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大企業が自前でD2Cを成功させるのが難しい事情

前回、D2C(ディレクト・トゥ・コンシューマー)の定義を説明した上で、その言葉が実は10年前から使われていたこと、そして製造業がなぜD2Cを目指すのかについて解説した。今回は、SPA (製造小売業)とD2Cの違いをあきらかにすることを通じ、D2Cを正しく理解するとともにD2Cがもたらすビジネス変革の本質的な意味について触れていきたい。

HAKINMHAN/ istock

SPA (製造小売業)とD2Cの違い 業態でなく目的

 前回、製造業がD2Cを行う理由は「付加価値を消費者に正しく伝えるため」だと書いた。製造企業が小売企業に商品を渡すだけだと、製造業が思いを込めた消費者への「価値」の伝達を、小売側が正しくやってくれないことが得てしてあるからだ。流通コストを下げ、価値のないミドルマンを排除し、製造業がつくった商品の付加価値を正しく消費者に伝えることは、すべて、SPA(製造小売業)が世界で広まった理由と同じである。

 実際、D2Cについて説明している書きものの多くは、少なくとも私にとって、SPA(製造小売業、製販統合メリット)との違いが不明瞭なことが多い。そして、なぜか突然デジタル話を持ち出してくるのだが、製販統合メリットとデジタルとの関係を縮小する市場の中で、競争優位を構築する観点から説明していないことが多い。つまり、多くの人が「D2C」とは何か理解しないままこの言葉を使っているのではないかと私は見ている。これは、小売企業、特にアパレル産業では非常に危険な兆候だと私は思う。なぜなら、他産業と比べてアパレル業界は、新しい言葉にすぐに飛びつき、直ぐにあきらめることが多いからだ。

 D2Cという言葉は10年前にもあった。しかし、今はその意味がなぜか変わって使われるようになり、判を押したように、米国のBonobosFabric Tokyoの事例をだし、お茶を濁しているものが多い気がするのは私だけだろうか。

 皆さんも、「SPAによる製販統合メリット × デジタル横文字用語  × Bonobos 」がでてきたら、「D2Cのことだな」と感じるはずだろう。また、二言目には「サステイナブル」である。しかし、そこには、こうした言葉が、なぜアパレル産業が持つ多くの課題を解決するのかという視点が入っていないことが多い。これでは、数年前のデジタルへの過剰投資の二の舞になってしまう。

 横文字や新しいコンセプトらしきものがでてくれば、その裏にあるメカニズムや構造的因果関係、そして、最も基本的な質問、つまり、「なぜ売れるのか?」、「なぜ競争相手に勝てるのか」という問いにしっかり答える必要がある。だれかが「D2Cだ」と言いだしたら、さも新しく見える言葉として流布され、各々がバラバラの解釈で理解して独自の解釈ですすめていくというのが実態ではないだろうか。

 

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「D2C」の本質は大企業にはできないことにある

 手前味噌になるが、昨年私は「河合拓のアパレル改造論 」の第1話の中で、7つの予言と題して「大企業とは別に、市場の大多数を多くの個人事業主のような零細企業が存在感を出し大きなシェアを構成する。自分用とマーケットプレイスのようなプラットフォーマーを通した販売が中堅企業群の市場を食ってゆく」と書いた。

 D2Cというのは、トヨタやSONYのような巨大な製造企業が流通を飛ばし、消費者に直接販売することではなく(もしそうなら、AppleD2C企業である)、硬直化しイノベーションが産まれることが期待できない巨大企業と、自由な発想と機敏な動きで新しいことにチャレンジするスタートアップなどの中堅企業、あるいは、ネットワーク時代の卓越した個人事業主などの、イノベーションを生み出す「対立的関係性」を指すことがその本質であるというのが私の視点である。

 私は、7つの予言の中でそれを感じていた。当時はまだ「D2C」という言葉が無かったため、上記のような表記になっているが、私はユニクロのUTmeなどの可能性を書いているし、大企業の意思決定の遅さ、そして、話があっちこっちへ飛びながら、当初の理念やゴールとは全く関係ない方向にまがってゆく苦労をまざまざと味わってきた。

 私は恥ずかしながら、過去テレビ出演経験もあるのだが、一本の番組にでるためにかける時間と費用は考えられないほどだと感じた。幾度もリハーサルをし、全員が台本を暗記して巨大なスタジオに著名人が一同に集まって番組を作成する。ある番組で、私はインフルエンザにかかり体調を酷く崩したことがあったのだが、数多くの人が集まった、その日、その時間に欠席は許されず、妻に抱きかかえられながら這いずるようにスタジオに行って収録したことがある。咳が止まらなくなったら、収録をとめて濃い咳止めを飲みながら収録をしたぐらいだ。

 しかし、YouTubeなどVLOGといわれる動画撮影やウェビナーというリモート動画では、好きな時間に、好きなように収録できるし、編集も個人のパソコンで簡単にできる。しかも、一流のYouTuberの番組などは、手間暇かけたテレビ番組以上に面白い。直感的に、「これからは文章で無く、動画の時代だ。近い将来、スマホで自撮りをおこなってポチればYouTubeで世界に配信され、例えば、英語で配信ができれば、ジャスティン・ビーバーなどの大物が『いいね』をおし、一躍、世界的なスターになれる時代が誰にでも来る」と感じ、誰もが動画で自分を表現する時代の到来と同時に、これは、新しいネタが尽きた大企業の繰り返される会議から決して生まれない新しい企画やアイデアがデジタル技術やプラットフォームを使い、「個人が、硬直した会社に代わってヒット商品を生み出す時代が来る」と感じたのである。

