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実質9%値下げよりも影響大?ユニクロ直貿化宣言で業界地図は大変貌か?

ユニクロを展開するファーストリテイリングは自社工場を持たず、その代わりにアジア各国の工場に生産を委託している。そこで活躍するのが商社で、原材料の工場への供給や生産委託、国内への輸出などをそれぞれ受け持っている。しかし、ユニクロは商社を通さず、直接貿易(直貿)をすることを志向しているとされ、そのことが業界にもたらす深刻な影響について解説したい。

ユニクロが直貿化を始めれば、非常に大きな影響が業界におよぶ

業界を激震させたユニクロの商社外し

 2020年某日、業界を震撼させる情報が駆け巡った。ユニクロが一部商社を外し工場とダイレクトに直貿取引をすることを宣言をしたようだ、というものだ。この計画はどうやら3年越しで行われたもののようだが、すで商社の現場を離れた私には、その情報が本当なのかどうか確かめることはできなかった。商社の友人に聞いてもトップシークレットだという。しかし、複数の現場関係者とのミーティングといくつかの商社から「ユニクロ」アカウントは確かに消えていた。

 あの手この手でアパレル各社から数十%の口銭を抜き取ってきた商社も、ユニクロからは1桁台のマージンをとるのが精一杯だったが、いかんせんボリュームが巨大である。1000億円の売上の5%は50億だ。バカにはできない。人材の質の低下が著しい商社、および、日本のアパレル企業の中では最高レベルの人材を揃えるファーストリテイリングである。結局、付加価値を出せずオペレーションを繰り返すだけの仕事は消えてゆくということなのである。

 何年も前から分かっていたことだし、私自身、10年も前から拙著「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社)でこうなることを予言している。商社の未来像を提示し「新しい商社2.0」の姿も提示してきたのだが、それを実現化しようと相談にきた商社は2社しかなかった。

 結局、日鉄物産と三井物産アイファッションとの統合、蝶理とスミテックス・インターナショナルの統合など、過去百貨店や銀行など、ビジネスモデル末期に統廃合を繰り返した業態に近い動きをし始めている。だが、私はこうした合併や統合に戦略性を見いだすことはできない。むしろ、身を削る思いでリストラを繰り返しているアパレル側から見れば、「なぜ、いまさら商社を通すのだ」と感じるわけで、よりいっそう、アパレルは工場との直貿化を進める可能性が高い。

 

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ユニクロ直貿化が及ぼす影響

ユニクロ右ならえのアパレル業界、今後の行方に注目だ

 日本のアパレルは総じて「ユニクロ右ならえ」である。したがって、この「ユニクロ直貿志向」の情報は、その他、アパレル企業の商社外しをよりいっそう加速させるだろう。すでに解説したように、中国のエリートは日本の商社のまねごとなどいとも簡単にできる。どのアパレルも流通の短縮化とコスト、生産技術の「見える化」を目指し、真のSPA(製造小売業)企業に生まれ変わろうとしている。いま活発化されんとしている商社外しは、重箱の隅をつつくような原価低減のために行われるのでない。SPAとして、販売と生産をしっかりグリップするため、生産工程、素材開発、コストブレークダウンなどをアパレルが掴み、業界や産地特性情報を生かした製販統合を行うための、極めて戦略的なアウトソーシングなのである。

 前回指摘したように、日本のアパレルは、未だにマーチャンダイジング(商品計画)などといって、顧客ビッグデータを活用せず、過去の商品動向で商品動向を予測し、センターストックにぶち込み「さあ、売ろう」と、はじめてビッグデータを使う製版分離型である。

 私が提唱するDigital MDは、個客の買い回り情報を解析し調達量を算出するというものだ。本来、AIによる未来予測は、ZARA MDでなければ機能しないのだが、いくら説明しても「AIで未来を予測すれば、余剰在庫が減る」と、的外れなことをいう人が後を絶たない。ロジカルに考えれば誰もわかることなのだが、とにかく日本人は全てが「カップラーメン」のように「お湯をいれて3分」でできあがると思っている。

 

