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「新しい生活様式」が食品小売を進化させる3つの理由

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コロナ禍が長期化するなかで生活様式は着実に変化

 新型コロナウイルス感染拡大の影響は、当初想定したよりも深刻化、長期化の様相を見せている。7月15日現在、全世界の感染者数の合計は1300万人を突破。死者数は57万人を超えている。いったんは落ち着きを取り戻したかに見えた日本国内においても、7月に入ってからはとくに東京都内での感染者数が急増。病院や学校、繁華街や劇場などで新規クラスターも発生、1日当たりの感染者数で過去最多となる日も出るなど、出口の見えない状況が続いている。

 未曾有の状況が続くなか、人々の生活スタイルは着実に変わり始めている。日本では、厚生労働省が5月、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」からの提言を踏まえ、新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」の実践例を公表()。①一人ひとりの基本的感染対策、②日常生活を営む上での基本的生活様式、③日常生活の各場面別の生活様式、④働き方の新しいスタイル、の4つの項目ごとに、生活様式の指針を示した。

 もちろん、これはあくまでも厚生労働省が提案する「実践例」であり、国民全員が新しい生活様式を遵守しているわけではないだろう。しかし、コロナウイルスという見えない敵との戦いが長期化し、また感染者数がここにきて増加傾向にあるなか、これまでの生活様式に多少なりとも変化をつけようとする生活者は多い。たとえば、「リモートワークや時差出勤を行う」「食料品の買物は週に1~2回に抑える」「飲食店のテイクアウトやデリバリーを利用する」「できるだけ現金のやり取りはせず、クレジットカードやバーコード決済を利用する」「人が密集している場所には行かない・避ける」といった行動を多くの人がとるようになっている。

図●厚生労働省が公開した「新しい生活様式」の実践例

「新しい生活様式」がスタンダードになる

 注目すべきは、こうした新しい生活様式が、今回のコロナショックが仮に終息した後も新たなスタンダードとして定着する可能性があるという点である。というのも、新しい生活様式で示された事例の一部は、コロナ以前から拡大が見込まれていたことが多いからだ。

 たとえばリモートワーク。「働き方改革」の一環として注目され、ベンチャー企業やIT企業の一部では導入が進んでいた。食品のデリバリーも「Uber Eats」や「出前館」などによる宅配インフラの拡充もあり、すでに市場は拡大基調にあった。政府や関係省庁も躍起になっていたキャッシュレス化の流れについては言わずもがなだろう。昨年10月から今年6月末まで行われたキャッシュレス・ポイント還元事業の後押しもあり、キャッシュレス決済の利用は幅広い年齢層で浸透しつつあった。

 マーケティング会社デコムの大松孝弘社長は「コロナ禍によってまったく新しいニーズや消費欲求が生まれたということはない。以前から“くすぶっていた”ものに、コロナが火をつけたということだ」と指摘する。そのため、多くの人々は大きな違和感や壁にぶち当たることなく、「新しい生活様式」を受け入れ始めているのだ。

レジレス化の動きが加速

 このように人々の生活様式が変化していくなか、彼らの日常生活を支える食品小売業はどう変わっていくべきなのだろうか。

 まず挙げられるのが、キャッシュレス化、その延長線上にあるレジレス化の流れに乗り遅れないことだ。前述のようにキャッシュレス化の取り組みは業界全体で進んでいるが、現在は決済プロセスからレジそのものを取り払う「レジレス化」を志向する企業も増えてきている。

 たとえばトライアルホールディングス(福岡県/亀田晃一社長)はセルフレジ機能付きの買物カートを一部店舗で導入。同カートは、7月にリテールパートナーズ(山口県/田中康男社長)傘下の食品スーパー(SM)企業丸久(同)が福岡県内の店舗で本格導入に向けた実証実験を開始するなど、競合の壁を超えた動きも出てきている。このほか、カスミ(茨城県/山本慎一郎社長)もレジレス・完全無人のウォークスルー型店舗を開発している。

 コロナ禍で生まれた消費者の「非接触ニーズ」は今後も根強く残ると見られる。これまでは欧米や中国にやや後れをとっていたが、日本国内でもレジレス店舗の開発は加速度的に進んでいくだろう。数年後には、「レジレスか否か」が、顧客が店を選ぶ条件となる可能性も否定できない。

コロナ禍で大きく変わった生活様式は、食品小売というビジネスそのものに大きな変革を起こすかもしれない(写真はイメージ)

米国で活況の「BOPIS」も拡大?

 コロナ禍でECへの需要が急伸しているなか、食品小売業はネットスーパーの展開についても、あらためて戦略を練り直すフェーズに入っている。

 ただ、ネットスーパーは事業単体ではほとんど収益を出せていないのが実情だ。日本のネットスーパーは店舗出荷型(店舗で商品をピックアップし配送する)が多くを占めており、手数料を徴収しても賄えないくらいの中間コストがかかっているためである。そのため、需要は日に日に高まっているにもかかわらず、思うように事業規模は拡大していない。

 その一方で注目したいのが、主に米国で広がりを見せているB O P I S(B u yOnline Pick-up In Store:ネットで注文した商品を店頭で受け取れるサービス)だ。BOPISは配送コストがかからず、導入コストも低いほか、顧客も指定した時間に在宅している必要がないという利便性がある。ネットスーパーの新たな受け取り方法として、日本の食品小売業でも徐々に浸透しつつあるトレンドだ。また、広義のBOPISに含まれるカーブサイドピックアップ(駐車場の専用スペースで商品を受け取れるサービス)を、コロナ対策の一環として導入する企業もあり、イオン(千葉県/吉田昭夫社長)やバローホールディングス(岐阜県/田代正美社長)などが一部店舗で開始している。

 ただ、BOPISについてはお客が「店から商品を持って帰る」というプロセスが生じるため、クルマでの来店が多い郊外立地の店舗でのみ有効だという見方もある。また、既存の店舗や駐車場内に受け取り拠点を新設する必要もあり、需要が大きい都市部立地の店舗ではスピーディな拡大が難しい面もある。導入に際しては、商圏特性に合わせて検討する必要があるだろう。

 このほかにも、従業員と顧客の双方の感染防止・健康維持を図るための働き方改革や店づくり、変化する消費ニーズに対応した商品政策の策定など、食品小売がやるべきことは枚挙にいとまがない。消費者の生活様式が変わっていくなか、売り手である食品小売企業も、同じようにドラスティックな変化が求められているのだ。

 周知のとおり、食品小売業のなかでもSMは、コロナ禍のいわゆる“巣ごもり需要”を取り込み、業績が大きく上向いている。赤字企業が黒字転換を果たした例もあるなど、まさに特需といえる状況である。しかし、この変則的な情勢下での好業績はあくまでも一時の追い風。小売業界が直面していた問題から目をそらし、現状に甘んじていては、コロナ後の世界を生き抜くことはできない。そのためにも、食品小売というビジネスがコロナ禍を経てどのように変容していくのか、さまざまな切り口から考察しておくことが重要だ。