 大企業の硬直性はデジタル化によってますます強固になってしまったが、そのデジタルが逆に個人を大企業と戦えるだけの武器となるのが皮肉である。私は、深夜のテレビ番組で学者達が、日本の90%以上を構成する中小企業の救済策はM&Aによるロールアップ(企業の吸収合併を繰り返し、企業が巨大化すること)ではないかと語っているのをみて、強い違和感を感じたことがある。

  デジタルは、餅は餅屋に任せる産業エコシステムを作り上げる。M&Aは、唯一解でなく、数ある企業連携のオプションの一つに変わってゆく。M&Aは、企業間連携の戦略判断の一つになってゆくわけだ。実際、Appleは米国で企画を行い、部品は日本が供給し、台湾で組み立ててiPhoneができる。そして、それらの会社はすべて同じ会社である必要も無ければ、グループ企業である必要も無い。逆に、日本で破綻した大手アパレル企業の親会社、あるいは、日本でもM&Aを乱発し窮地に陥った事例などは枚挙にいとまがない。我々、コンサルタントはPMI (Post merger integration: 企業の吸収合併後の文化やオペレーションなどの統合をいう)が、M&Aの最も大きなリスクであることを知っている。デジタル技術を使えばボーダーを超えたビジネスなどいとも簡単にできる。

 上記はバリューチェーンの棲み分けの事例だが、資金や場の提供を大企業が行い、イノベーションはスタートアップに任せるという考え方もできる。例えば、大企業は筋の良い「卓越した個人」に投資を行い、「良いところ取り」をすればよい。いま、アパレルは店頭で収集した「個客」のビッグデータを解析し、個人にあわせたパーソナライズを最後の砦としているが、こうも数多くの企業が似たようなことばかりをしているのを見ていると、こうしたパーソナライズも、一昔のQR (Quick Response)のように、全ての企業が同じことをやり、また価格競争に陥るだけだ。みな、この硬直した市場、競争環境から抜け出したいと思って勉強をしているのだと思うが、どこにいっても例外なく「パーソナライズ」による「LTV (顧客の生涯価値)最大化」と、同じようなことしかいわないようになっている。こうした様をみていると、硬直化した組織から「パーソナライズ」以上の発想は生まれないのではと思うときがある。

 つまり、D2Cというのは、「卓越した個人、あるいは少人数」が、デジタル技術を活用し、「今までにない発想、大企業ではでてこない発想」を生かしたものづくりを行い、YouTubeInstagramなどのプラットフォームを使い、マーケティングを行いながら物販、あるいはサービスを提供することなのである。お金も「クラウドファンディング」を使えば、内容がよいものであれば億単位の金も集まるし、オペレーションも思いのままである。例えば、決済もアマゾンペイや楽天ペイを活用すれば、極めて低コストで個人ができてしまう。

D2C」は、硬直化した巨大組織からは生まれない
イノベーションを生み出す「デジタル出島」

Urupong/istock

 こうした、大企業と個人の棲み分けにより、前回の冒頭で書いた「デジタル出島」ともいえる事業構造を作り上げるわけだ。だから、D2Cを大企業が取り込もうとすれば、投資子会社を設立しインキュベーション事業を行うことが合理的であり、「個のパワー」を活用すべきだろうと私は思う。私が、「7つの予言」で書いたことは、そういうことなのだ。

 丸井が、D2C向けの投資を行う子会社を設立したのは、そのような背景と戦略があると私は見ている。私が「ブランドで競争する技術」で書いたイノベーションを生み出す「出島理論」をデジタルが進化させて発展させた仕組みが「D2Cの本質的意味合い」なのである。私は、SPAは「製販統合」による「顧客起点のダイナミック(動態的・柔軟性のある)なバリューチェーン」であると定義するなら、「D2C」は、硬直化した巨大組織には生まれないイノベーションを生み出す「デジタル出島」であると定義づけている。

 これは、あくまでも、私の視点であり、今、「D2Cが求められる意味」はそこにあると私は考えているいうことだ。いわんとしたかったことは、正誤は何かということでなく、なぜ、SPAという言葉からD2Cという言葉に移り変わり、アパレル産業危機が叫ばれる今、D2Cが注目されているのかという意味を考えるということだ。あれだけ騒いだSPAという言葉も、結局、SPAの構造的意味合いに着目することなく、単なる形式論でお茶を濁し、企業によって解釈がバラバラになったまま、「やってもダメだった」という結論で、経営者の議論の中から消えていっているように思えてならない。

  なぜ、D2Cという言葉を皆が使い始めたのか、ということを自分なりにしっかり定義することが大事であるということだ。私は、時代が移り変わる今だからこそ、経営者はこうした「新しい言葉」に対し、しっかりと自分なりの解釈を持ち、組織を正しい方向に導く必要があると思う。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)