南下政策の限界とカントリーリスク

 さらに、軍事クーデターの勃発により、オフショア生産先であるミャンマーが大混乱に陥った。これにより、ようやく収まりかけたコロナ禍の在庫問題も、ミャンマーで生産ができないということで、バングラデッシュや東南アジアに生産地シフトが必要となり大問題となっている。商社主導でコストの安い国へと生産地を移転させ、そのたび蓄積したノウハウをリセットせざるを得なかったアパレル業界だが、いま大きな「南下政策」リスクに晒されることとなった。

 イタリアが成し遂げた「ブランド化」による生産地保護、米国のタイムベース理論による生産地保護、そして、最近ではドイツの無人工場による、いわゆるインダストリ4.0による生産地保護のように、思慮深い国は簡単に産業を移転させたりはしない。金をばらまき、産業保護の名目でゾンビ企業を生きながらえさせている日本とは雲泥の差だ。

 商社には、もともと「カントリーリスク」という考え方があったのだが、いまは、激しく落ち込む売上を維持するため、取引を増やしている。そのため、「倒産リスクによる未回収」と「金利上昇による収益悪化」という2つのリスクを抱えている。

 日本で売られている多くのブランドのライセンスを持っている伊藤忠商事は安泰だし、三菱商事はローソン、良品計画、そしてファーストリテイリングとの金融取り組み(商社金融については、著者の交差比率についての論考を参照してもらいたい)や人材派遣など、マネタイズポイント(お金になるモデル)を複合的に持つ戦略を打ち出している。いずれも商社の未来像を描こうとしているから心から応援したい。

 今、私は過去アパレル企業の直貿化のお手伝いを幾度もやってきた。このため「河合さんはどっちの味方なのですか」と聞かれるのだが、その、対立関係を軸とした「固い頭」をなんとかしてもらいたいものだ。私は、アパレル企業が真のSPAになるためには、直貿化を拡大させること、また、商社は業態転換を図り、従来のトレードから脱却し、商社2.0をとることで蘇るべきという立場だ。誰の味方かと言われれば、「最終消費者の味方」だ。両者の戦略をクライアントとともに成し遂げることが、消費者にとってよりよい状況を作り上げ、結果、企業も企業は生きながらえることができるのだ。

作りすぎはすでに解消 余剰在庫は競争負けの結果

 2月10日の日経新聞によると、アパレル企業の仕入れは最大で4割削減されたようだ。そこで、私は2019年までの売上と総投入量を調査した。驚くことに、これだけ世の中で「作りすぎ」が指摘されているのにも関わらず、10年間変わらず、総投入量は40億点で横ばいだった(別のコンサルタント会社は30億点だとしているが、いずれにせよ日本の人口を考えればオーバープロダクションであることに変わりはない)。

 考えてみれば当たり前で、日本の市場は約40%がトップ10社、残りの60%に2万社といわれるSME (Small and medium sized enterprise:中小企業群の意味)で構成されているウルトラロングテール業界だ。これらの企業の足並みなど揃うわけがない。誰かが仕入れを減らしても、誰かが「チャンスだ」とばかりに仕入れを増やす。

 しかし、20年、そして、21年(アパレルは半年前に調達計画は終わっている)の仕入れを調査し類推したところ、前年比で総投入量は約80%となっているようだ。しかし、これをもってアパレル業界が「ようやく過剰生産の適正化に乗り出した」と考えるのは誤りである。なぜなら、20年、21年の仕入れ削減は、COVID19の影響により、山のように売れ残った残在庫を破棄するためだからである。しかし、依然余剰在庫が残っているのは、在庫を生み出すもう一つの変数である消化率の問題だ。量の問題が解消されても、消費者が欲しいと思う商品が作れなければ、低い消化率のまま量が減る。だから余剰在庫は減らないのである。

