では、その違いはより顕著です。お客さまのニーズは店ごとに微妙に異なり、しかもどんどん多様化、個性化、高度化していくわけです。

 ですから、店に来るお客さまのことをいちばんよくわかっている人たちが商いの主体性を持つことができれば、変化するニーズに対応していけると考えました。ヤオコーの個店経営とは、店ごとに従業員が商いの主体性を持って仕事ができる組織運営・体制と言えます。

──個店経営への転換は難しくありませんでしたか。

川野 口にするのは簡単ですが、個店経営の実現は困難の連続で長い時間がかかります。

 一般的なチェーンストアの組織運営は、本部の指示を店舗が実行するという指示・命令系統が原則です。店は本部から言われたことを忠実に実行することを求められます。実際、当時のヤオコーも中央集権的な本部主導型の組織運営を行っていました。

 そのような「言われたことだけをやる」ことに慣れた店の従業員に対し、商売の主体性を持って「自分で考えてくれ」と言ってもすぐにできるはずはありません。そのようなことができる人材を時間をかけて育成していくか、あるいは商売の主体性が自然と持てるような会社の風土をつくっていかない限り、個店経営は実現できないと思います。

 ヤオコーでは、私が中心となって、店長をはじめ、パートナー(パートタイマー・アルバイト)さんに対しても「食の提案型SM」のコンセプトや商いの考え方を、会議や朝礼、社内報、パートナーさんとの懇親会などさまざまな機会を通じて今でも説明するようにしています。

 店長の教育は、5年、10年で終わるものではありません。相当の時間がかかります。

 また、個店経営への移行期には、「私は言われたとおりの簡単な仕事をしたい」と、退職されたパートナーさんがいたことも事実です。ミスマッチは会社にとってもパートナーさんにとってもマイナスですから、採用時にしっかりとヤオコーの商いについて説明し、そのうえで働いていただくようにしました。今ではパートナーさんの離職はほかのSMに比べて相当減っていますし、店のオープン時から働いているパートナーさんは多くいます。

個店経営は「全員参加の商売」で充実する

──具体的に、どのように個店経営へと転換していったのですか。

川野 「ここまでは本部」「ここからは店で考えてほしい」と範囲を決めて、店の従業員が考えられる幅を少しずつ広げていきました。

 パートナーさんについては、ヤオコーの商いに少しずつ参加してもらうように進めていきました。販売計画や発注ミーティングなどでパートナーさんが意見を出しやすいように配慮したり、あるいは意見を取り入れられるようにしていきました。

 現在、店が独自に考えている割合は一定ではありません。店がすべてを考えるのは不可能です。ですからだいたいは本部の提案通りに売場をつくっているようです。ただし、生鮮食品やデリカ、グロサリーなどでは、お客さまにどうしても売り込みたい商品がある場合は、ゴンドラのエンドを使ったり、店独自にPOPを作成したり、メニュー提案の「クッキングサポート」コーナーの従業員と連携しながら、お客さまにご提案している店もあります。

 店は、ヤオコーのコンセプトや商いの考え方から外れない限り、基本的には何をしてもいいというスタンスです。

 たとえば新店の建築計画では、就任予定の店長や主任などの要望は、売場のレイアウトやバックヤードの配管ピットの位置に至るまで、設計変更でお金がかかってもなるべく反映しています。また、パートナーさんの多くは担当部門の商品の発注や売場づくりまで手掛けています。店ごと、部門ごとの損益もわかるようになっていて、パートナーさんが損益改善案を考え、成功につなげた事例は数えきれないほどあります。

──月に一度、パートナーが成功事例を発表する「感動と笑顔の祭典」を開催しています。

川野 成功事例を全店で共有し、パートナーさんの商売の主体性を育むために行っています。

 15年4月の「感動と笑顔の祭典」は107回目でしたから、約9年間、毎月開催していることになります。そこでは、パートナーさんが自ら考え、実行し、具体的に数値が改善した事例を報告しています。

 私は毎回出席し優秀なチームを表彰していますが、ヤオコーのパートナーさんは日本一だと思います。「ここまでパートナーさんに考えていただけるのか」と、涙が出ます。名称は「感動と笑顔の祭典」ですが、私にとっては「感動と笑顔と涙の祭典」です。

 パートナーさんの多くは主婦であり、家庭の食事の主役です。優秀な方が多く、SMのお客さまのニーズも潜在的に把握しているので、店で活躍してもらわない手はありません。

 このように、パートナーさんにも商いに参加してもらう「全員参加の商売」を実現することは、個店経営の充実につながります。

 店長のアイデアは1人の考えにすぎませんが、店には多くのパートナーさんがいます。商いの主体性をパートナーさんが持ち、自ら考え実行し検証する。その数が多いほど、店が充実するのです。14年に復活させた大運動会「スポーツと音楽の祭典」も、「全員参加の経営」の一環です。

