北海道現象から20年。経済疲弊の地で、いまなお革新的なチェーンストアがどんどん生まれ、成長を続けています。その理由を追うとともに、新たな北海道発の流通の旗手たちに迫る連載、題して「新・北海道現象の深層」。第17回は、先日食品スーパーのオータニ(栃木県/大谷章社長)との経営統合を発表した、アークス(北海道)の横山清社長が成功させた「八ヶ岳連峰経営」の本質に迫ります。
アークスの掲げる「八ヶ岳連峰経営」とは
島忠を巡る北海道現象の主役2社の争奪戦は、11月16日にニトリホールディングスが株式公開買い付け(TOB)を始める一方、DCMホールディングスは買収条件変更を見送り、この時点で事実上、ニトリHD側に軍配が上がりました。
島忠争奪戦ほどの大きなニュースにはなりませんでしたが、その翌日には、もう一つの北海道現象企業による再編事案が明らかになっています。食品スーパーのアークスが、同業のオータニ(栃木県宇都宮市)と経営統合に向けた協議に入ると発表したのです。これによってアークスもついに関東への進出を果たすことになります。
「オータニさんは先々代が戦後すぐに創業し、雑貨店からスーパ-に参入した。地元と密接な関係を築いており、我々が掲げる八ヶ岳連峰経営にマッチする企業だ」。11月17日に札幌市内で記者会見したアークスの横山清社長は、オータニとの統合を決めた理由をそう語りました。
「八ヶ岳連峰経営」とは、2002年に札幌のラルズと帯広の福原の経営統合によって発足して以来、各地の有力な食品スーパーが次々合流し、業界有数の企業集団を形成したアークスの経営理念を表したものです。
アークス傘下に入った企業は、経営体制や店の屋号、売場づくりなど、地域に親しまれている個性はそのまま生かし、情報システムや商品調達といったお客に見えない部分を共通化・効率化していくという考え方。持ち株会社・アークスの下に、ラルズ、福原、八戸のユニバース、盛岡のベルジョイスなどの事業会社が並び立つさまが、似た高さの山が連なる八ヶ岳連峰のように見えることから、横山氏が名付けました。グループの頂点に立つ中核企業の方針にグループ企業を従わせる「富士山型経営」とは対極の考え方と言えます。
「持ち株会社方式」の先駆者、横山氏
百貨店の三越伊勢丹ホールディングスなどのように、持ち株会社の傘の下に複数の同業会社がぶら下がる形態は、今でこそ当たり前に採用されていますが、その先駆者であるアークスが発足した当時、懐疑的な見方をする人は少なくありませんでした。
故渥美俊一氏もその一人。横山氏は渥美氏本人から「持ち株会社方式ではうまくいかない」と言われたそうです。「11店舗以上の標準化された店舗を本部が一元的に運営するシステム」であるチェーンストア経営の有用性を説いてきた渥美氏にすれば、同じ食品スーパー業態をラルズ、福原という二つの「本部」で運営するアークスは「邪道」に映ったのかもしれません。
しかし、その後、北海道と北東北の有力企業が次々とグループ入り(年表参照)し、2020年2月期の連結売上高は5192億円。食品スーパー専業企業としては、ライフコーポレーション(20年2月期7146億円)、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(同6916億円)、マックスバリュ西日本(同5429億円)に次ぐ全国4番手に位置しています。同期の営業利益は121億円と収益力も高く、売上高営業利益率はこの4社の中でアークスがトップです。
ライフの筆頭株主は三菱商事、ユナイテッドSMHDとMV西日本の親会社はイオンですが、アークスがそうした大資本を背景に持たない点も考え合わせると、八ヶ岳連峰経営は非常にうまくいっていると評価できます。アークスの成功が、小売業界で持ち株会社の活用が広がる契機となったのは間違いありません。
成功の第1の理由は“地域密着”の重視
八ヶ岳連峰経営が成功してきたのはなぜか。理由は二つあります。第1に食品ス-パー業態の特殊性です。南北に細長く伸びる日本列島は、地域ごとに食文化が細かく分かれ、それぞれの地場産品へのニーズが高く、味の好みも微妙に異なります。非食分野の量販店のように本部(東京)の政策通りに全国の店舗が一斉に動く「中央集権型オペレーション」はなじみにくいのです。
アークスのライバルで、道内の地域生協を統合した経験を持つコープさっぽろの大見英明理事長はこう言います。「経営統合でバイイングパワーが増すことには落とし穴がある。商品の統一を進めすぎて地場商品の取り扱いが極端に少なくなったり、地域ごとに嗜好が微妙に異なる加工食品の味を、量産効果を出そうとして共通化したりすると、たとえ価格が下がっても固定客が離れていってしまう」
そもそも中央集権と地域密着は相反する概念で、そのバランスの取り方は難しい。ダイエー出身で、カスミ社長やユナイテッドSMHD会長などを歴任した小浜裕正氏が、こんな経験を語ってくれたことがありました。「私がダイエーで札幌に勤務していた1980年代、全国一斉の年末特売で下駄を売らなければならなくなった。店の外はもう根雪ですよ。中央集権的な販売政策の弊害の一例でしょう」