 これは、野球で考えればよい。3割バッターの打席数を減らせば、打率が上がるかというとそういうわけではない。100打席たった3割バッターが、50打席になったら6割バッターになるなどということはないわけだ。つまり、競争負けしているから余剰在庫が生まれ、ワークマンや西松屋、ユニクロなどは昨対比を超える売上をあげているのである。この問題を解決するには、リードタイムの問題より、ブランドとしてのあり方をどうするか、また、異常に高い価格をどうグローバルの常識レベルに下げられるかということになる。

在庫8割削減が、会計制度の改善を促す

 しかし、この8割削減は業界横断的に副次的な効果を見せるだろう。それは、今から我々が買おうとしている春夏の商品は、実は、昨年仕入れられて残ったものが多いのだが、消費者はなんのためらいもなく買うだろうからだ。。

従来の概念では、なんの根拠もなく、

「ベーシックは3年持つが、ファッション商品は1年で飽きられる」というものだった。

 しかし、私は外で取材を受けるたびに、いわゆる「ファッション商品」と呼ばれるものを着て、「この商品はいつ買ったかわかりますか」と聞くことにしているし、相手が女性なら、なおさら「その服はいつ買ったのですか」と聞いている。大方、最近の傾向は「3年前です」とか「去年です」などというもので、「今年買いました」などという人にお目にかかったことがない。実際、ある社長の言葉を借りていうなら、「ベーシックだとかファッションだとかいうがその定義をいってみろ」といわれ答えられる人はいない。

 つまり、思考停止に陥り、「われわれはユニクロじゃないから、来年は在庫の評価を下げる、あるいは、損失計上する」ということを、なんの疑問も持たずに何十年も続けているわけだ。

 しかし、今年、年度落ちの商品が混ざっている店頭を、華やかなVMDで魅せ、世界観を提示できたとき、われわれは、そこに陳列されている商品が今年のものか昨年のものかを見分けることができるだろうか。少なくとも、私はノーである。とくに、白黒ベージュなどの定番カラーになれば、それらを見分けられる人はほとんどいない。

 

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「会計士の先生から教えてもらった」はとんでもない勘違い

「値引きしないこと」「仕入れた商品は最後まで売り切ること」が業績を上げる秘訣。在庫削減で、アパレルの体質は変わるか?(tylim / iStock)

 今年、アパレルは「なんだ、年度落ちでも値引きせずに売れるじゃないか」ということ、ライトオフや評価減(鮮度が落ちるため、在庫の簿価を下げること)が無意味であることを学ぶことになる。さらには、再プレスし、着こなしを提案すれば3年落ちでも、時に、5年落ちでも売れる商品は売れるということを身を持って知るだろう。

 私は、コンサルティングを引き受けたアパレルで、常に「値引きをしないこと」、「仕入れた商品は最後まで売り切ること」が業績を上げる秘訣であり、そのためには、衣料品が持つ「価値の残存期間」と「会計制度(何年で評価するか)」を同期させるべきだ、といってきた。しかし、不勉強な人達(中にはMBA取得者もいた)は、「いや、会計士の先生からいわれたのだ」という。私は、「会計士の先生というのは、ルールが年度ごとに変わったり、期間損益を操作したりしていないかをチェックする仕事をする人で、そのズボンが何年プロパー価格で売れるのかを決めるのはあなただ」といっている。

 こんなところにも、アパレル企業の自らゼロベースで考える力のなさが垣間見える。

 もうすぐ、3月末でアパレル企業の決算が出揃うことになるが、業界を震撼させる破壊的な結果を目の当たりにする可能性が高い。もちろん、これはCOVID19が理由であり正常収益状態でないことはいうまでもない。

 私には業界の5年後がくっきりとした解像度をもって見える。問題の先送りはなんの問題解決にもならないことを知って頂きたい。また、基本的な論理力、分析力のなさは企業を窮地に陥れるし神風はもはや吹かない。冷静に市場を分析し、それが自らの既得権益を脅かすものであっても、反撃にでるための戦略思考を身につけてもらいたい。春からは、私は人生の総決算の一つとして「ひとづくり」のため、大阪でも教鞭を持つことになった。一人でも多くの学生や若い世代がこの業界を魅力に感じ、そして、プライドと自信をもって働ける産業になってもらいたいと思う。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)