ヤオコーは「チェーンとしての個店経営」

──現在、大手小売業が個店経営や地域密着を志向し、本部主導型の組織運営を変えようとしています。どのように見ていますか。

川野 当たり前のことだと思います。

 先ほどお話ししたように、お客さまのニーズは多様化、個性化、高度化し、要求水準も高まっていきます。店ごとに異なるお客さまのニーズはあるはずなので、それにしっかり対応していかないと、お客さまに支持されません。コモディティディスカウント型にしろ、食の提案型のSMにしろ、お客さまにいちばん近くで接している店に権限を委譲し、店が商売の主体になるのは必然です。どのような権限を店に与えるのかは企業によって違いがあるとは思いますが、店に主体的に商いをしてもらうという考え方は同じだと思います。

 本部に一握りの優秀な人材がいれば、本部主導型のチェーンストア運営はできます。しかも、店の従業員を育成する必要がないので楽です。昔はこの運営方法で大きく成長できました。

 一方、個店経営は、店の従業員に主体性を持って商いをしてもらうわけですから、人材育成がカギになります。大手が個店経営に舵を切ろうと言っても、一筋縄ではいかないでしょう。

 また、企業規模が大きくなるほど、経営者の思いや考えが店に届きにくくなります。個店経営をめざすうえでは、どのようにそれを店の従業員に伝えていくのかも重要です。

 個店経営とは、本部主導型のチェーンストア運営を否定しているわけではありません。ヤオコーは、本部の商品部が一括で商品を仕入れるし、バイヤーが全国を飛び回って商品を発掘します。店ごとの成功事例も本部が仕組みをつくって全店舗で共有しています。商いの主体が店であって、その個店経営の実現のサポートをするのが本部なのです。店が「こうして欲しい」「こんな商品はないか」と言えば、本部は全力でサポートする。本部の商品部は店に対して“提案”するのです。しっかりと本部と店が役割を分担し、企業規模や店数の多さを生かしていく。ヤオコーの組織運営は「チェーンとしての個店経営」と言えるでしょう。

ヤオコー個店経営の強さの秘密

「感動と笑顔の祭典」で成功事例を横展開

ヤオコー(埼玉県/川野澄人社長)は、2006年5月からパートナー社員が成功事例を発表する「感動と笑顔の祭典」を月1回開催している。店が相互に刺激し合う全店的なQC運動(Quality Control Movement)と位置づけられている。15年4月に開催された「第107回 感動と笑顔の祭典」からヤオコーの個店経営の強さの一端をみてみる。

約300人が投票

 ヤオコーの「川越研修センター」(埼玉県川越市)で月1回開催されている「感動と笑顔の祭典」は、2006年5月からスタートした。

 毎回9地区から各1チーム(1部門)を選出し、代表のパートナー社員が成功事例を発表する。内容は、取り組み課題に対して、現状分析、目標設定、仮説設定、効果の検証を行い、具体的に数値が改善した事例が報告される。発表内容は全役員をはじめ、本部の社員や店長、パートナー社員など約300人が投票し、優秀チームを選出、表彰する。

 発表するパートナー社員は、発表資料のスライドや図表の作成で店長や主任からサポートを得られるが、取り組み内容自体は自らが考えたものだ。

 得票数トップは「ベストメンバー賞」(1チーム)。次点は「メンバー賞」(3チーム)、「チーム賞」(5チーム)となっている。

 川野会長が「『全員参加の商売』の象徴的なイベント」と説明するように、発表内容は映像として記録し全店に配布。ノウハウを各店舗が学習できるようになっている。

 「感動と笑顔の祭典」は、店が相互に刺激し合う全店的なQC運動と位置づけられている。ほかにもヤオコーでは、成功事例の報告書が毎週100枚?150枚、各店舗から本部に届き、地区別、または全店で情報を共有している。

“ヤオコーの商い”をしっかりと理解

 15年4月に開催された「第107回 感動と笑顔の祭典」でベストメンバー賞に選出されたのは、深谷上野台店(埼玉県深谷市)のレジリーダーだ。発表のテーマは「チームで仕事(笑顔の接客)で集客アップ」。同リーダーは、ベテランが多いなかで「打ちミス」もあったことから、基本の徹底から見直すことにした。教育係でもあるリーダーがレベルアップを図ることから開始。そのうえで月に1回、レジミーティングを実施。アイコンタクトや笑顔、発声などのフレンドリーサービスのトレーニングを部門のパートナー社員全員で行った。さらにパートナー社員同士で問題点やその解決策を話し合い、改善につなげたという。

 「メンバー賞」は、所沢北原店(埼玉県所沢市)のベーカリー担当(「『アウトパックサンド』&『こだわり商品の育成』による黒字化への奮闘記」)、ワカバウォーク店(埼玉県鶴ヶ島市)の寿司担当(「時間帯別MDの取組みによる数値改善」)、小川SC(埼玉県比企郡小川町)の鮮魚担当(「鮮魚部門の顔! 『お造り』と『サラダ』 生食売場の強化」)が選出された。

 ヤオコーの川野会長は、総評で「本日発表されたみなさんは、“ヤオコーの商い”をしっかりと理解されている。基本中の基本であるそうした取り組みを、怠ることなく日々実践していただけていることを大変うれしく、そして心強く感じている」と発表者全員を高く評価。「日本一元気なスーパーマーケットとして地域のお客さまに喜んでいただける取り組みを行っていこう」と続けた。

 「感動と笑顔の祭典」は、ヤオコーの個店経営を充実させる「全員参加の商売」に欠かせないイベントとなっている。