ダイエーは各地の食品スーパーとの競争で苦戦を強いられていた98年、7地域別の社内カンパニーを置き、仕入れに地域色を反映させようと試みました。しかし、00年に地域カンパニー数を7から4に削減、01年になると地域カンパニー自体が廃止され、十分機能しないまま役割を終えました。「カンパニー」と言っても名前だけで、本社の商品政策から完全に独立していたわけではなく、どっちつかずになってしまったようです。
成功の第2の理由は“似た高さの山”が並び立つこと
横山氏の慧眼は、97年6月に解禁された純粋持ち株会社を「使える」といち早く気付いた点にありました。中央集権によって成果の出やすい分野(システム開発、ポイントカード開発など)は持ち株会社、地域ごとに対応すべき分野(商品政策、売り場づくりなど)は事業会社-という形で「課題の分離」を明確にし、相反する概念を両立させたのです。
成功の第2の理由は、「似た高さの山が連なる」という八ヶ岳連峰の特徴そのものにあります。アークスの好業績は、「似た高さの山」すなわち一定の経営水準を持つ事業会社が並び立ち、個性を発揮し合ってきた成果です。裏返して言うなら、「標高の低い山」(=経営難の企業や経営者の意識の低い企業)の参加は原則お断り-というのがアークスの不文律なのです。
こう書くと「各地の優良企業ばかりが集まっているのなら、業績が良いのも当然」と思われるかもしれませんが、話はそう単純ではありません。先述したように「中央集権型オペレーション」がなじみにくい食品スーパー業界は、必然的にローカルチェーンの群雄割拠という様相を呈しています。地域の食文化に守られ、地元消費者の支持を得ているローカルチェーンの経営者は、言わば「お山の大将」です。そんな彼らも一目置く実力者・横山氏がトップに鎮座し、重しになっているからこそ、アークスがグループとして機能している。ここが非常に重要な点です。
連載8回目で紹介したように、横山氏は、ラルズ社長だった90年代前半にディスカウント業態「ビッグハウス」を完成させ、北海道拓殖銀行が経営破綻した不況期に他を圧倒する低価格路線を打ち出して北海道最強のスーパーをつくりあげました。
横山氏が業界で一目置かれているのは、経営能力の高さに加えて、同じ食品スーパー経営者を「仲間」と呼び、業界全体の繁栄を考えた行動を貫いてきたからでしょう。例えばラルズの社長時代には、本拠地の札幌圏以外は自力で出店せず、地元スーパーが救済を求めてきた時に店舗を買い取る形で進出するパターンに限っていました。帯広や旭川などに自ら乗り込んでいっても十分勝算はあったはずですが、当地で同じ商売を営む仲間に消耗戦を強いることをよしとしなかったのです。
陣営を超えた統合で業界3位も視野
アークス立ち上げとともに福原、旭川のふじ(現道北アークス)という当時の上場スーパーが自ら進んで合流した背景には、こうした横山氏の一貫した姿勢がありました。北東北で宿敵関係にあったユニバース、ジョイス、ベルプラス(ジョイスとベルプラスは統合を経て現ベルジョイス)が相次ぎアークスに加わったことは、地元の人たちを驚かせましたが、これも横山氏という媒介役がいたからこそ実現したと言えます。
「お山の大将」だらけの食品スーパー業界は、プロレス界のごとく業界団体が乱立していますが、「食の安全や環境問題、消費税率問題などで業界の発言力を高めるにはこのままではいけない」と団体統一に尽力してきたのも横山氏です。09年に日本セルフ・サービス協会と全国スーパーマーケット協会が合併して誕生した新日本スーパーマーケット協会(現全国スーパーマーケット協会)の会長に就任。13年に合意した日本スーパーマーケット協会との合併は白紙に戻ったものの、オール日本スーパーマーケット協会(AJS)を含む3団体が合同で食品スーパーの全国販売統計を毎月発表するようになったのは、横山氏の功績でしょう。
アークスが来年3月に統合を予定するオータニの売上高は294億円(20年8月期)。アークスは関東に足場を築くとともに業界3位に浮上する可能性が出てきました。それ以上に注目したいのは、オータニがAJSの加盟企業である点です。AJSは共同仕入れ機構の性格を兼ね備えた組織ですが、シジシージャパンの加盟社が主体のアークスに他陣営の企業が加わるのは異例です。
アークスは18年、AJS加盟企業のリテールパートナーズなどと「新日本スーパーマーケット同盟」という新たなアライアンスを結成しており、横山氏を軸に今後さらに大きな「団体統一」への動きも予感させます。
アークスの発足以来、社長を務めてきた横山氏も来年の誕生日で86歳。経営の第一線で戦える時間は徐々に短くなっています。とはいえ、横山氏の求心力によって勢力を拡大してきた企業だけに、代わりに誰が社長の椅子に座っても、中央集権と地域密着の絶妙なバランスが崩れてしまいそうな気がします。要は「スーパースターには代わりがいない」ということ。アークスの今後に不安があるとすれば、その点でしょう。