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#15 過疎地に店を出すほど利益が増える?小売業の物流完全自前化がもたらす多大な恩恵

北海道現象から20年。経済疲弊の地で、いまなお革新的なチェーンストアがどんどん生まれ、成長を続けています。その理由を追うとともに、新たな北海道発の流通の旗手たちに迫る連載、題して「新・北海道現象の深層」。第15回は、広大な北海道で物流完全自前化することにより、圧倒的な差別化を可能にしたチェーンストアに迫ります。

道内に波紋 アークスからコープさっぽろへ「鞍替え」したスーパー

道北アークスとの提携を解消し、コープさっぽろの実質子会社となった中央スーパーの留萌本店(留萌市内)

 ちょうど1年前、道北地方のある食品スーパーの業務提携を巡って、道内の業界関係者の間にちょっとした波紋が広がりました。

  コープさっぽろは昨年9月、日本海沿岸の留萌地方に本拠を置く食品スーパー、中央スーパー(本社・留萌市)と業務提携し、共同仕入れや共同配送を開始しました。さらに2カ月後、食品輸入子会社コープトレーディングを通じ中央スーパー株の60%を取得し、役員を送り込んだのです。生協による地方スーパーの実質子会社化です。

  このこと自体、全国的にも異例の出来事でしたが、話題を呼んだのはそこではありません。中央スーパーはもともとアークスグループの道北アークス(本社・旭川市)の提携企業であり、これを解消してコープさっぽろ傘下に入ったという点が注目されたのです。

  もっとも、中央スーパーのアークスグループからコープさっぽろへの「鞍替え」は、イオン北海道を含め道内売上高3000億円規模で拮抗する3極体制のシェアに影響を及ぼしたわけではありません

  中央スーパーの店舗は留萌市、増毛町、遠別町、天塩町に一つずつの計4店舗のみ。20192月期の売上高は22億円に過ぎません。過去最高の902月期ですら61億円で、それから約30年で3分の1にまで減ってしまった。この間、留萌地方で進んだ高齢化と過疎化の反映です。 

 アークスが06年に中央スーパーと業務提携を結んだのは、自分たちのグループ力強化よりも、同じCGCグループの仲間である同社の信用を補完するのが目的でした。13年間もの間、道北アークスとの業務提携という関係にとどめ、アークス本体の子会社にしなかったことが、何よりの証拠です。アークスにすれば、経営不振の中央スーパーがCGCグループを離脱してコープさっぽろ傘下に移る決断を「止める理由はなかった」のです。

 

コープさっぽろは、なぜ業績不振の零細スーパーを子会社化するのか

コープさっぽろが2012年に設立した物流子会社「北海道ロジサービス」(江別市内)。広大で人口密度の低い北海道の小売業者にとって、物流をコントロールできるかどうかは競争力を左右する重大要素だ

 となると、コープさっぽろは、なぜ零細かつ業績低迷が続く中央スーパーをわざわざ子会社化したのでしょうか。

  中央スーパーを支援する上で、アークスとコープさっぽろには前提条件に大きな違いがありました。アークスは留萌地方に店舗を持たないのに対し、コープさっぽろは留萌市と羽幌町に一つずつ店を持っているという点です。加えて、コープさっぽろは宅配事業があり、その利用者も多い。留萌地方の世帯加入率(世帯数に対する組合員数の割合)は87%にも達しているのです。エリア別の事業高は公表していませんが、留萌地方では少なくとも中央スーパーの倍以上、50億円規模の事業を展開していると推測されます。

  その上で重大な意味を持ったのは、コープさっぽろが物流を完全自前化しているという事実でした。事業規模3000億円の小売業という目線でみれば、20億円規模の中小スーパーを子会社化するメリットはほとんど見えません。しかし、これを物流業の立場で見ると、すでに札幌近郊のセンターから年間50億円規模の商品を運び込んでいるところに20億円分の「荷物」が新規追加されるのですから、大変な収益改善効果が見込めるということになります。

  前回紹介したように、コープさっぽろは02年に酒類の物流・販売改革に取り組んで実績を上げるなど、物流コストの抑制に早くから取り組んできた組織です。

 酒販改革では、自前のリカーセンターを新設し、店舗との間の配送を物流専業企業のキリングループロジスティクスに委託することで大幅なコストカットにつなげました。その成功を受けて、他の商品カテゴリーも、類似の手法(物流センターの自前化と物流会社への運営委託)を採用するようになりました。

 ところが数年たち、この手法の限界が明らかになります。運営を委託された物流会社が輸送の実務を下請けの運送業者に再委託し、その業者が仕事の一部をさらに別の会社に再々委託するといった形で2重、3重のマージンが発生。コープさっぽろの収益を圧迫し、当初狙ったような効率化とはほど遠い状況に陥りました。

 そこでコープさっぽろは12年、物流子会社「北海道ロジサービス」を設立。それまで運営委託してきた物流会社の従業員を引き継いで自前運営に切り替え、配送ルートを含めた物流全体を自分たちでコントロールする仕組みに変えたのです。

 こうした仕組みが威力を発揮するのが、留萌地方のような過疎地域です。先述したように、コープさっぽろはすでに留萌地方の2店舗と宅配利用者向けに生鮮品や加工食品、日用品などを札幌近郊から運んでいます。新たに中央スーパーの4店舗向けの配送を請け負っても、配送ルートを微調整するだけで済むので、コストはほとんど増えません。一方で運ぶ荷物の量は増えるので、トラックの積載効率は確実に向上します。従来のように他社へ委託するやり方だと、配送先が増えれば、再委託先も増えて、結局はコープさっぽろの負担が増すところでした。

 店舗への配送後、荷台が空になった帰りの便が取引先に立ち寄って仕入れ商品を持ち帰ったり、他社から頼まれた物品を運んだりするなど、自由度の高い運行態勢を組んで収益力を高められるのも小売業が物流を自前で手がけるメリットの一つです。

 コープさっぽろは昨年12月、サツドラホールディングスと包括業務提携を結びました。興味深いのは、この提携を機にサツドラHDが北海道ロジサービスに出資したことです。表向きはドラッグストア部門の協業という小売業のアライアンスですが、真の狙いは、両社の物流を一括して北海道ロジサービスが担い、物流業として収益力を高める(その一部をサツドラにも還元する)点にあることは明らかでしょう。

セコマの先見の明 セブンもない過疎地に店を作れる理由

セコマ子会社のセイコーフレッシュフーズが運営する札幌配送センター(札幌市内)。いち早く取り組んだ物流の完全自前化が過疎地の店舗展開を支えている

  このような小売業による物流の完全自前化の取り組みには先達がいます。コンビニエンスストア「セイコーマート」を運営するセコマです。

  創業者・故赤尾昭彦氏の「SKUが少ないコンビニは自前の物流システムを持った方が有利」との経営判断で、97年から03年にかけ釧路、旭川、函館、稚内、札幌、帯広の順に自社物流センターを建設(運営は子会社のセイコーフレッシュフーズ)。北海道全域にいち早く自前の物流網を構築しました。

 物流を外部委託している大手コンビニチェーンは、商品カテゴリーごとに複数のトラックを使って店舗配送を行うのが普通です。これに対し、物流を完全自前化したセコマは、1台のトラックに多様なカテゴリーの商品を混載して店舗に運ぶことが可能になっています。

  人口の多い大都市圏に多数の店舗を展開するビジネスモデルでは、物流を専門会社に任せ、商品別に何台かに分けて配送する方が確かに合理的です。過疎地に店舗が点在するセコマが同じやり方を続けていたら、委託費がかさむばかりで、とても店舗網を維持できなかったはずです。

  04年には、配送トラックの空きスペースを使って各店から梱包用の段ボールを回収し、古紙業者に販売して利益を上げるといったサイドビジネスを早くも手がけていました。赤尾氏の先見の明には、今更ながら感心させられます。

  セコマは現在、道内179市町村中、173市町村に出店しており、人口カバー率は99.8%にも及んでいます。生活必需品を買える店はセイコーマート以外にはないという町村すらあることは、連載5回目で紹介した通りです。

  もしセコマが物流を外部委託していたら、過疎地に新規出店し、配送距離が延びるたびに委託費も増えていき、やはりビジネスとして成り立たなかったでしょう。実際には、道内全域に構築した自前の配送網を調整するだけで対応が可能なのです。過疎地での事業展開がコストの増加要因にはならず、むしろ物流の効率化や収益性向上に寄与するという点はコープさっぽろと同じです。 

 チェーンストアを小売業としての側面のみで論評する時代は終わりを迎えようとしているのかもしれません。